47話 次の町を目指して…
皆さんは引っ越しをしたことはありますか?僕は、来月の引っ越しが人生で初めてです。
森全体が暗闇に包まれそうな宵の口。足元が見えなくなるギリギリの所で、なんとか商店にたどり着くことが出来た。
(こんなに日が短くなってたのか…。間に合ってよかった)
歩荷の時と違い、荷物が無いから大丈夫だろうと高を括っていたが、危なく野宿をする羽目になるところだった。
「千歳さん、ロンニヒワ」
すっかり店仕舞いされた商店に声を掛けると、洞の中から千歳さんが出てきた。
ギィィィィ…、ギギギィィ…
「ワンダさん、ロンニヒワン。遅いから、今日は来ないのかと思ったよぉ。さぁ、こっちで休んでねぇ」
「お邪魔します」
ギッシギィ、ギッシギィ
案内された洞は、いつかの日に雨宿りさせてもらった倉庫だ。ここで、行商人が来るまでお世話になる。洞の奥の方では、すっかり大きくなった猫草が、植木鉢の中から可愛い寝顔をのぞかせている。
腰を下ろして一息ついていると、千歳さんが飲み物を持って来てくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「だいぶ寒くなって来たねぇ。行商人があと一人か二人来る頃には雪が降って、本格的な冬が来そうだねぇ」
「そうですね。日の入りも早くなってて、焦りましたよ」
千歳さんと、コップを傾けながら外の景色を眺めてまったりする。どのくらい寒いのかは分からないが、木々の葉っぱも落ちて寒々しい景色が広がっていた。もう少し到着が早ければ、夕日に照らされた綺麗な山の景色が見えただろう。
(秋冬は空気が澄んで、山が綺麗に見えるから好きだな)
この辺りは背の高い樹が多く、薪拾いで登る山くらいでは見晴らしのいい場所は無かった。オパワカへ向かう中で振り返れば、エルフの里がある山々はきっと綺麗に見えるだろう。これからの旅に思いをはせていると、千歳さんが訊ねてきた。
「しかし、随分と急ぐんだねぇ?暖かくなってから出発すればいいのに」
「別に急いでいるわけでは。ただ、準備が整ったからそろそろ出発しようかなと」
「里でも引き留められたんじゃないかい?」
「えぇ。でも、枝葉の収穫も冬の間はそんなに出来ないでしょうし。魔力操作でも役に立ちませんからね」
「役に立たなくたって、里を出る理由にはならないんじゃないかい?」
「まぁ、そうですけど。少し馴染むことはできましたが、僕は余所者ですからね。どうしても居心地が悪い部分はあるんですよ。また戻ってきたいとは思っていますが、他の場所も見てみたいなぁと」
「なるほどねぇ」
こういう感覚は、部外者にしか共感しづらいのではないだろうか。長生きしている千歳さんも、分かったような分からないような。微妙な反応を返してきた。
「そういえば、里の人達から餞別を色々と頂きました。これと、これと…」
貰った物を並べ始めると、千歳さんが品定めをする目つきになった。
「ふむふむ。これは恵庭ちゃんで、こっちはきこじいか。また腕を上げたねぇ。これは…、昆布ちゃんかなぁ?名前まで彫って、丁寧な作りだねぇ。この腕輪は、美唄ちゃんとくーちゃんかい」
なんと、作者を説明しなくても、品物から特定されてしまった。さすが、里の品物を扱っているだけある。
「凄いですね…。全部正解です」
「ふっふっふ。何年ここで商売してると思ってるんだい?作り手によって癖があるから、結構見分けられるもんだよぉ。この腕輪にしたって、性格が出てるでしょぉ?」
模様が違うだけと思っていたが、言われてみると倶知安さんの方は几帳面な印象を受ける。美唄さんの方は、メリハリがしっかりしている。
(なるほど…。よく見ると結構違うもんだね。ということは…)
「これをくれた人は、分かりますか?」
髪の毛の中から、ドングリを取り出して千歳さんに差し出す。
「これも餞別なのかい?ん~、子供だよねぇ…。もしかして、かなりのやんちゃ坊主と聞いてる、昆布ちゃんの弟君かなぁ?」
「おぉ、正解です!」
名前までは出なかったようだが、当てられてしまった。
(ちょっとした雑談も覚えてるくらいだし、もしかしたら交友関係から推測したのかな?それにしても凄いけど)
ドングリを出したついでに、植える場所を相談してみる。
「この辺に植えたいんですけど、良いですか?」
「うん、良いよぉ。明日、場所を選んでみようか。枝葉の効果も見てみたいしねぇ」
(千歳さんには、まだ枝葉を使う所を見せてなかったな。そういえば、千歳さんの本体も結構大きいけど…)
「千歳さんの枝には、こういう効果は無いんですか?」
「ん~、無いねぇ。育った樹なら、どれでもそうなるわけじゃないからねぇ。同じ種類でも、ならないことの方が多いんじゃないかな?」
「なるほど…」
(枝葉は、結構珍しいのかもしれないな…。これからも役に立ちそうで良かった)
ここで稼いだお金も、すぐに使い切ってしまうだろう。旅の途中でも、生活費を稼ぐ目途がたちそうで安心した。
◆ ⁂ ◆
――それから二日後。
商店を訪れた行商人と共に、ワンダはオパワカを目指す旅に出た。少し馬車に乗せてもらったが、やはり酔いが酷いので歩くことにした。
この冬最後の行商だったらしく、荷台が山盛りになっている。2頭の馬が全身から滝の汗を流しながら必死に引っ張っているのだが、余りにも重いせいでワンダがついていける程度の速度しか出ていない。もっとも、里に来たばかりの歩き方であれば、とっくに置いて行かれていただろう。
(早く歩く練習をしたのが役に立ったな)
良い思い出ばかりではなかったが、得られた物も多い。エルフの里を振り返り、改めて感謝のお辞儀を送る。まだ歩き始めたばかりだが、既に里の生活圏を抜けて知らない土地に踏み込んでいた。
(さて、次の場所でもなんとかなると良いけど)
里でたくさん喋ったおかげで、イントネーションなどもかなりネイティブに近づいたと思う。だが、行商人さんにはまだ警戒されているようだ。一応、繁忙期に何度か顔を合わせているので、全くの初対面ではないのだが…。まだあまり話せていない。
(千歳さんとは気さくにお喋りして、豪快な笑い声が聞こえてたんだけどなぁ…)
それでも、段差にはまった時など出来る範囲で手伝っていたら、少しずつ会話をしてくれるようになってきた。その中で、オパワカについて聞いてみたのだが、色々な人が集まる”人種の坩堝”のような場所らしい。
(色々な人がいるなら、この容姿でもそんなに目立たないかな…?)
ワンダの容姿が心配だと相談すると『そのくらい大丈夫だろう!あそこは変な奴が多いからなぁ!むしろ、ちょと変わってる方が受け入れられるんじゃないか?がっはっは!』と、豪快に笑い飛ばしてくれた。
(まぁ、なるようにしかならないか。とりあえず、到着してから考えよう)
ギッシギィ、ギッシギィ
◆ ⁂ ◆
行商人に同行できるのは、最寄りの村まで。そこから先は、教えてもらった道を一人で歩いて行くことになる。期待と不安を胸に、ワンダの新たな旅が始まった。
今回のまとめ
・予想以上に日が短くて、商店への到着がギリギリに
・雑談と、餞別で頂いた物のお披露目
・例のドングリを植えて、戻ってきた時のお楽しみに
・いよいよ、新しい旅の始まり、始まり
読んでいただき、ありがとうございました!
貴方に、満月の祝福がありますように…
次回、栗林回の予定です!




