42話 いつもと違う表情はグッっと来ます
※後書きに挿絵があるのでお見逃しなく
お待たせしました、清書が終わりました!
2025.09.26 清書
お祈りが通じたのか、六日後に曇りの日が来た。途中で雨の日があったので、晴れの日で数えるなら、今日あたり猫草が出てくるのではないだろうか。そんな期待を胸に、歩荷の準備をしている。ちなみに今日は、昆布さんが一緒に来るそうだ。猫草の誕生を一目見ようと、色々と理由を作って商店に向かう権利を獲得したらしい。勿論、忙しい昆布さんが一日商店に入り浸ることは難しかったようで、納品が終わったら先に戻り、午後ワンダが納品する商品を準備してくれるそうだ。
(本当はゆっくり猫草と触れ合いたいだろうに、大変だなぁ)
ワンダは一日に二回出撃するのが今回初めてなので、今日中に戻ってこられるようにしっかり休憩を挟みつつ動くつもりだ。帰れなくて泊まるような事になっては、変な噂が広まりかねないうえに、繁忙期に入る収穫に影響がでてしまうと昆布さんに怒られそうだ。
「あらかじめいワレてタけど、かなり増えたなぁ…」
秋が近づいてきたことで量も増えてきたが、種類も大幅に増えるようだ。今までは収穫物や液肥、食器くらいだった。今後はクワやスコップといった、秋の畑に使う農具や腐葉土。狩りに使う弓と弓矢、衣服用の竹布。冬の防寒着用に、毛皮の出荷が始まる。竹布は、エルフの里では衣服に一般的に使用されている、竹の繊維から作られた布だ。ワンダがもらったズボンも竹布で作られている。
そして、エルフが購入するものも増えるそうだ。取引が増えるついでにと、消耗品や道具の買い替えも行われるらしい。火にかける鍋やフライパンのような金属製の調理器具。木材加工に使うようなドワーフ製の金槌、やすり、彫刻刀、ノコギリ。斧も、金属の方が重さがあって使いやすいということで外から購入しているそうだ。他にも、紙やインクといった消耗品など。それと、今年はワンダの枝葉のおかげで食料が豊富なので、外の食料と交換したがる人も多くなるだろうと言われた。
そんなわけで昆布さんも納品の準備をしているのだが、やたらと重そうだ。推定一つ六十キロはありそうな腐葉土入りの大樽が、なんと…三つ。背負子も特別大きく頑丈そうな物なので、合計で百八十キロオーバーだろう。
(もしかして、昆布さんって美唄さんより力持ちなのかな?)
「おモクないですか?」
「ちょっと重たいですが、毎年運んでますから大丈夫ですよ。それに、私なんてまだまだです。美唄さんなら、倍は持ちますよ?」
(これの倍ってことは、四百キロ近くを担げるの…?)
もはや想像が追い付かないワンダ。しかし、こんな重量物をたくさん運んで、お金になるのだろうかと疑問が浮かぶ。
「フヨウドはタかク売れるんですか?」
「いえ、そんなに高いわけでは。ただ、需要があるので売れ残ることはないんですよ。それに、私たちにとっては山全体が腐葉土みたいなものですから、手間といえば樽を作るくらいのものです。簡単な作りの大樽を量産して、山で集めた腐葉土を詰めて運んだら2000円の商品に変わるんですから、里にとっては良い商品なんですよ」
(高くは売れないけど、安定した収入ってところかな。収穫が不作でも、腐葉土が溜まらない年は無さそうだし)
腐葉土を取り出した後の大樽は、中古の容器として需要があるので、多めに買う人もいるらしい。なんにせよ、大樽を複数運ぶなんて芸当はワンダには到底無理なので、運んでもらえることに感謝する。
「おモイ方をハこンデもらって、すみません」
「いえいえ、気にしないでください!去年までは、収穫が終わってから日が暮れるまで走って2~3往復してましたから。ワンダ様のおかげで、今年はかなり楽なんですよ」
「そうですか、おヤクニ立てているようでナニヨリです」
自分が役に立てていることが分かって安心した。そして、荷物の量が増えた影響で時間がかかってしまったが、ようやく準備が整ったので出発する。今日のワンダの荷物は五十キロくらいあるので、バランスに気を付けて歩かないと転倒してしまいそうだ。
ギッシトン…、ギィトン…、ギッシトン…、ギィトン…
(んー…。歩けるけど、慣れるまではゆっくりの方が良さそうだね)
「すみません、まだ重さにナレテないのでゆっくりイキます。サキニ行っててください」
「分かりました、足元に気を付けて!」
早く猫草に会いたいのか、即答した昆布さんはスタスタと歩いて行ってしまった。とても百八十キロを背負っているようには見えない軽やかさである。
(はやっ!まぁ、行先は同じだし。ゆっくり行きますかね)
栗毛のおかげで四点で支えることができるので、ゆっくりであれば転ぶ心配も少なそうだ。慣れればいつもと同じくらいで歩けそうなので、慎重に進んでいく。
ギッシトン…、ギィトン…、ギッシトン…、ギィトン…
◆ ⁂ ◆
千歳商店に無事到着した。昆布さんは何度か振り返ってこちらを確認していたが、五分もすると姿が見えなくなっていた。ワンダも慣れてきてからは今まで通り歩けるようになってきて、五十分はかからず到着できたような気がする。
「千歳さん、ロンニヒワ~」
「ワンダさんかい?いらっしゃい~、こっちだよ~」
庭の方から声がする。恐らく猫草の植わっていた場所からだろう。近づくにつれて、赤ん坊をあやすような昆布さんの声が聞こえてきた。
「あ~可愛いでちゅね~!もっと食べる?ちゅぱちゅぱできてえらいね~!よーしよしよし!」
そこでは、普段はクールビューティーに振舞っている昆布さんが、デレデレとしただらしない顔をさらしていた。生まれたばかりの猫草は、葉っぱが少なく頭の上に小さなつぼみが載っている以外は、手のひらサイズに縮めたような姿をしている。そんな小さくなった猫草をかいがいしく世話をしている昆布さんは、液肥を付けた指先に猫草が吸い付くたびに感極まっている様子だ。
(せっかくの楽しい時間に水を差すのも申し訳ないし、取引はこっちで進めておこう)
千歳さんに『納品を確認してくれ』とジェスチャーで伝えると、静かにこちらへ来てくれた。
ギィ…、ギギィ…
「猫草を見なくていいのかい?」
「あトデモ見られますし、せっかくのお楽しみをジャマするのも悪いので」
「あんな昆布ちゃんを見られるのも、今だけだよ?」
「いえ、大丈夫です」
『なんだい、つまらない男だねぇ』とぶつくさ言いながら査定を始めた千歳さん。今回は量も多いから時間もかかりそうなので、商店に並んでいる品物を眺めて待っていると、竹布の服が目に留まった。
(んー、この里でズボンを貰ったんだし、服もここで買うのもありか。素材が同じなら違和感ないし、お金も稼げるようにはなってきてるし。問題はお値段…)
値札はこの商店には無いので、千歳さんに聞くしかない。服は何種類かあるが、一番シンプルで安そうな物を選んで値段を聞きに行く。
「千歳さん、このフクハおいくらですか?」
「ん~?それなら5,500円だけど…。そのズボンに合わせるなら、もっと高いのにしないとみっともないよ~。そのズボンは、ざっと18,000円だねぇ。買うなら、こっちの22,000円の服にした方が良いんじゃないかねぇ?」
(このズボン、そんなに良い物だったのか!?確かに丈夫そうだし、作りも丁寧だけど…)
汚れに強く、少し伸び縮みするので動きを邪魔することもないという高機能な材質はワンダ好みではある。材料の竹布を作るところから手作業なので、服が高くなるのは分かるが…しかし高い。もう少しお手頃な物を選びたい所ではあるが、ここで千歳さんにトドメの一言を貰ってしまった。
「ちなみに、そのズボンを作ったのが恵庭ちゃんで、この服も恵庭ちゃんだよ。…世話になってるんだよねぇ?」
――服に手を伸ばした時点で、逃げ道はなかったのかもしれない。




