36話 話題を搔っ攫う
おじいちゃ~ん…
水を動かせるようになった夜。泉樹から水を分けてもらう練習をしている。
(『ドリップ』で水を出してもらって…、落ちないように『ダムのようにせき止める』。『ホースから出るような、弧を描いた水』。コップで水を受け止めれば…、ヨシ!成功!)
少しだけこぼしてしまったが、コップの半分まで貯める事に成功した。思い描いていた魔法のイメージとはかけ離れているものの、物理法則を無視して水を操れたことで、自分の成長を実感する。
ただ――。
(エルフや森小人族は、こんな面倒なやり方なんてしてないんだろうなぁ…。感覚的に操るって、どうやるんだろ?とりあえず、慣れたら『ドリップ』『ダム』『ホース』までは省略できそうだけど、その先はまったく見当もつかない…)
一歩前進したことは確かだが、まだまだ先は長そうだ。
ところで。この魔法を習得したことで、一つ思いついたことがある。
(もしかして、この体って泉樹みたいに『ドリップ』できるんじゃないか?飲んだ水を指先から出せたら、ろ過してることにならないかな。もしそうなら、泉樹と同じように飲み水を出せるんじゃないか?)
試しに、泉樹から貰った水を飲んでから、自分に『ドリップ』を使ってみる。
チョロ…チョロチョロ…
「おぉ?デタ!」
(予めたくさん飲んでおけば、たくさん出せそうだね。誰かに試してもらおうかな?)
後で出しやすくする為に、いつもよりも多めに水を飲んでから出発するのだった。
◆ ⁂ ◆
コッテコ、ちゃぷ…、コッテコ、ちゃぽ…
昨日と同じように、待ち合わせ場所まで竹馬で移動しているのだが、なぜか今日は少しうまく乗れている。歩みはゆっくりながらも、足を地面につけずに歩き続けることができているのだ。
(もしかして、水でバランスが取れてる…?)
お腹の中では、先ほどたくさん飲んだ水がちゃぷちゃぷと揺れている。水が揺れるのに合わせて足を出すと、上手くいっているような気がする。
(木の体だけじゃ、体重移動が上手くできてなかったのかもね)
動く重りをお腹に入れたことで、上手くいっているのかもしれない。今のうちにコツを掴んでおきたいところだ。
コッテコ、ちゃぷ…、コッテコ、ちゃぽ…
集合場所に到着した。驚くことに、一度も足を地面につけずに辿り着いてしまった。
(地力と言っていいのか微妙だけど、成長したのかな?)
達成感に浸っていると、昆布さんの弟たちが絡んできた。
「ちょっとは乗れるようになったな!」「なったな!」
「まぁ、ガンバッテレんシュうシタからね」
「俺の方が上手いけどな!」「上手いけどな!」
(まったく…、この子は一言多いんだよな)
ワンパにマウントを取ってドヤ顔をしている弟君たち。『竹馬の他に、誇れる事は有るのかい?』と大人げなく煽りたくなってしまうが、ぐっと堪える。
(そうだ、アレをやってみるか)
ちょっとした仕返しとして、今朝習得したばかりの技を弟君たちに披露する。
「あタラシいマホうヲシュうトクシタんだけど」
と言いながら、指先から水をポタポタと出す。
「はぁ~?手の中に水を隠し持ってただけだろ?」「しょぼいな!」
(…まぁ、これだけで驚かせられるとは思ってなかったけどね!)
少し虚勢を張りながら『だったらこれはどうだ』と即興で技を構築していく。
(『ドリップ』5本の指先からそれぞれ水を出しながら…、『ダム』指先に水をとどめて…、『尖った水』で爪みたいにして…。これでどうだ!)
指先に、キラキラと光を反射する”水で出来た爪”が現れた。
「お、おぅ…ちょっとはやるじゃん」「かっこいい…」
興味津々だけど、反応するのはプライドが許さないのか、チラチラと見てくる。『してやったり』と満足したワンダは、色々な角度から爪を眺めてみる。
(即興でやった割には、結構良い感じにできたね!まぁ、形を維持するのに精いっぱいで、強度も実用性も無いんだけどね)
『野生動物相手のはったりくらいには使えるだろうか』と考えていると、木古内さんから出発の声がかかった。
「そろそろ出発するぞーい」
山道を竹馬で歩く自信はまだないので、また母恋ちゃんたち年長組に貸し出す事にした。
(木古内さん、張り切って作ってるみたいだなぁ)
歩きながら母恋ちゃんが話してくれたのだが、木古内さんお手製の竹馬は順調に普及が進んでおり、興味を示した大人組用に、足台が1m(地球のmのようなもの)、2mと長さ別に作って試しているそうだ。
(母恋ちゃんの情報網、なかなか侮れないね。倶知安さん関係だけじゃないのかも?)
美唄さんに至っては、いきなり5mを試しているという。あの身体能力を思えば、それでも楽勝なのかもしれないが、相変わらずとんでもない人だ。悪路の走破性、雑木林や丈の高い草むらでの見通しの確保、狩りへの応用、竹馬を利用した高速移動など、色々な可能性を探っているらしい。
(歩幅が大きくなれば、ちょっとした川なんかは渡れるかもしれないけど…。美唄さんなら、ジャンプで事足りるよね?そもそも、竹馬を多少強化したところで、あの脚力に耐えられるのかね)
人の身で競走馬並みのスピードで走れる美唄さんである。たとえ鋼鉄で作ろうとも、曲がってしまう気がする。
(もしかして、自分ほど身体能力が高くない人でも、似たようなことが出来るようにっていう考えなのかな?)
周りをよく見ている美唄さんの事だから、その方がありえそうだ。
(上に立つ人は、色々考えなきゃだから大変だなぁ)
そんなことを考えている間に、薪拾いの場所に到着した。
「よーし、ではいつも通り始めとくれ!危ない所には行くでないぞー!」
『わー』『わー』と子蜘蛛を散らすように、子ども達が散っていく。出遅れたワンダに、木古内さんが話しかけて来た。
「ワンダ様よ。さっきの魔法、儂もやりたいんじゃが」
(いやいや、自分で出来そうだけど!?)
と思ったが、人の体に『ドリップ』は出来ないのかもしれない。
(水を用意すれば、爪は作れそうだけど)
『まさか、自分が魔法を教える立場になるとは』と、魔法のスペシャリストに魔法を教えることに恐縮しつつ教える。試しに、自分の体から水を絞り出せるかやってもらったが、やはり人だと難しいらしい。
「自分の体から水を絞り出すとは、ワンダ様も変なことを考えるのう」
「セんジュデレんシュうシテたら、カらダガきダカらもシカシてトおモイまして」
説明している間に、自分の考え方がどんどん人から離れていっているのを意識してしまって、少し――いや、何も感じなかった。湧いてきたのは、ただの感想だった。木の体に入ったことで、徐々に精神も影響を受けているのだろうか。
(また、この体の特殊性が判明したね。多分、千歳さんなら出来そうだけど)
ワンダが『ドリップ』で出した水を木古内さんの手の平に落とすと、いとも簡単に五指の先へ水を分散させる木古内さん。続けて水を尖らせると、もう一方の手にも水を乗せてくれと言う。
(教わってすぐ、いきなり両手で!?)
『さすが森小人族!ぱないの!』と戦慄しているワンダを他所に、何故か既に水の爪を作っている方の手に水を移動させる木古内さん。何をしているのかと見ていると…おかしなことに気付いた。
(水を爪に吸収させているのに、大きさが変わってない…?)
両手分の水を片手の爪に吸収させた木古内さんが、おもむろに足元の地面を『ザシュッ!』とえぐった。
(ザシュ…?いやいやいや!地面えぐれてるし!水にそんな強度ないでしょ!?)
「ナニをドうシタラそうナルンですか!?」
「ふぉっほっほ、ただの圧縮じゃよ」
軽く言っているが、水の圧縮は地球でも極限環境でようやく再現可能かどうか、というレベルの話だったはずだ。
(いくら魔法でも、万能ってわけじゃなかったはずだよね?!…とはいえ、仕組みを説明されても理解できる気がしない。まぁ、木古内さんだしな…)
もはや、凄すぎて理解することを放棄したワンダ。勿論、木古内さんは子ども達に見せびらかしたので、すっかりワンダの新技の出番は無くなってしまったのだった。
(こんなはずじゃ…!木古内さんに、ぜんぶ持って行かれた…!)
今回のまとめ
・指から出た!
・お腹ちゃぷちゃぷ、嬉しい誤算
・新技披露で、してやったり!
・…と思ったのも束の間、全てを上書きしてしまう木古内さん。凄いのは認めるけど、ひどくない?!
読んでいただき、ありがとうございました!
貴方に、満月の祝福がありますように…




