35話 進捗達成!
たまに大きく成長するよりも、毎日小さく成長し続けたい。
2025/9/1 加筆修正
薪拾いの集合場所に戻ると、ちょうど昆布さんが迎えに来た。
「薪拾いお疲れさまでした。今日は早かったですね?」
「えぇ、タケうマガニンきすギタので」
子ども達が竹馬に乗りたがったので、薪拾いが早めに切り上げられたのだ。このまま枝葉の収穫へ向かいたいが、流石に竹馬で向かっては時間に遅れてしまう。今度は昆布さんに乗ってもらい、ワンダは相棒杖の栗毛に乗り換える事にした。
「私に乗りこなせるでしょうか…」
木古内さんの曲芸じみた乗り方を見ながら不安そうに言う昆布さんだが、普段の身体能力を見る限りでは楽勝だろう。なんなら、帰る頃には木古内さんと同じレベルになっている可能性も十分ある。
「あブナいトおモッたラ、すぐにあシヲついテください」
「分かりました」
随分慎重だなと思っていたら…なんと、薪拾いの籠をしょったまま乗り始めたではないか。昆布さんの弟たちが壊してしまったので、以前の籠より少し大きい物に変わっているのに、だ。
(運動神経が良いってレベルじゃないでしょ…。今日の籠だと、10kgくらいはあるんじゃないか?そんな重りを背負った状態で、初見でバランス取れるとか…どこぞの雑技団かな?そもそもの『できる』の基準からして違うよね…)
未だに2~3歩で苦労しているワンダからしたら、理不尽と思ってしまうほどの差を感じてしまう。
(まぁ、作り物の体だし、しょうがないよね)
なお、地球時代でも2~3歩しか歩けなかったことは、思い出さない事とする。
コッテコ…、コッテコ…
まだスムーズではないが、地面に足をつかずに歩けている。
「こんな、感じ、でしょうか?」
「おぉ…、ジョうズですね」
右手と右足、左手と左足という、普段と違う動かし方と体重移動に苦労しているようだが、上手い事バランスを取れている。
(子供の方が呑み込みが早いのは、常識に縛られてないからかな?そうなると、恵庭さんと木古内さんが上手いのが謎だけど)
ここの住人たちの身体能力の高さには、毎度驚かされてばかりだ。ワンダを驚かせる筆頭の一人である昆布さんは、既にコツを掴んだのか周りを見る余裕が出てきているようだ。
「普段よりも視線が高くなって、面白い玩具ですね。」
「ソうナンです。サラにタカくすルト、シュうカクにツカえソうダと、クッチャんサんガいッテました」
「収穫…なるほど。梯子を上り下りしなくても、竹馬で移動すれば良いという事ですね!目線が高くなれば、今まで見えていなかった位置も採集できそうです!」
用途別に高さを合わせて作らなければいけないが、ここの人達であれば、すぐに使いこなしている光景が目に浮かぶ。収量が増えれば、より生活が安定して豊かになる。もちろん、採り過ぎれば森の生き物たちの食べ物が無くなってしまうのでその辺は調整するのだろうが。その点も、ワンダの枝葉で補われているので、今年は近年まれにみる豊作なのだと昆布さんが嬉しそうに話してくれた。
「これも、ワンダ様のおかげです。ありがとうございます」
「いえ、ボクはネテいルダけですよ」
実際、枝葉の効果を発見したのも、収穫しているのもエルフ達なので、ワンダがしている事と言えば、収穫を邪魔しないように動かずじっとしているだけだ。
(楽をしていると言われてもしょうがない状況だったよね…)
そんな状態を感謝されて居心地が悪かったので、珍しくワンダが昆布さんを先導する形で移動するのだった。
ギッシトン、ギィトン、ギッシトン、ギィトン
コッテコ…、コッテコ…
◆ ⁂ ◆
枝葉の収穫場所に到着する頃には、すっかり乗り慣れた様子の昆布さん。薪拾いの籠を降ろした後は、ワンダの全力歩行に余裕でついて来ていた。
(速度を合わせる為に手加減されてる可能性もあるよね…昆布、恐ろしい子!)
段々とスピードアップしてくる昆布さんに、追い立てられるように収穫場へ駆け込んだ。
「美唄さん、ロンニヒワ」
「ワンダ様、ロンニヒワ。…昆布、何を遊んでいるんだ」
コッテコ、コッテコと楽しそうに竹馬に乗って来た昆布さんを咎める美唄さん。
「ち、違うんです!これはワンダ様からお借りしていたもので!」
楽しくなってきていたのか、ご機嫌な表情で到着した昆布さんは一転、顔面蒼白で弁明し始めた。間に合わないから代わりに乗ってもらっていたのだと、ワンダが擁護したことで事なきを得た。
(慌てふためく昆布さんなんて、珍しい物が見れたな)
竹馬を収穫へ応用した時の可能性を昆布さんが力説したことで、美唄さんも興味を持ってくれた。
「なるほど。高所作業にも応用できる玩具、という事ですね。梯子の乗り降りの時間を考えると、かなり効率が上がりそうですね」
「そうなんです!だから、決して遊んでいた訳では!」
「分かった分かった。後で、木古内さんに話を聞いてみよう。昆布も、後で使用感を聞かせて欲しい」
「もちろんです!」
こうして美唄さんも竹馬仲間に入ってくれることになった。竹馬の話はあとでまたするとして、今日の枝葉の収穫を始める。
『液肥を持ってきたので、使ってください』と水かけ係りの人に渡すと、非常に嫌そうな顔をされてしまった。
「畑に撒くならともかく、ワンダ様にかけたらずっと臭いじゃないですかぁ。側で作業する私の身にもなってくださいよぉ…」
(今日はおっとり系のお姉さんだ。名前は…小樽さんだったかな?)
「ワカリました、ジャぁノミますね」
と言うと、ドン引きされた。
(いや、人からしたら確かにその反応だけども!この体にとっては栄養ドリンクみたいな物だから!)
確かに人が飲む物ではないけど、こういう体なのだから分かって欲しいものだ。それに、せっかく買ったのだから効果を検証したい。
(変人扱いは甘んじて受け入れよう。効果が高ければ、見直してくれるはずだ)
覚悟を決めてグイッっと液肥を飲むと、口の中から腐りかけの果物の様な匂いが漂ってくる。ワンダにとってはそれほど臭くは無いのだが…小樽さんは徐々に離れていく。
(あんまり距離を取られても収穫に支障が出るし、なるべく口は閉じておこう)
小樽さんが遠巻きに見るだけで近づいてこないので、自分で外套とズボンを脱いで土の上に横になる。口元を土に少しうずめると多少はマシになったのか、ようやく小樽さんが作業を開始してくれた。
(そういえば…、泉樹にかける水の量、さっき昆布さんに聞けばよかったな)
小樽さんに聞いてみようと、手が空いたタイミングで声をかけるが――。
「あノ…」
「おぇぇ!くっさぁ…」
ワンダが口を開けた途端に、顔を背けて後ずさる小樽さん。少しふくよかな見た目によらず、素早い動きで逃げていく。それだけ臭いという事だろうか。
(自分から出た匂いではないと分かってるけど、そこまで拒絶されるとショックだな…)
なるべく口を開けないように、土の中でもごもご喋るワンダ。
「ケサ、セんジュニみズヲワけテもラッテみズヲかケタノですが、あメノあトハかケナいホうガいいですか?」
匂いはあまり漏れていないようだが、それでも小樽さんは鼻をつまんでいる。
「泉樹…?あぁ、飲み水の。私は、出が悪かったらかけるくらいかなぁ」
(向き合い方は、人それぞれなんだな)
恵庭さんほど堅苦しくないようだ。相性もあるのかもしれないし、心の中ではしっかりと感謝をしているのかもしれない。そもそも、泉樹にもメリットがあるから水を分けてくれるのだろう。そんなに、難しく考えなくても良いのかもしれない。
(感謝を忘れなければ、もう少しフランクに接しても良いのかな)
少し、泉樹への理解が進んだワンダだった。
その後、水の操作の練習用に、水かけ用の予備の柄杓を貸してもらった。
(この操作も、何か名前を付けられたらイメージが湧きやすいかな…)
水面を指先でいじりながら考える。
(いや、いっそのことAIのプロンプトみたいにしてみるか)
試しに『尖った水』をイメージしてみると――。
(おぉ!水が指に向かって伸びあがって来た!)
次は、球体をイメージしてみる。
(丸く盛り上がった!けど、球体と呼べるほどじゃないな…潰れたスライムくらいか)
とはいえ、初めて動かす事が出来たのだ。これをとっかかりにして、どこまで動かせるか色々と試してみた結果、収穫終わりの頃にはなんとか手の平に水を移す事に成功した。
(よしよし、かなり上達したな!これなら、コップにこぼさずに移せそうだ)
『プロンプト魔法』とでも名付けようか。動きを一つ一つイメージすると動かしやすいようだ。
液肥の検証については、昆布さんが教えてくれた。生えてくる枝葉の本数が2割程増えたようで、美唄さんに嬉々として報告していた。残念ながら生える速度は速くならなかったが、費用対効果は十分という事で、今後は必要経費として液肥代をエルフの里で出してくれることになった。
(僕の報酬が増えるわけじゃないけど、出費が減るのは有難いな)
良い事だらけの液肥だと思っていたが、口から液肥の栄養が届いたのか、鼻の枝も伸びすぎてしまったので、久しぶりに鼻も切ってもらった。
(男捨離じゃなければそこまで怖くないし、これからは鼻も切ってもらおうかな)
――これをきっかけにとある事実が発覚するが、それはまだまだ先のお話…。
今回のまとめ
・謙虚だけど実力は隠せない昆布さん
・枝葉に関する振り返り
・液肥の効果は、枝が増える!
・水が動かせた!
読んでいただき、ありがとうございました!
貴方に、満月の祝福がありますように…
本物の液肥を嗅いだことは無いのですが、しっかり発酵したものはそれほど臭くないらしいです。




