33話 竹馬の性能 緑魔法の使い道
2025/8/27 加筆修正
コンコンッ
「ちょいと、爺さん!開けとくれ!」
「お前さんの方が婆さんじゃろうに。開いとるぞー」
「開けにくいから言っとるんじゃろうが!はよ!」
「はぁ…全く」
やれやれといった具合に、木古内さんが扉を開けて出て来た。雑なやり取りから、二人の長い付き合いと、気の置けない関係性を垣間見る事ができる。
(あれだけの腕があるなら、自分で修繕すればいいのに)
と思って聞いてみたが、古い樹皮なので下手に手を加えると目立ってしまい、カムフラージュにならないそうだ。
「見つけやすくなってしまったら、扉を隠しておる意味がないからのぅ」
という事で、今後もこのままになりそうだ。もっとも、恵庭さんに言わせると、自分の物には頓着しない、物ぐさなだけだそうだが。
「それで、竹馬とやらはどこじゃ?」
「お前さんの物じゃないんじゃが?ほれ、これじゃ」
完成した竹馬を木古内さんが持って来てくれた。材料に竹を使っており、見た目も地球の竹馬と遜色ない。ワンダに合わせて大人用サイズで、足場の高さは20cm(日本で言うセンチメートル)くらいだ。風雨に耐えられるよう重心は低く、水たまりも避けられる高さで作ってもらった。
「乗ってもいいかのう?」
余りにも乗りたそうなのと、ワンダではまともに乗れないと分かっているので、恵庭さんに試し乗りの権利を譲ってあげた。
さっそく竹馬に足をかける恵庭さん。最初の方こそバランスの取り方に戸惑っていたが、すぐにコツを掴んだようで「よっ、ほっ」と掛け声をあげながら「コッテコ、コッテコ」と木古内さん家を一周して戻って来た。
「どや!儂もまだまだいけるのぅ!」
戻って来た恵庭さんがドヤ顔をしている。台詞こそ年季を感じるが、見た目が子どもと間違えそうな程に若いせいで、振る舞いも相まって童女のように愛らしい。
「ふん、そのぐらい儂でもできるわい。次は儂じゃ!」
負けん気を刺激されたのか、木古内さんが竹馬を手に取った。恵庭さんが乗る姿を見てコツを掴んでいたのか、最初からバランスを取って「コッテコ、コッテコ」と歩き始めると、恵庭さんよりも早く一周したように感じた。
「儂の方が早かったのぅ」
ふんぞり返ってドヤ顔する木古内さん。大人げないというか、爺げない。
「何じゃと!もっかいじゃ!」
木古内さんにドヤ顔されて、恵庭さんがムキになってしまった。
(楽しそうで何よりだけど、今日は練習できそうにないな)
俱知安さんが迎えに来るまで、ムキになった爺ちゃん婆ちゃんのバトルは繰り広げられたのだった。
◆ ⁂ ◆
「まったく、いい年して何やっているんでしょうね。ワンダ様、練習できなかったようで申し訳ありませんでした」
「キニしナいデクダさい」
結局、迎えに来てくれた俱知安さんが止めるまで、二人のレースは続いた。
【5:4】で木古内さんのリードだったので、恵庭さんが「もっかいじゃ!」とゴネたが「いい加減にしてください!」と俱知安さんに雷を落とされて終了した。
(そもそも、正確にタイムを測定してるわけでもないし、子どもの遊びって感じで可愛かったな。中身はお年寄りだけど)
それにしても、この世界の人は運動神経が良すぎる気がする。竹馬を初見であそこまで乗りこなす人は、地球ではいなかったように思う。そして、改めて竹馬の難しさに頭を抱えそうになる。
(この体じゃ、かなり練習しなきゃ難しそうだなぁ)
今更ながら、なんで竹馬を選んでしまったのかと少し後悔する。下駄でも良かったはずだ。もしかしたら、相棒の栗毛に引っ張られたのかもしれない。
(とはいえ、あんなに楽しんでいるのに、今から別の物を作ってもらうのも悪いし。バランス感覚を鍛えるのにも役に立ちそうだから、頑張って練習するか…)
竹馬が水たまりに有効なのは、二人が試し乗りで証明してくれている。余程、水が跳ねる様な乗り方をしなければ大丈夫そうであった。
キッシ、コン、キィ、ズッ、キッシ、ズッ、キィ、コン
(そういえば、あれも魔法なんだよな)
帰り際に、試し乗り出来なかったお詫びと言って、木古内さんが栗毛の長さ調整をしてくれたのだが、杖の先を手の平で擦ると、見る見るうちに長さが縮んでいったのだ。削りかすなどが出ていなかったので、どうやっているのか聞いてみると――。
「これは魔力で圧縮しとるんじゃが、見るのは初めてかのう?圧縮は便利じゃぞ。細かい調整にも使える。圧縮すればするほど硬くなって、強度も上がるでな。このくらいの圧縮でも、ほれ」
と言って、圧縮が終わった栗毛で、近くにあった岩を軽く突くと「ゴッ」という音と共に、蒸かし芋に箸を刺したかのような穴が開いてしまった。
(圧縮…そういえばエスズキさんに教わったような気がするな)
「タダのきガ…すゴいデすね」
「ふぉっほっほ!儂にかかれば、そこら辺の葉っぱで石の彫刻だって出来るぞ!」
この圧縮魔法はエルフの里では主に矢じりに使用されているそうで、母恋ちゃんの矢が岩に突き刺さったのも、これのお陰なのだろう。ただ、岩に刺さるほどの圧縮となると森小人族でないと難しいらしい。エルフだと、せいぜい日用品を壊れづらくするために食器などを強化する程度なのだとか。それでも、エルフの里の木製品は薄いのに頑丈だと評判が良く、千歳さんの商店の主力商品になっているそうだ。
(食器が見た目よりも重たいと思ってたけど、圧縮されてたからなのか)
木材の『燃えやすい』という特性も、圧縮する事でかなり耐性を高められるそうだ。
(それで、この里には木の道具が多いのかな?)
流石に鍋のように火にかける物は、外部との取引で金属製を仕入れているようだが、木製の包丁は見た覚えがある。
(木古内さんクラスが圧縮すれば、強度だけで言えば生半可な金属よりも強いんじゃないか…?)
圧縮する前なら加工しやすく、圧縮すれば金属よりも軽くて強い。木材さえあれば、大規模な炉も作らずに個人で強力な道具が作れるなんて…。
(この世界のエルフ、というか森小人族がチートだな…。ドワーフいらずか)
もっとも、重さがそのまま攻撃力になる質量武器であれば話は変わりそうだが。
(この世界、エルフがこんな山奥で生活しているおかげで、平和なのかもなぁ)
族長も含めて温厚な人ばかりなので、積極的に侵略するようなことは恐らくないだろうが、反撃くらいはするだろう。
(どうか、愚かな侵略者が現れませんように。この里の平和が、末永く続きますように)
と、この世界にいるのか分からないが神様的な存在に祈るのだった。
読んでいただき、ありがとうございました!
貴方に、満月の祝福がありますように…
効率を追い求めるだけではなく、現状から何を獲得できるか。
そんなマインドで生きていきたい。




