32話 自然の恵みに感謝
正直者には水が来る
※後書きに挿絵があるのでお見逃しなく
2025/8/27 加筆修正
「雨が降っとるから、今日は練習日和じゃな」
そう言って恵庭さんに連れて来られたのは、家の裏にある木だった。地面に近い所ほど、異様に太くなっている。そして、その太い幹に支えられるように、幹の中央に大きなコブがある。膨らんだココナッツの様な見た目だ。
「これは泉樹と言ってな、古くから飲み水を授けてくれる植物として、大切にされてきたんじゃ。水と魔力を注げば、そのまま飲める綺麗な水を分けてもらえる有難い存在なんじゃよ。お前さんが飲んでいた水も、すべて泉樹からいただいた物じゃ。まずはお手本を見せるから、よう見ておれ」
そう言って、泉樹のコブに向かって手の平を差し伸べる様な仕草をする恵庭さん。すると、コブから水が染み出て来たではないか。不思議なことに、水は地面に落ちることなく、スルスルと恵庭さんの手の平に溜まっていく。
「これが、飲み水を得るための魔力の使い方じゃ。水さえ含まれておれば、泥水からでも水を得られるが、匂いや汚れは除けないので気を付けておくれ。その点で、泉樹はそのまま飲める水を分けてくれるので貴重なんじゃよ」
(濾過…とは違うか。抽出かな?)
「ベンりソうナマホうですね。ナマえはあルんデスか?」
「名前は…そういえば無いのぅ。子どもでも当たり前に出来るから、考えたことも無かったのぅ」
それだけ日常に溶け込んだ技術という事なのだろう。子どもでもできると言うが…。
(そんなに簡単なのか?なんか、水が動いてた気がするけど…)
「まぁ、とりあえずやってみる事じゃ。植物の体なんじゃから、このくらい簡単じゃろ」
恵庭さんによると、この魔法で使うのは青属性の魔力で、ワンダの体にある緑属性と青属性は相性が良いらしい。他にも土属性と、ワンダの体にもある緑属性があるが、今は必要ないだろうという事で後回しになった。
(青と緑は色なのに、土は茶色じゃないんだな。何か法則があるのかな?)
学び始めたばかりで謎が多いが、今は目の前の事に専念しよう。言われた通り、見よう見まねでコブに向けて手の平を差し出す。
「泉樹は生き物じゃ。魔力を通して感謝を伝えれば、拒否されることは無かろう」
(拒否されることもあるのか…。それなら、さっきの恵庭さんのやり方だと『犬のお手』に見えちゃうから、両手でやってみようかな?)
両手でお椀の形を作り、コブの前に差し出しながら心の中で感謝を伝える。
(いつも美味しい水をありがとうございます。今日も少し分けていただけると有難いです)
すると、恵庭さんの時よりは少ないが、チョロチョロと水が染み出て来た。そして、水はワンダの両手に入…らずに、そのままコブを伝って地面にポタポタ落ちていく。
(まぁ、こうなるよね。でも、一応成功かな?)
「水は頂けたようじゃな。次は水の操作じゃ。コップで練習するといい」
恵庭さんがコップをコブに近づけると、あっという間に水が溜まる。溜まった水に人差し指を浸すと、水で出来た蛇が動き出したように、シュルシュルと恵庭さんの手を這い登っていく。水が激しく動いたからか、いつも飲んでいる水と同じ、レモン水の様な爽やかな香りが漂ってくる。
「慣れれば、これくらいは『落ち葉返しに、吹き目閉じ』じゃな」
(『赤子の手をひねる』みたいな慣用句かな?)
恵庭さんは、両手にシュルシュルと水を這わせ続けている。あまり手から離れない所を見ると、重力に逆らうのは難しいのかもしれない。大道芸のように這わせていた水を、一滴もこぼすことなくコップへ戻すと、ワンダに渡してからこう言った。
「まぁ、最初からここまでやれとは言わんよ。生き物でなくとも、やり方はさっきと同じじゃから、なんとかなるじゃろ」
エルフの里でも泉樹は見たことがあるので、練習場所には困らなさそうだ。枝葉の収穫場に、コップと水を持ち込んで練習するのも良いかもしれない。さっそくコップに指を浸して(動けー!)と念じるも、ピクリともしない。集中しようとするが、さっきの恵庭さんのお手本を思い出して色々と考えてしまう。
(水の射出は…、コストが高いかな?体に纏ったり近くを操作できるなら、洗濯、掃除、食器洗いとか?)
すぐに思いつくのは、生活に役立つような使い方くらいだ。エスズキさんが言っていた通り、アニメや漫画のような万能な魔法は無さそうだ。
(あの二人でも、倒木の近くに行って加工してたから、他の属性でも触れる範囲を操作出来る程度なのかな?)
などと考え事をしていたら『やり方は教えたから、後は練習あるのみじゃ。今日はここまで』と打ち切られてしまった。
「しばらくは自分で練習してみるんじゃな。次の雨の日に成果を確認するから、怠けるでないぞ?」
「ワカりました」
(んー…、何かコツがあると良いんだけど。名前を付けたらイメージしやすくなるかな?さっきのぽたぽた落ちてる感じ…コーヒーの抽出みたいだし『ドリップ』とか?)
帰ってからも、色々と試してみることにする。
「さて、掃除を始めるとするかのぅ」
掃除の流れを聞いた限りでは、ワンダの役割は恵庭さんが持てない物を運んだり、高い場所を掃除することらしい。使う道具も、はたき、小さな箒と塵取り、雑巾と、地球でも馴染みのあるものばかり。
(力仕事は少しだけだし、これなら僕でもできそうだ)
――と思ったのは最初だけだった。
問題は、家の構造だ。森小人族の家は、樹の洞を拡張して作られているのだが、それでも狭いうえに、生きている樹なので日々成長して内部を圧迫してくる。彼らはその変化に合わせて日々調整しているらしいが、収納スペースの増築も相まって、家の中は非常に複雑な構造になっていた。おかげで、物をどかして掃除、戻してまたどかして掃除――と、非常に手間がかかるのだ。
掃除が終わった頃には、すでに夕方に差し掛かっていた。
(これは、確かに手伝いが欲しくなるね…)
「いやぁ、助かった!久しぶりに細かい所まで綺麗にできて、今夜はよく眠れそうじゃ!それで、今後の手伝いじゃが。うちに来るのは月に1度で十分じゃ。次の場所は、くーちゃんに伝えておくでの」
「ワカりマした」
ちょうどいい時間なので、このまま竹馬の確認をしに行く事になった。
外へ出ると、まだ雨は降っていたが小ぶりになっており、竹馬の試し乗りくらいならばできそうだった。先ほどよりも大きくなっている水たまりを慎重に避けながら、木古内さんのお宅へ向かう。
キッシ、トン、キィ、トン、キッシ、トン、キィ、トン
コブの部分に水を貯め込む性質がある樹。
コブは堅い殻で覆われているが、水の量によって伸縮する。古くから飲み水を得るために利用されてきて、今では一家に一本は植わっているほど広く利用されている。魔力と水を提供する事で、そのまま飲み水に使えるほど綺麗な水を分けてくれる。水にはほんのりと、植物の香りが付いている。
横柄な態度をとっていると、水を分けてもらえない事もある。
イメージ考案:ワンパぶいちゃ猫
使用した生成AI:Copilot
今回はイメージ図の作成にかなり時間がかかりました。最初は水を貯める部分をスライムの様な半透明と考えていたのですが、実際にこの植物が生えていた場合、動物から齧られる可能性が高いです。そこで防御力が高いココナッツをイメージしたことで、なんとかまとまりました。
生成AIで画像が作れるようになった事で、このようにイメージを詰める事が出来るようになって、執筆が捗るので本当に助かります。
とはいえ、実在しない物の画像を生成するのって、本当に苦労します…。




