31話 思いつきからの仕事の依頼、からの…
雨に濡れるのは、好きですか?
僕は、濡れても大丈夫な格好の時は、濡れたい派です
2025/8/27 加筆修正
翌朝。どんよりと分厚い雲が空を覆い、今にも雨が降りそうな天気だ。
(さっそく雨の日のパターンで動けるのは嬉しい反面、ツケを払うのが遠のくなぁ…)
借金を背負ったのは、地球も含めて初めてだったワンダ。想像以上に心の重荷となったそれをひしひしと感じ、早く返済したいと切に願う。
(その為にスキルを身に着けるのは、投資みたいなものだし。損にはならないよね)
そんな独り言を心の中で呟きながら、森小人族の隠れ里へ向かう準備をする。合羽代わりにマッシュルームレザーの外套をしっかり着込み、昆布さんに『隠れ里へ行ってきます』と伝えてから出発する。
ギッシ、トン、ギィ、トン、ギッシ、トン、ギィ、トン
体のサイズよりも少し大きいとはいえ、雨除けとして首元までしっかりボタンを留めてしまうと、かなり動きづらく感じてしまう。
(お金を貯めたら、雨具も用意した方が良いかな?いや、雨の中を歩くのはどのみちリスクが高いか…。最悪、足さえ地面に着かなければ根は生えても大丈夫だから…竹馬はどうかな?)
靴を履けばいいと思うかもしれないが、里の人たちの履いている靴は、薄い革や草が材料の粗末な作りで、地球の長靴の様な防御力は期待できない。『もしかして、竹馬は良いアイディアでは?』と考えながら歩いている間に、迎えに来てくれた倶知安さんと合流した。
「クッチャんさん、ロンニヒワ。モうあメガフッてキソうダッたのデ、サキにきチャいマしタ」
「ワンダ様、ロンニヒワゥ。お迎えに伺おうと思っていたので、助かりました。出発しましょう」
今日は薪も湿ってしまうので、薪拾いも無い。里の中は、朝食の気配がするだけで、出歩いている人はほとんどいない。雨に備える姿が、ちらほらと見えるだけ。いつもなら賑やかな里も、今日は静かで、どこか寂しい。
心なしか、自分の足音がいつもより響くように感じる。
ギッシ、トン、ギィ、トン、ギッシ、トン、ギィ、トン
先ほど思いついたばかりの竹馬だが、思いのほか良いアイディアのように思える。竹馬を作ってくれる人がいないか、俱知安さんに聞いてみることにする。
「クッチャんさん、モくザいカコうのいラいヲしタいのですガ」
「得意不得意はありますが、子供でも多少はできますよ。どういったものですか?」
相棒の杖である”栗毛”がちょうど良い長さなので、足場を付けてどういった使い方をするのかを説明する。
「なるほど。その『竹馬』があれば、地面に足を着けずに歩けると。面白い道具ですね」
「こキョうではこドモのおモチャデしたガ、あシバのたカサをカえルトいんショうガカなりカワるのデ、おマツりデつカワれルコトもあリました」
「なるほど。高くすれば、採集などにも役に立ちそうですね…。分かりました、森小人族で手の空いてそうな方をご紹介します」
「ありガとうゴザいます」
ギッシ、トン、ギィ、トン、ギッシ、トン、ギィ、トン
藤の木に囲まれた隠れ里に到着したが、相変わらずの光学迷彩で、入口は分からない。光を屈折させて、周りの景色と同化させているらしいのだが、説明されてもさっぱり分からない。設置されているかもしれない罠にかかるのも嫌なので、隠れ里とエルフの里を行き来する際には、必ず案内を付けてもらっている。
いつの間にか現れた入口を潜り抜けた俱知安さんは、先に竹馬制作を受けてくれそうな人を紹介してくれるのか、奥の方へと進んでいく。かなり古そうな樹の前に立つと『コンコンッ』とノックした。
「木古内さーん、いますかー?」
「ふぉっほっほ、開いとるよ」
見た目が子供にしか見えない若爺である、きこじいのお宅だったようだ。倶知安さんが年季の入った扉をギィと開けると、ごちゃごちゃした室内の奥に、木古内さんがちょこんと座っているのが見えた。
「おや、珍しい客人がおるのぅ。儂に何か用かい?」
「えぇ。ワンダ様が木材加工を依頼したいとの事で、木古内さんを紹介しようかと」
「ほほぅ、儂を選ぶとは見る目があるのぅ。おぉ?なんじゃ、儂の作品を既に持っとるのか。そりゃぁ、腕によりをかけて作らなくてはいかんなぁ」
『儂の作品』というのに心当たりがなかったが、どうやら『栗毛』の作者が木古内さんだったらしい。
(なるほど、この丁寧な作りなら、出来栄えは心配ないね。高くつきそうだけど…)
「それで、何を作ればいいんじゃ?」
「まず、材料はこのくらいの太さの竹で…」
歩きながら話しただけのはずなのに、俱知安さんは驚くほど詳細に説明し、ワンダ以上に細かい点まで木古内さんと確認していく。
(さすが次期族長!仕事ができる人はかっこいいねぇ。母恋ちゃん達が夢中になるのも分かるな)
依頼主なのに蚊帳の外になってしまったワンダは、熱心に話し合う二人から視線を外し、部屋の中を観察し始める。住人の趣味なのか、木の破片などで作られた精巧な置物が所狭しと置かれている。長い年月をかけて作り続けたのだろう。見ているだけで一日が終わってしまいそうなほど大量にある。動物をかたどった物、寄木で模様を作ってある物、ミニチュアの家なんかもある。
(細かい作業が好きなのかな?うわぁ…いっぱいあるなぁ…)
「ワンダ様、お待たせしました」
部屋の観察をしている間に、打ち合わせは終わったようだ。
「材料は揃っとるから、夕方には形にできると思うぞ。帰る前に、顔を出してくれんか?」
「ワカりマシた。あノ、おカネは…」
「いらんいらん!面白そうじゃからな!他からも注文が入りそうじゃし、そっちで稼ぐから問題ないわい。ふぉっほっほ!」
上手くいけば、千歳さんの商店に置いてもらって稼げそうだと鼻息を荒くするきこじい。元気なのは良いが、興奮しすぎで血圧が心配になってしまう。年齢相応に落ち着いてほしいものだ。
(楽しそうな人は、見てる方も楽しくなるけどね)
健康に気を付けて、長生きして欲しいものだ。そして、その元気なおじいちゃんのお陰で、竹馬が手に入りそうだ。すぐにでも試してみたいが――。
(帰り道は水たまりばっかりだろうし、試し乗りしてみたいけど。そもそも、上手く乗れるのか…?)
雨の日に竹馬で転んだら悲惨な目に合うのは、目に見えている。とりあえず、どうするかは出来上がってからにしようと、木古内さん宅をお暇する。家主はすでに作業に取り掛かっており、集中しているのかこちらの声に反応が無かったのでそのまま退室する。
◆ ⁂ ◆
家の外に出ると、予想外に長居してしまったせいで既に雨は降ってきていた。所々にできてしまっている水たまりを踏まないように気を付けながら、恵庭さんのお宅に移動する。
サー…パタタッ…パタパタ…パタタッ…
雨脚は強くはないが、雨が葉っぱを叩く音、外套を叩く音が断続的に聞こえる。湿ってきているのか、体の軋む音が少し柔らかくなっている気がする。
キッシ、トン、キィ、トン、キッシ、トン、キィ、トン
なんとか、水たまりを踏まずに辿り着くことが出来た。
コンコンッ
「俱知安です、遅くなりました!」
「いらっしゃい、濡れるから早く入りなさい」
家の中を濡らさないように、入る前に外套の雫を掃うと、水を吸って重くなってしまっていた。
「もっと早く来れば降られなかっただろう。何してたんだい?」
「実は、ワンダ様の依頼で…」
俱知安さんが、竹馬について代わりに説明してくれた。
「なるほど、足を着けずに歩ける道具、か。面白いじゃないか。後で儂も一緒に見に行くとしよう」
子供のような外見をしているせいで余計にそう思うのかもしれないが、森小人族は好奇心旺盛な人がエルフよりも多い気がする。
(娯楽も少なそうだし、当然かな?それにしても、恵庭さんも木古内さんも、お年寄りの部類だと思うんだけど)
ワクワクした様子の恵庭さんに、今日の用件を思い出してもらう。
「すみません、そロそロキョうノヨうジを…」
「あぁ、すまんすまん。儂としたことが、年甲斐もなくはしゃいでしまったのぅ。さて、雨の日に出来る事じゃったな。掃除は正直後回しでも構わん。先に、魔法の練習をしてしまおう」
「ヨろシくおネガいします」
いよいよ、魔法の世界へ一歩踏み出す時が来た――ワンダも人のことは言えず、心の中で「魔法が使える!」とはしゃぐのだった。
読んでいただき、ありがとうございました!
貴方に、満月の祝福がありますように…




