27話 初めてのお金、初めての買い物
※後書きに挿絵があるのでお見逃しなく
買い物話の中編です
2025/8/27 加筆修正
ギッシ、ギィ、ギッシ、ギィ
大きすぎて遠近感が狂いそうな大樹の根元まで、ようやくたどり着いた。慣れない道と、木の根で凸凹していたこともあって、体感で1時間以上かかってしまったように感じる。
美唄さんと商店を訪れた時は夕方だったので、大樹の様子はシルエットでしか分からなかった。明るい所で見ると、大きさも相まってご神木のように見える。実際、ドリアードは精霊に近いそうなので、あながち間違っていないのかもしれない。
ギィィィィ…、ギギギィィ…
「おや、この前の。よく来たねぇ、いらっしゃい」
「ちトせサん、ロンニヒワ。キョうハカいトりヲおネガいしマす」
「はいよ。それにしても、大丈夫かい?もう雨が降ってくるよ?」
千歳さんに言われて、慌てて空を見上げる。出発の時には、まだ太陽の位置が分かるくらいだったのに、今にも降り出しそうな黒い雲に覆われていた。
(山は天気が変わりやすいって言うけど、ちょっと甘く見過ぎてたな)
見通しの甘さを反省しつつ、手短に要件を済ませる為に荷ほどきを始める。焦ってなかなか紐がほどけない。ようやくほどけたと思ったら――。
ぱら…、ぱら…、ぱらぱらぱら…、サーー…
雨が葉っぱを叩く音が聞こえたかと思うと、本降りになってしまった。
「降ってきちゃったねぇ。とりあえず、濡れないようにこっちへおいでぇ」
ギィィィィ…、ギギギィィ…
慌てて荷物をまとめて、千歳さんの後を着いていく。
ギッシ、ギィ、ギッシ、ギィ
案内されたのは、千歳さんの本体である大樹にある洞だった。樹の規模からすると小さく感じるが、大人が中へ入っても十分な広さがある。雨は入ってこないし、枯れ葉が敷かれているし、カプセルホテルのような快適さだった。
「ここはねぇ、雨に濡れたら困る様な商品を置く為の倉庫にしてるのさ。雨宿りするにはちょうど良いでしょ?」
「すゴくカいテきデすネ」
「明日の朝には止みそうだから、今日はこのまま泊まっていきなさいな」
「ありガとうゴザいマす、おセワにナりマす」
枯れ葉が敷いてあるのがとても助かる。これなら、土に肌が触れないようにすれば、朝まで根が張らないようにできそうだ。
雨宿りもできたところで、改めて持ってきた物を千歳さんに見てもらう。報酬で貰ったマルベリー、ほうじ茶、ドクダミ茶、などのお茶の葉を広げていく。初の査定なので、ドキドキしながら待つこと数分。
「今年は桑の実が豊作だったからねぇ、結構在庫がだぶついていてねぇ。お茶は湿気させなければ長持ちするし、このくらいかねぇ」
金属である貨幣に触らないようにする為か、木のトレーで渡してくれる。
(そうか、この体も生きている木だし、金属に触れる時は気を付けた方が良いのか)
思わぬところで、この体の弱点に気付けた。同じように植物の体を持つ者同士、教わる事は多そうだ。そして、気になる買取価格は――分からない。
「すミマせン、おカネのかゾえカたおシえテくダさい」
「なんだい、見るのは初めてだったのかぃ。じゃぁ、お金の勉強もしなきゃだねぇ。まず、この国で使われているお金は…」
生活できているようで、まだまだこの世界のことについて知らない事ばかりだ。教えてもらった貨幣の単位は¥もしくは円と読むそうだ。そして、ようやく判明したここ数日のお給料の金額は――¥3,300。
地球の感覚だと安く感じるが、里の為に外から必要な物を買わなくてはいけないので、取引価格は里の外とそれほど差は無いそうだ。
「どうする?エルフ達は、買い物してから帰っていくけど」
「ナにガカえルのカミてミたいデす」
外の商品が置いてある棚は、商品が濡れないようにはなっているが、流石に今見に行くと体が濡れてしまう。まずは、倉庫内の商品から見せてもらうことにした。
「この辺はエルフの里のお茶だねぇ。こっちは外から買ったお茶だよ。玄米茶とか緑茶は美味しいから私も良く飲むよ。これは液肥とかの肥料だねぇ。味見してみる?」
肥料と聞いて躊躇してしまったが、よく考えたら体が木なのでむしろ体に良さそうだ。小さいコップに、茶色く濁った液体が注がれる。匂いはアレだが、不思議と嫌な感じはしなかった。思い切って飲んでみると――。
「!?カらダにえいヨうガいきワたルヨうナフしギなカんカくデス」
(枝葉の収穫に役に立ちそうだし、これは買いだな)
栄養ドリンクを飲んだような満足感を味わっていると、千歳さんが微妙な顔で忠告してくる。
「あー…、私らみたいな体だと気にならないみたいだけど、結構臭いらしいから他の人の前で飲まない方が良いよ」
「なルほド、きヲつケマす」
他にも、木の体ならではの、気を付けた方が良い事を聞いてみる。
「木を食べる様な虫は怖いねぇ。白アリがいるような場所に行ったら、念入りに手入れした方が良いよ。後は植物特有の病気かねぇ」
「ムしハこワいデすネ」
「防虫剤、忌避剤が必要なら安くしとくよ~」
お買い物あるあるで、当初の予定よりも買いたい物が増えてしまった。
(今は予算も限られているし、先に買う予定だった物を確認しよう!初任給で破産してしまう…)
「こレヨりモッとイイツえガホしいのデすガ」
「杖はねぇ~、これとかどうかな?手首を通せる輪っか付きだから、滑りにくいと思うよ~」
何か塗ってあるのか、艶のある枝の形をそのまま活かしたお洒落な杖だ。軽くて丈夫で実用性もある。
(これなら体重もかけられるし、歩く速度も上がりそうだ。欲しいけど、絶対高いよね…)
恐る恐る値段を聞いてみる。
「おいクラデすカ?」
「良い作りだからねぇ、8,800円でどうかな?」
(いきなり予算オーバー!破産確定…貯金頑張るしかないか?)
「ちナミに、えキひハ…」
「安いのなら、竹の水筒一つ分で300円、さっき飲んだのは高いから600円。防虫剤は500~1,000円。お得意様になりそうだし、ツケでも良いけどねぇ?」
まだ母恋ちゃんのお土産も選びたいので、苦渋の決断で借金を背負う決断をする。
「ツケデおネガいしマす…」
「毎度あり~!」
一度借金を背負う覚悟をすると、気が楽になった。
(いっその事、マルベリーを教えてくれた昆布さんへのお礼も買って帰るか)
母恋ちゃんへのお土産に干し柿(1,000円)、昆布さんへのお礼に緑茶(1,000円)を買い物カゴに追加する。
「ん~と、合計で¥11,900だね!差し引きで、¥8,900はツケておくね~」
(まぁ、食費もかからない体だし、自分への投資と思えば。はぁ…、明日から収穫頑張ろ)
上手い事千歳さんに乗せられた感じはあるが、無駄にはならないだろう。
買い物が一段落した所で、千歳さんが普通のサイズのコップに液肥を入れて持ってきてくれた。
「たくさん買ってくれたから、これはサービスねぇ」
「ありガとうゴザいマす」
さっきは少なかったのであまり感じなかったが、この量だと鼻を近づけなくても匂いを感じる。改めて液肥を観察していると、洞の奥から何かが這い出てくるような音がした。
ザザ…ザザ…バサバサ…ズリ…ズリ…




