15話 知らぬが仏、知るが煩悩
「嫉妬の視線」描写は、実体験に基づいています。
異性に注目される状況は、思わぬ反感を買うことがあるので、話しかける側も気を付けて欲しい――。というささやかなお願いです。
2025/8/23 加筆修正
食事が一段落し、食器などの片付けも終わると、おしゃべりしながらの大移動が始まった。
「エルフの里へ行くの、久しぶりだね~!何年ぶり?」「数十年ぶりだよ。あの子たちも、きっと大きくなってるだろうね~」「お土産持って行った方が良いよね?干し柿、干し芋は一応持ったけど」「干しブドウと木の実も持っていこうか?甘いの好きだから喜んでくれるでしょ」「小さい子用にオモチャも持って行く?」「えー、でも荷物になるでしょ。今日は懇親会だっていうし、また今度で良いんじゃない?」「でも、大人が話してる間、退屈しちゃうでしょ?」「うちの子、面倒見いいから一緒に遊ばせとけば大丈夫でしょ」「それもそうね。あとは・・・」
わちゃわちゃと、楽しそうに歩く姿は、さながら幼稚園のお散歩のようだ。見た目だけなら子どもなのだが、会話の内容はまるでおばあちゃんである。頭がバグりそうだ。でも、久しぶりにエルフの里へ行けることになり、皆うれしそうだ。
一方で、先ほどまで賑わっていた炊事場は、かまどもテーブルも跡形もなく解体され、まるで最初から何もなかったかのように、更地になっていた。炭などの匂いの強い物は、地面に埋めて隠したようだ。
(外の脅威から身を守るために『身に着けざるを得なかった』生き抜くための知恵…か)
『生活の痕跡を残さない』その徹底ぶりから、積み重ねられてきた犠牲と年月、彼らのご先祖様が辿って来た苦難の歴史が静かに伝わってくる。森小人族が出発したあとには、藤の花が寂しげに風に揺られていた。
――そんな中、なぜか一人だけ残っている森小人族がいた。
身長こそ、他の森小人族と同じだが、顔だけ異様に濃ゆい。まるで、劇画から抜け出して来たかのような、いかつい雰囲気を放っている。
「…いッショにいカないンデすか?」
と、恐る恐る声をかけると、彼は肩をすくめて言った。
「晴れの舞台は、若けぇのに任せときな。俺には俺の役目がある」
よく響く、とてもカッコイイ声だった。
いや、声だけではない――自分を貫きつつも、他人を気遣う。生き様までもがカッコイイ、文句なしに≪漢≫だった。
◆ ⁂ ◆
美唄さんと倶知安さんが迎えに来てくれたので、蔵王さんに「行っテきまマす」と別れを告げ、ワンダも歩き出そうとした――。が、気付いた時にはすでに美唄さんに担がれていた。
(蔵王さんのようには、なかなか上手くいかないな…。カッコ良さの師匠として、弟子入りしようかな?)
まだ少ししか話せていないが、渋い見た目に反し、彼はとても気さくな人物なようだ。
「白石蔵王だ。長いから、蔵王とでも呼んでくれ」
とニヒルな笑顔で言ってくれた。ちなみに、子どもたちには「白くん」と呼ばれているらしい。
(子どもは素直だから、きっと蔵王さんの人柄をちゃんと見抜いて、自然と懐いているんだろうな)
ちびっ子たちに囲まれて、ニコニコしている≪漢≫の姿が目に浮かぶ。隠れ里に戻ったら、またゆっくり話してみたい――そんな風に思ったワンダだった。
◆ ⁂ ◆
エルフの里へ、無事に到着した。
美唄さんに担がれて登場したワンダに、射殺すような嫉妬の視線が四方八方から突き刺さる。
(ビバいさン!はヤクおロしテくダさイ!!)
小声で訴えるも、時間が押しているからと無視される。結局降ろしてもらえたのは、里の中心、集会場で一番目立つ壇上だった。
突き刺さる視線、敵意むき出しの女性陣。
(せっかく稼いだ好感度が、登場だけでマイナスになってない…?)
少しは関係が改善するかも、という淡い期待は、始まる前からどん底へつき落とされてしまった。そんなワンダの様子にはお構いなしに、森小人族とエルフの歴史の情報公開が行われていく。ワンダは、女性たちの視線から逃れるように、うつむいて身を縮こませている。
(早く終わらないかな…)
――その時、男性エルフの輪から大きなどよめきが起こった。
多分、俱知安さんたちの性別訂正がされたのだろう。頭を抱える人、放心したまま膝から崩れ落ちる人、結構な数の男性がショックを受けたようで、まさに阿鼻叫喚、地獄絵図だ。
(…目を輝かせている奴が何人かいるけど、気にしないようにしよう)
ワンダの紹介は『精霊様が遣わされた方なので、客人として丁重に扱うように』という簡素なものだった。
(この説明では、僕の待遇は変わらないだろうな…自分の事は自分で何とかするしかないね)
気休め程度に思っておこう。
◆ ⁂ ◆
最後に、宴会の開催が発表されると、反応はそれぞれだが準備に取り掛かり始めた。
特に、狩りが得意な面々はやる気に満ち溢れており、大量の肉料理が追加になりそうだ。そして、皆が動き始めたタイミングで、森小人族のおばあちゃんたちが到着した。
お土産を担いでいるだけでも遅くなりそうなのに、おしゃべりで更に遅くなったのだろうか。もしくは、登場のタイミングを計っていたのかもしれない。
ぞろぞろと里へ入って来たおばあちゃんたちは、数十年ぶりとは思えないほどスムーズにエルフの料理班へと合流し、手際よく次々と料理を完成させていく。木の大皿や、大きな葉っぱに包まれ、おいしそうな湯気を放つ料理の数々に、食事にあまり興味が無かったワンダでも涎が出てきそうな光景だった。情報公開によって広場を覆っていた緊張感は、料理から漂う素敵な香りによって、すっかりワクワクする宴会モードに塗り替えられていく。
俱知安さんからは『宴が始まるまでは、自由にしていただいて構いません』と言われている。隠れ里の時のように何か手伝えればと思ったが、鉄火場のようになっている炊事場には近づける気がしない。
代わりにターゲットに選んだのは、小さい子どもたちの集まりである。親戚と久しぶりに会う子どもというのはどこの世界でも共通らしく、借りてきた猫のように隅っこで縮こまっている。
(…まぁ、僕なんかが行っても、警戒されるだけかもしれないけど)
他に出来る事も無いし、近くで保護者ごっこでもできればと近づいていくと…。
ギッシ、ギィ…、ギッシ、ギィ…
「あ、木のバケモノさん」
昨日、モザルに襲われていた時に助けてくれたエルフの少女が、子どもたちに紛れていた。
「バケモノはひドくナい?いチおウ、ワンダっていウなマえガあるンダけド」
「変な喋り方ー!何じんだおまえー?」
なんかクソガキが絡んできた。
「にホんジんデす。まダうマくシャべれなクてネ」
「にほじん?なんだそりゃ」
「にホんジんデ「なんだこれ?苔?」
クソガキ2号が(以下略
「ア!やメて!ひっパるトトれちゃう!!」
昨日、俱知安さんが新しく髪の毛を用意してくれたのだが、まだ十分に根が張っていないのでパカパカしてしまう。苔を守ろうとして縮こまったワンダの恰好が面白かったのか、子どもたちは寄ってたかっていたずらを仕掛け始めた。
「や、やメて!ガいトうガやブけル!ナニ?ナにモはいッテないカら!?あガガggg」
無邪気な子どもは、ワンダの口の中が気になるのか、抉じ開けて中を覗き込んでくる。美唄さんは『闇属性魔力』と聞いて警戒していたが、口の奥に黒いモヤモヤが見えても、興味津々な子どもたちは手を突っ込もうとしてくる。
「や、やmゲブブブッブブ」
「お?なんかこの黒いモヤモヤ、ブルブル震えてるぞ?」
「やっぱりバケモンじゃん!たいじしろー!」
子どもが相手とは言え、多勢に無勢。モザルの時と変わらないくらいもみくちゃにされていると、森小人族の子どもが止めに入ってくれた。
「ほれ、それくらいにしておきなさい。お客人に失礼じゃろ」
子どもかと思ったら、おじいちゃんだった。外見と台詞のギャップで違和感が凄い。
若い見た目のおじいちゃんの仲裁で、なんとかクソガキ1号2号は離れてくれた。危うくまた髪の毛を失うところだったので、救世主に感謝の言葉を伝える。
「タすカりマした、ありガとうゴザいまス」
「よいよい、気にしなさんな。子は元気が何よりじゃが、やりすぎはいかん。叱るのも年寄りのつとめじゃて。ふぉっほっほ」
「きこじい、じじくさい」
昨日、助けてくれた少女が会話に入って来た。
「そりゃ、じじいだからのう。ふぉっほっほ」
助けてくれた若じじいさんは、木古内さんという名前らしい。少女のほうは、ぼこいちゃんというそうなのだが――。
「笑ったらコロス」
と、あまり気に入っていない様子だった。
(漢字は可愛いんだけど、響きが気に入らないのかな?)
「ところであなた、くーくんと仲良さそうね」
「くーくン?ダれデすか?」
「俱知安さんのことよ!で、仲良いの?」
「仲ガイイとイうカ、カクれザとデイろイろおせワしてモらッテいマす」
「い、色々お世話!?」
何を勘違いしているのか、顔が赤くなっている。
「とにかく、仲が良いなら私を紹介して欲しいの!」
何が”とにかく”なのか分からないが、恋のキューピッドミッションを押し付けられてしまった。
(恋愛経験ほぼないのに、上手くサポート出来るかな…)
「ふぉっほっほ、若いうちは色々経験すると良い」
若じじい、もとい木古内さんは、意味深な言葉を残してゆっくりと歩いて行った。
読んでいただき、ありがとうございました!
貴方に、満月の祝福がありますように…
倶知安さんは、恵庭族長の手足として、よくエルフの里を訪れていたので顔を知られていたようです。
森小人族に関して、おばあちゃんと表現していますが、俱知安さんに限らず男性と女性の見分けは難しく、一部を除きぱっと見は少女に見えます。




