プロローグ
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2025/7/26 表現の修正と加筆(ストーリーに影響はありません)
両脇には、人の手がまだ入っていない原生林。
獣道と見間違うような、踏み固められただけの森の道。
朝露で湿ったその道の脇に、ちょっとした広場があった。
昨夜の焚き火の残り香が、かすかに漂っている。
野宿していた旅人が起きてきたが、よく見ると二人とも人族ではない。
白っぽい外套を羽織った男(?)は、
ギッシ、ギィ…、ギッシ、ギィ…
と何かが軋むような音を鳴らしながら、ゆっくりと歩いている。
その服の隙間から覗くのは――木でできた肌だった。
もう一人は幼い子供のようだが、全身が毛むくじゃらだ。
短い手足を一生懸命動かしながら、よちよち歩いている。
◆ ⁂ ◆
シー・・・ブルブル!
「おひっこ!」
「お、一人で出来たか。えらいな〜、よーしよしよし(わしゃわしゃ)。それでは、健康診断を行います」
「おごないまぅ!」
男が手をかざすと、道具も使っていないのに尿が手にまとわりつき、わずかに盛り上がっている。目を黒くモヤらせながら、娘の尿を確認する男。
「ん~、黄色が強い気がするけど。昨日は野菜もそこそこ食べたし、朝一のおしっこならこんなもんかね?大丈夫、健康です!」
「えんこー!」
「ちょ!?やめて!違うから!」
「えんこー!えんこー!」
男の慌てる姿が面白かったのか、テンションが上がってしまった娘はキャッキャと笑いながら「えんこー!」と大声で連呼しながら走りだしてしまった。
「待ってー!誰かに聞かれたら、社会的に死ぬから!本当に待って!?」
幸い、この広場で野営したのは二人だけだった。
しかし、早朝に出発した者がこの道を通る可能性は十分にある。
もし誰かにこの光景を見られたら――男は背筋に、流れないはずの冷たい汗を感じつつ、無邪気に笑う娘を追いかけた。
追い付けないと悟った男は「ご飯」と一言発する。
効果はてきめんで、パタパタと駆け戻って来た少女は、大人しく食事の席に着く。
(寝起きに激しい運動はキツイ…)
朝から元気いっぱいな娘に振り回されて、人の体だったなら疲労困憊になっていただろう。それでも、不思議と嫌な気分ではない。
家族を持つなんて、これまで考えもしなかった。
だが、隣に誰かがいるというのは――悪くない。
そんなことをぼんやりと思いながら出発の準備を進め、最後の片付けをする。
◆ ⁂ ◆
「そろそろ出発するよ~」
「うぁぅ~」
出会った当初は、犬と猫を混ぜたような鳴き声しか出せなかった。
それでも、毎日言葉をかけ続けるうちに、少しずつ喋れるようになってきている。
懐いてくれているのは嬉しい――だが、この子が過ごしてきた環境を思うと、ただ喜んでばかりもいられない。
幼子がたった一人で、『幽霊がいる』と言われるようなボロ屋敷に潜んでいたのだ。命を繋ぐのは、さぞ厳しかっただろう。
時折、何かを探るような目をする。その警戒心を溶かすことが、自分だけで出来るだろうか。
成り行きでなってしまった父親役ではあるが、手探りで続けるつもりだ。
それでも、子育てをしたことがない自分が、一人でこの娘を育てる自信はない。
(ギルドに報告が終わったら”あの人”に相談に乗ってもらおう)
人生の大先輩であり、常識人な”あの人”であれば、きっと導いてくれるはずだ。
その為にも、早く安全にこの旅を終わらせたい。
このペースで歩き続ければ、次の町には夕飯までに到着できるはずだ。
本当なら、あの娘のためにも馬車で行きたかった。
しかし、体が揺さぶられると酔ってしまい、しばらく動けなくなってしまう。
(今後も、仕事に同行させるかもしれないし、早めに慣れなくては――)
そう思いながら、ふと娘の方へ目を向ける。
お腹いっぱい、元気いっぱい、見ているこっちも幸せになるくらい満点の笑顔だ。昨日の疲れを微塵も感じさせず、森の中を右へ左へと寄り道しながら軽やかに駆け回っている。目を離せば、すぐにでも見失ってしまいそうだ。
「あんまり遠くへ行っちゃダメだよ~!」
そんな言葉をかけながら、自分の中に芽生えつつある父性を意識する。
置いて行かれそうになり焦りつつも、軋む木の体をゆっくりと動かし、一歩ずつ前へ進んでいく。
ギッシ、ギィ…、ギッシ、ギィ…
遠い丘の向こう――次の町、シハカミ。
その空には、人々の活気を映すように、もくりもくりと煙が立ち上っていた。
読んでいただき、ありがとうございました!
貴方に、満月の祝福がありますように…