捨て猫に傘を差し出している不良の先輩を見かけたから、キュンキュンしたので思わず告白しようと一歩を踏み出したんだけど・・・。
本格的に梅雨時期を迎えていた、ある日のこと。中学生のワタシは運命的な出逢いをした。まさか、こんなことになるなんて・・・。ベッドで穏やかに眠る彼の横顔に寄り添いながら、ワタシは今朝の出来事に想いを馳せる。
◇◇◇
今日、ワタシは大きく膨らんだ髪を直すことに時間を取られ、遅刻しそうになっていた。いつもは早めに起きて髪をセットしているのに、今朝は寝坊をしてしまった。ついつい二度寝をしてしまっていた。
だから傘を片手に必死で走っている。中学校までは徒歩で十分ほど。走れば五分といったところか。ブレザーのポケットからスマホを取り出し、画面を見る。時刻は八時十七分。あと三分で到着できなければ遅刻となる。残りの距離を考えるとギリギリだ。ギリギリ間に合わない。
よってワタシは走るのをやめた。全力疾走をした挙げ句に遅刻したのでは意味がない。いや、踏んだり蹴ったりだ。どうせ遅刻するのなら、のんびり歩いて行けばいい。
そんな風に気持ちを切り換えると、なんだか変な余裕が生まれてきた。遅刻するのは既に確定している。いや、遅刻をするつもりでいる。だったらコンビニにでも寄っていこうか。ソフトクリームでも買っていこうか。
雨はシトシトと降っていて、空気はジメジメ。少しばかり蒸し暑い。ソフトクリームでも舐めながら優雅に登校するのも悪くない。そんな考えに行き着いたワタシは通学路から外れ、コンビニを目指すことにした。
そうして呑気に歩いていると、見覚えのある制服が目に留まる。視線の先に、ワタシと同じ中学校の男子がいる。彼は傘を差しつつ道端で腰を下ろし、濡れた段ボール箱を見つめている。その光景に、ワタシの足は止まった。
あの男子は一体なにをしているのだろうか、急がないと遅刻してしまうというのに。いや、おそらくは彼も悟っているのかもしれない。いまさら足掻いても無駄だという事実に。
そこで気付いたのだが、その男子は校内でも有名な先輩だった。いわゆる不良。札付きのワル───とまでは言わないが、それなりに評判は良くない。しょっちゅう他校の生徒と喧嘩をしているだとか、夜な夜なバイクを乗り回しているだとか、自宅に何人もの女子を連れ込んでいるだとか、そんな噂を耳にする・・・。
いや、札付きのワルじゃん! 完全に悪者じゃん!
となると、関わらない方がいいだろう。ワタシは最寄りのコンビニへの道程を諦め、他のコンビニを新たな目的地に設定した。
しかし、なんだか気になる。先輩はなにをしているのだろうか。しゃがみ込んで段ボール箱を見つめているなんて・・・。もしかして、捨てられているエロ本でも漁っているのだろうか。
いや、それはないか。自宅に何人もの女子を連れ込んでいるのなら、エロ本などに興味はないだろう。既に実物を拝んでいるだろうから・・・。なんなら女性の裸なんて見飽きている可能性がある。となると、彼の目的はなんなのだろう。
妙に気になったワタシは傘を少し閉じ、電柱に隠れるようにして、先輩の様子を窺うことにした。肩や通学鞄は濡れてしまうが仕方ない。ワタシの存在を気付かれてはマズい。相手は不良だ。因縁をつけられるかもしれない。それは困る。
そうやってワタシが警戒しながら偵察していると、段ボール箱から何かが現れた。目を凝らすと、猫の頭のように見えた。しかし随分と小さい感じがする。仔猫だろうか。誰かに捨てられたのかもしれない。
その直後、先輩が差していた傘を置いた。仔猫を雨から守るように・・・。その姿に、ワタシの胸が強く締めつけられる。まさか札付きのワルが、捨てられている仔猫に同情するなんて。そんな少女漫画みたいなことが現実にあるなんて。
そうしてワタシがキュンキュンして悶えていると、先輩が立ち上がった。なんだか格好いい。いや実際に先輩は格好いいのだ。札付きのワルだが顔はいい。しかも雨に濡れて格好よさが増している。まさに、水も滴るいい男。自宅に何人もの女子を連れ込んでいるという噂も、あながち嘘ではなさそうだ。
すると先輩は哀愁に満ちた横顔を見せ、
「じゃあな。悪いけど、ウチじゃ面倒は見れねぇから」
と猫に言い残し、こっちに歩いてきた。その姿にワタシは激しく動揺する。
なんなの、なんなの! 超ヤバいんだけど! そんなん、惚れてまうやろ!!
こ、これはマズい・・・。どうしよう・・・。なんだか、このまま勢いで告白してしまいそうだ。ワタシも彼の家に連れ込まれてしまいそうだ。
そんな想いを抱く中、なにも知らない先輩がどんどんと近づいてくる。徐々に縮まる距離。ワタシの胸はドキドキとして張り裂けそうだ。そうして、この身を隠している電柱に先輩が随分と近づいたとき、覚悟を決めたワタシは一歩を踏み出す。そう、告白をするために。
しかし次の瞬間、全てを台無しにする出来事が起きた。なんと先輩の口から、
「ったく、あの馬鹿女。俺が猫なんて飼うわけねぇのに、置いてくなよな」
という言葉が発せられたのだ。そのためワタシは自分の体を制御できなくなっていた。
「オマエが捨てたんかい!!」
そう叫びながら、ワタシは閉じた傘をフルスイングしていた。
ふと我に返ると、先輩が鼻血を出しながら倒れていた。どうやらワタシの傘が顔面にクリーンヒットしたらしい。嗚呼、やってしまった・・・。
ワタシは辺りを見回して目撃者がいないことを確認すると、慌てて逃げ出した。そうして段ボール箱の中から仔猫を拾い上げ、自宅へと戻ったのだった。
今日は学校を休むことにしよう。ペットショップに行って、色々と買い揃えないといけないから。
◇◇◇
ワタシはそんな今朝の出来事を思い出しながら、スヤスヤと眠る仔猫の頭を撫でた。