第八話 次期公爵夫人のたしなみ
今回は、短めの日常の息抜き回です。
気楽にどうぞ。
ある日、オリヴィアは鏡の前で練習をしていた。貴族らしい優雅な笑顔を作ったり、気品ある仕草を試してみたり。
「何をしているんだい?」
「きゃっ!?」
いつの間にかローランドが真横に立っていた。
「もう! 勝手に入って来ないでったら!」
「はは、いいじゃないか夫婦なのだから。それより、何をしてたんだい?」
オリヴィアは顔を赤らめながら答えた。
「公爵夫人になったときの練習をしていたの。もうすぐあなたが正式に公爵になるでしょう? だから、私もそれ相応の振る舞いをしなきゃと思って」
ローランドは執着を誤魔化すかのようにふわりと笑い、オリヴィアの顔を覗き込んだ。
「君のその可愛い顔、社交界で見せるつもりかい? そういうのは私だけに見せてくれ」
「なに言ってるのよ、冗談言わないで! 私は真剣なんだから!」
オリヴィアが頬を膨らませ拳を軽く握り締めると、ローランドは両手を挙げ降参のポーズを取った。
「分かった、じゃあ教えてあげるよ。レグナス王国の上位貴族の振る舞いってやつをね」
「ほんとう?」
「ああ」
ローランドはオリヴィアの肩越しに鏡越しの自分たちを見やり、ニヤリと笑う。
「上位貴族の女性ほど、笑顔を見せないんだ。威厳を保つためにね。特に男性には、高飛車で、横柄であればあるほど良い。絶対に気を許してはいけない」
「え? 男性限定なの?」
「あ、いや、全員にだよ、全員に」
「そうなのね」
オリヴィアは真剣な顔で鏡の中の自分を睨みつける。
「そうそう、その調子だよ。あと家格が低い相手には、皮肉を効かせるのが常識だ。立場を思い知らせるためにね」
「ウィンターガルドは筆頭公爵家でしょう? 王家以外はみんな家格が低いじゃない」
「その通り。王家以外には、筆頭公爵家の威厳を示すために蔑む目で皮肉を言うのが貴婦人のたしなみだ。最近はそういう振る舞いができない淑女が増えてるからね。君がお手本になってやればいい」
彼はわざとらしく溜息をつき、オリヴィアの顔を見つめる。
「だから社交場では、私以外には笑いかけちゃダメだよ?」
「ええ、私にできるかしら……。うん、分かったわ」
オリヴィアは真剣な顔で頷いた。ローランドは満足げに微笑む。
(……これで、他の男に笑いかけたりしないだろう)
もちろん、ローランドが言ったことは 真っ赤な嘘だが、責任感が強いオリヴィアはそれを忠実に守った。ローランドの予想以上に、オリヴィアは高飛車にふるまった。
礼儀知らずの令嬢には教えるつもりで皮肉を。意地悪な貴婦人には蔑みと嫌味を交え、貴族らしく言い負かした。もちろん男性に対してはゴミを見る目を向け、そのたびにローランドは「さすがオリヴィアだ」と褒めたたえた。
そしてオリヴィアは、『ウィンターガルド家の高慢な次期公爵夫人』として社交界での名声を確立していくのだった。