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第十六話 続く物語(ローランド視点)

 オリヴィアの出産は、想像以上に過酷なものだった。


 母体と胎児の魔力に大きな差があると、母体が耐えきれなくなる危険がある。

 レグナス王国は、他国に比べて魔力保持者が多い。

 私もその一人だが、魔力量はそれほど多くない。だが、ウィンターガルド家は王家の分家のため、稀に強大な魔力を持つ子が生まれる。

 そんな血筋の子を、魔力を持たない異国出身のオリヴィアが産む――。彼女の身体に過度な負担がかかるのではないかという懸念があった。

 出産に備え、あらかじめ高位魔法士を二名、産室に常駐させていた。どちらもウィンターガルド軍の軍人である。

 止血や血流のコントロールに長けた水属性の女性魔法士と、結界や封印を得意とする男性闇魔法士。闇魔法士は希少で、その中でも彼はSランクの国内有数の使い手だ。軍の特務部に所属し、闇魔法を活かした重要任務に従事している。

 万全の状態で出産に挑んだはずなのに、事態は深刻なものだった。


 私は廊下で立ち尽くし、壁に背を預けて目を閉じていた。使用人が廊下に椅子を準備してくれていたが座る気になれなかった。


 (どうして……どうしてこんなに時間がかかっているんだ……)


 陣痛が始まってからすでに、二十四時間も経っているがまだ産まれない。出産が進むにつれ、オリヴィアは悲鳴を上げていた。


「が……ああああああああ!!!」


 (オリヴィア……!どうして……!)


 扉の向こうからは、オリヴィアの苦痛に満ちた叫び声が聞こえてくる。私は拳を白くなるほど握り締めていた。


 (まさか、胎児の魔力の影響なのか……?)



「胎児の魔力が……強すぎます。このままでは母体が耐えきれない……!」

「結界を強化しろ! これ以上、魔力を外に出すな!」


 魔法士たちの焦りが、産室の外にまで伝わってきた。廊下に立ち尽くす私の胸は、焦燥で潰れそうだった。そして、オリヴィアの苦痛に満ちた叫び声が響き渡った直後、赤子の泣き声が産室に響いた。


「おめでとうございます。元気な男の子です!」


 廊下が使用人の歓声で沸き立つ。だが、私はまだ喜べなかった。オリヴィアが無事だという確信が持てないからだ。

 次の瞬間――。


「魔力の暴走だ……! 早く止めろ!」


 産室の中から医師の叫び声が聞こえる。生まれてすぐ魔力暴走を起こすなど、聞いたことがない。その場に高位の魔法士がいなければ、周囲の者たちも危険だったかもしれない。


「オリヴィアは!? オリヴィアは無事なのか!?」


 私はいてもたってもいられず、産室が静かになってから扉を開けた。近くにいた助産師の肩を掴んで詰め寄った。助産師は私を見て驚いていた。もう子どもは産まれているのだから、私が産室に入ってもいいはずだ。血の匂いが鼻を突いた。床に滴り落ちる赤黒い液体。足元の血だまりに目を奪われ、思わず息を呑んだ。


 (こんなにも……?オリヴィアの体から、これだけの血が……)


「オリヴィア様の出血が止まりません!」


 自分の手が恐怖で小刻みに震え始める。オリヴィアを見ると、目を閉じ意識がないようだ。彼女の周りは血まみれだった。


 錯乱した私は医師や魔法士たちに怒鳴り散らしていた。


「ふざけるな! 全力を尽くせ!! 彼女を救えなければ、お前たちの首はないと思え!!」


 魔力士たちが次々と魔法を発動するが、出血は止まらない。

 医師が布を押し当てるが、すぐに赤く染まっていく。


「出血が止まらない……最悪の場合……」

「うるさい!! 生かすことだけを考えろ!!!」


 怒鳴り声が鋭く響き渡る。その叫びは、廊下の端まで響き渡るほどの怒号だった。


「彼女を生かすんだ!!!」


 (死なせるものか!オリヴィア……頼む……頼むから、生きてくれ……)


***


 医師たちが治療に全力を尽くし、ようやくオリヴィアの命が繋ぎ止められたのは、日が暮れる頃だった。

 オリヴィアは一日中、目を覚まさなかった。私は彼女の手を握りしめて、その傍らに座り続けた。


 その間、隣室から漏れ聞こえてくる医師や魔法士の会話が耳に刺さる。


「出産でこれだ。成長すればさらに魔力量が増すだろう」

「幼少期は感情の制御が難しいので、いつ魔力暴走を起こしてもおかしくないですね」

「高位の闇魔法士を常に配置し、王宮での魔力制御訓練が必須だな」


 (息子の魔力が強すぎるせいで……オリヴィアがこんな目に遭ったのか)


 このまま出産を続ければ、彼女の命が危ない。もう二度と彼女には出産をさせない。次期公爵の嫡子はすでにいる。もう十分だ。次の世代にたくさん子どもを産んでもらえばいい。オリヴィアには、これ以上の危険を負わせるつもりはない。

 翌日、オリヴィアがようやく目を覚ました時、安堵で涙が止まらなかった。彼女は弱々しく微笑みながら、息子を撫でた。


「あなたと似た響きの、レイモンドなんてどうかしら?」


 名づけの理由が愛おしすぎる。レイモンドという響きが胸に染み渡る。彼女は息子を愛おしそうに見つめながら、静かに呟いた。


「どうか、幸せになって……レイモンド」


 彼女の祈りが、静かな部屋に染み渡っていった。



***



 それから十数年後――。


「――なんだって? レイモンド、もう一度言ってくれ」


 私は公爵家当主の執務室で、頭を抱えた。


 まさか息子のレイモンドが、好きな女性に告白もできないヘタレで、

 そのくせ、契約婚約という訳の分からない形だけの婚約を交わし、

 さらに魔法契約まで結んで罰則をつけ、彼女を逃げられないようにしているなんて――。


「……彼女を誰にも奪われたくなくて……」


 レイモンドは視線を逸らし、頬を赤くして呟く。


 (なぜそんな回りくどいことをする必要があるんだ?)


 普通に婚約すればいいじゃないか。なぜしないんだ?

 自分が親になったことで、父上もこんな気持ちで私を歯がゆく苦く眺めていたのかと思い至り、いたたまれない気持ちになった。


 レイモンドは少し前に婚約した。運命の番を見つけたのだ。


 以前、王家の夜会でレイモンドにエスコートされていた、あの赤い髪の子爵令嬢。

 その後にレイモンドは確かに「婚約を受け入れてもらった」と言っていた。

 だから、私はすっかり二人が順調に愛を育んでいるものだとばかり――。


「……もしかして、告白もしてないのか?」

「そ、それは……」


 レイモンドは押し黙り、耳まで赤く染める。


 (そんな馬鹿な……!)


 私はこめかみを押さえた。


「お前、それで彼女を騙して契約婚約してしまったのか?」


 レイモンドは、ぎこちなくうなずく。


「騙すつもりはなかったのですが、結果的には……」

「魔法契約まで交わして……?」


 (まさか、オリヴィアとの息子が、こんな……!)


 冷や汗が背筋を伝う。

 最悪だ。

 これでは――。


 (――私以上にタチが悪いじゃないか……!!)



これにて、物語は完結です。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


オリヴィアとローランドの物語、いかがでしたでしょうか?


実は、本編では描ききれなかったエピソードがまだいくつかあります。

使節団責任者へのざまあや、ローランドが「縛ること=愛情表現」だと信じていた過去などを、番外編として、今後描いていきます。

もしよろしければ、ブックマークをそのままにしていただけると嬉しいです。


また、評価や感想もとても励みになります。よければ、ぜひお聞かせください。


さらに現在、息子のレイモンド世代の物語も執筆中です。

こちらは長編になりそうで、公開まで少しお時間をいただく予定ですが、完結まで書き上げてから投稿するつもりです。

ローランドの執着を楽しんでいただけた方には、きっとレイモンドの物語もお楽しみいただけるかと思います。


そして、いつも読みに来てくださっている皆さまへ。

少しずつ反応をいただけるようになり、とても嬉しく思っています。

評価や感想、リアクションマーク、どれも、毎回大きな力をもらっています。


また、リアクションなどがなくても、毎話そっと訪れてくださる方がいることも、アクセス履歴などから感じています。

数ある作品の中から、こうして私の小説を選んでくださったこと――心から感謝しています。


改めまして、最後まで本当にありがとうございました。


ちなみに、オリヴィア編の番外編・第一回は明後日の火曜日に公開予定です。

タイトルは、『四年越しのざまあと、許せない気持ち』。

使節官の責任者と、ローランドに、オリヴィアが四年越しに反撃します。

お楽しみに。

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