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第十五話 恋人の正体(ローランド視点)

短めのお話です。

本日21時に投稿予定です。

次回、最終話です。

「おえええぇぇぇ!!!」


 結婚から半年が経った頃、オリヴィアの妊娠が分かった。

 つわりはひどく、立っていられないほどだった。彼女の苦しむ声を聞きながら、私の手は無力に震えた。

 そばにいることすら許されず、遠巻きに見守るしかできなかった。


 寝室も分けられ、夜に隣室から聞こえるうめき声が、胸をひりつかせた。彼女の顔色は日に日に悪くなり、痩せていく体が心配で仕方なかった。

 彼女が寝付いた夜中にこっそりそばに行き、頬や額にそっとキスするのが唯一の癒しだった。オリヴィアは夜は熟睡するタイプだから、ここぞとばかりに抱きしめた。


 長いつわりを終えて、ようやく彼女が微笑みを向けてくれた時、全身が沸き立つようだった。

 紅茶はもちろん、妊娠中でも飲める様々なハーブティーの淹れ方を覚え、彼女の好みに合わせて何度も淹れ直した。彼女は東方から取り寄せたジンジャーティーを特に気に入っていた。

 侍女も執事もいない二人だけの時間。彼女が私の淹れた茶を飲み、「美味しい」と微笑んでくれるたび、胸の奥が温かくなった。


 だが、竜人の神話を語った時から、彼女はたまに怯えたような顔を見せるようになった。

 まるで、厄介な男に捕まったと悔やむような顔で。そんな顔をされても、もう離せない。

 恋人の元には、絶対に帰さない。

 ある時、そんな想いが不意に口から溢れた。


「例え、君が僕を嫌っても――君を恋人の元には帰さない」

「……恋人?」


 オリヴィアは眉をひそめ、戸惑いの表情を浮かべる。


「……エルセリア王国に裏切れない相手がいると言っていただろう。あれは恋人のことでは――」

「ああ、それは外交官補佐の仕事のことよ?」

「……え?」


 喉が詰まる。頭の中で恋人の影が弾けるように消えた。

 憎しみのあまり、最近では架空の恋人を犯罪者に仕立て上げ、国外追放にまで追いやっていたほどだった。


「やだ、ずっと誤解してたの? もっと早く聞いてくれたらよかったのに」

「本当に? 恋人は、いなかった……?」

「ええ、人ではね。あの時の私の恋人は仕事だったのよ」


 オリヴィアが得意げに胸を張る。

 安堵が、胸の奥でじわりと広がる。驚きと喜びが混ざり合い、視界が揺れた。


「……なんだ、ああ、そういうことか。通りで、いくら探させても見つからないわけだ」

「え?」

「いや、なんでもない」


 ……元恋人の影に怯えるあまり、いまも隠密隊をエルセリア王国に張りつけていたなんて。

 存在すらしない恋人を。

 すぐに連絡して、引き上げさせねば。 


 ずっと恋人の存在におびえて、彼女をどこにも行かせないことに必死になっていた。

 だが、恋人は存在しなかった……?

 信じられない気持ちと、込み上げる喜び。そんな私を見て彼女は笑った。


「ふふ、困った人ね。いもしない恋人に嫉妬したの?」

「ああ、ずっと、嫉妬してた」

「もしかして、縛りつけるってあれも、それが理由?」

「ああ」


 縛ることは、私にとっての最上級の愛情表現だった。

 幼い頃、母からそう教えられた。

 ――愛しているなら、逃がしてはいけないと。


 けれど、それだけじゃない。

 君が誰かに奪われるかもしれないと思うと、どうしようもなく怖かった。

 姿も知らない恋人の影におびえて、嫉妬して、恐れて……だから、余計に縛りたくなったんだ。

  

 彼女はホッとしたように息をつき、表情が柔らかくなる。私は彼女の手を引き、そっと抱きしめた。

 彼女の腕が私の背中に回される。


 ――良かった。


 縛るのは、物理的にだけじゃないんだ。

 これからは、彼女を……愛情で、縛ればいい。


 彼女の温もりを感じながら、ずっとこの幸せが続くように祈った。


オリヴィア(――あれ? なんか今、寒気がしたんだけど……気のせいよね?)


今夜、最終話です。

最後まで見届けていただけたら嬉しいです!

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