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第十四話 変えてくれた夢、変わらない想い(ローランド視点)

本日二度目の投稿です。前話をまだご覧になっていない方は、ぜひそちらもお読みください。

 その後、すぐに彼女との婚約は正式に取り交わされた。


 式の日取りも決まり、彼女にふさわしい豪華な婚礼衣装が作られた。王家にも見劣りしない立派なドレスだ。王都の大聖堂での挙式が決まり、少しずつ準備が整っていく。


 (これで彼女は、もう逃げられない)


 私はそう思って、胸を撫で下ろした。


 だが、挙式が近づくにつれて、オリヴィアの表情は次第に曇っていった。彼女の瞳がどこか遠くを見つめるようになったことに気づきながら、私はその視線に触れないよう、見て見ぬふりをした。余計な詮索をして、結婚したくないと言われてはいけない。


 特にエルセリア王国から結婚式への出欠の返事を受け取った頃から、彼女は一層思い悩むような様子を見せた。

 念のため、彼女に届いたすべての手紙に目を通したが、恋人の影はどこにもなかった。隠密隊にも解析させたが、暗号らしきものも見つからなかった。単純に彼女の気が変わったのかもしれない。とにかく静かに、破滅の封印を解かないように慎重に彼女に接した。


 そんなある日、彼女が屋上で憂いていると報告が入り、私は急ぎ様子を見に行った。屋上には、風に吹かれて佇む彼女の姿があった。夕日に照らされたローズゴールドの髪が光を帯び、その横顔はどこか遠い場所を見つめている。私は息を呑んだ。


 (美しい……)


 そっと近づいて、できるだけ優しく声をかける。


「どうしたんだい? オリヴィア」


 できるだけ、何でもないように。刺激しないように、そっと。

 どうか、結婚したくないなんて言わないでくれ。どうか。


 (お願いだ、私を拒絶しないでくれ)


 最近の私は、彼女の口から「恋人の元に帰りたい」と言われるのではないかと怯えながら、彼女のそばにいた。オリヴィアは振り返り、私の顔を見つめた。その瞳には、寂しげな光が滲んでいる。


「ねえ、ローランド」

「ああ」


 名前を呼ばれただけで、頬がほころぶ。だが、彼女の唇がかすかに震えていることに気づいて、胸がざわついた。


「私、なぜ外交官になれなかったの?」


 その言葉が耳に入った瞬間、一瞬、意味が飲み込めなかった。


 (外交官?)


 そういえば、以前、サリスタン伯爵から彼女の夢だと聞かされた。

 彼女の声は震えていた。胸の奥が締めつけられるように痛む。


(たしか……エルセリアからの手紙に、初の女性外交官が誕生したと書いていたな……)


 そうか、あれが引き金だったのか。

 私は気にも留めなかった。後輩に譲っただけの話だと、そう思って。


 オリヴィアの瞳が、まっすぐに私を射抜いてくる。泣きたいのを必死に堪えるような目で。


「あなたに選ばれたことは分かってる。でも、私にも夢があったのよ。あなた、それを考えたこと、ある?」


 刺すような言葉だった。

 私は彼女の過去を、彼女の願いを、何も見ていなかった。


 彼女の祖母は、かつて外交官の夫を支えながら、自身もその職に憧れ続けていたらしい。叶わなかった夢を、オリヴィアが継いだのだ。異国の言葉、歴史、文化、すべてを必死に学び、積み重ねてきた。その未来を――私は、奪った。


 伸ばしかけた手が止まる。彼女の瞳がふるえ、絞り出すように言葉をつむぐ。


「……私じゃなくても良かったんじゃないの? たまたまタイミングが合っただけなら……私を解放してほしい」


 その瞬間、彼女の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


 心臓が潰れるかと思った。

 どうして彼女を、こんな顔にさせてしまったんだ。


 (違う、君じゃないとダメなんだ――)


 ようやく、彼女がどれほど傷ついていたのか理解した。

 自分の都合だけを押し付けて、彼女の夢なんて何も考えてこなかったのは私だ。


 正直なところ、私はどこかで思っていた。外交官など、努力次第でなれる職だと。だが筆頭公爵家の夫人は、そうではない。選ばれた者にしかなれない――と。


 それは、驕りだった。


 彼女の未来を閉ざしておいて、そのことにすら気づかなかった。

 その驕りと鈍感さのせいで、彼女は今泣いている。

 自分に対する怒りと、彼女への申し訳なさが、頭の中で渦巻く。


「……オリヴィア」


 声を絞り出し、彼女の瞳をまっすぐ見つめる。


「君のことを、もっと分かっているつもりだった。だけど……私は、ただ自分のことばかり押し付けていたのかもしれない」


 震えるような罪悪感が、喉を詰まらせる。

 彼女の夢を、彼女の生き方を、何ひとつ尊重していなかった。


「君の話を、もっと聞くべきだった。……すまない、オリヴィア」


 彼女は驚いたように私を見上げた。その瞳には、戸惑いと切なさが混じっている。


「……でも、君を手放すことはできない。君じゃないとダメなんだ」


 言葉が震える。心臓の鼓動が速くなる。


「ウィンターガルド公爵家の、次期夫人になれるのは君だけなんだ」


 君以外とは、結婚できない。君しかいない。君がいないと生きていけない。


「君を愛してるんだ。君が隣にいてくれないと、私は何をしでかすか分からない。君次第で、名君にも暴君にもなれる。ウィンターガルドの二十万人の民のためにも、君が必要なんだ。……オリヴィア」


 (お願いだから受け入れてくれ――)


 祈るような気持ちで、彼女に請う。オリヴィアは唇を噛みしめ、涙をこらえている。


「ずるいよ、ローランド……」


 その言葉に胸が痛む。


(分かってる、卑怯だ。だけど――)


「君が手に入るなら、どんな卑怯なことだってするさ。君を手に入れるためなら、何だってする」


 脅しのような言葉だと分かっている。でも、それでも、君を手放せない。


「前にも言ったが、公爵夫人の役割には、外交官のような仕事も含まれている。ウィンターガルド領の民のために、人と人を繋ぎ、支えてほしい」


 懇願だった。

 彼女は目を閉じ、深く息を吐いた。そして、何か吹っ切れたように微笑んだ。


「そうね。外交官になる夢は……公爵夫人になる夢に、変えてあげてもいいわ」


 心臓が、跳ねた。


「だって、あなたが、そんなに必死に選んでくれたんだもの」

「オリヴィア……!」


 彼女の強い意志を聞いて、胸が締めつけられる。だが、次の言葉で一気に息を呑んだ。


「でも、まずは毎日、私に愛をささやくことを忘れないでね? だって、あなたが選んだんだから、責任取ってもらうわよ!」


 心臓が壊れそうなくらいに鼓動を打つ。愛おしすぎて、息が詰まりそうだ。彼女は俺を殺す気なのか。


「もちろんだ。オリヴィア、君のために、毎日言うよ。愛してる。君だけを」


 (むしろ言いたい。何度でも)


「それと、私の自由は絶対に奪わないこと。分かった?」


 私は思わず吹き出した。


「はは、オリヴィア……」


 彼女の体をギュッと抱きしめる。温もりが伝わるたび、愛しさが広がっていく。

 私は愛を囁くつもりで言った。


「……でも、足を縛るのもダメかい?」

「ダメに決まってるでしょおおおお!!!」


 控えていた侍女たちが顔を見合わせる気配を背に受けながら、私は彼女の愛らしい怒りを、ただただ愛おしく思った。


***


 王都の大聖堂で行われた結婚式は、盛大だった。白いドレスに身を包んだオリヴィアは、まるで天上の女神のように美しかった。エルセリア王国の貴族も大勢招待した。


 この中に、オリヴィアの元恋人がいるかもしれない。


 幸せそうな彼女を見せつけ、きっぱり諦めてもらうため、普段以上にオリヴィアに甘く接した。

 さらに貴族たちの間で噂が囁かれるよう仕向けた。次期公爵夫妻は相思相愛だ――と。


 そうして、私たちは、幸せな結婚生活を送った。

 ――そのはずだった。



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