第十一話 恋の商談(ローランド視点)
翌朝。
一睡もできず、早朝からオリヴィアが滞在する迎賓館の朝食ホールで彼女を待ち伏せた。彼女は戸惑っていたが、そんな顔もかわいい。
昨夜の拒絶は、何かの間違いだ。根回しが足りなかったせいだ。ウィンターガルドの経済力を、彼女はまだ知らない。そのせいに違いない。
彼女の恋人はきっと、貧乏で、ろくな仕事もなく、見目の悪い男に違いない。そんな男よりも私なら、彼女を幸せにできる。いや、俺以外に彼女を幸せにできる男なんているわけがない。私は財力も権力も、容姿もある。
まずはそれを分からせなければならない。そのための時間が必要だ。私がどれほど彼女を幸せにできるか、理解させてやる。
だが残酷にもオリヴィアは、昼食の誘いを断った。これでは説明のしようがない。
それでも、私は諦めなかった。何度断られても、焦る気持ちを必死に抑え、冷静さを装って誘い続けた。余裕のない男は嫌われる。世間では、そう言われている。
努力の甲斐あって、ついに、彼女と昼食を共にする機会を得た。
私は念入りに資料を作成し、ウィンターガルド家の財力と安定を、この国における権力の強さを、情熱を込めて説いた。会心の出来だ。これが商談であったならば、必ずや成功しただろう。
静かに聞いていた彼女は、冷めた目で微笑を浮かべて言った。
「序列、権力に興味はございません」
私は驚きを隠せなかった。
女性というものは、地位と権力が好きなものではないのか?
これまで周囲にいたのは、そんなものに群がる女性たちばかりだった。彼女を自分のものにしようと決めた時、迷わずそれを武器にしたのに、通じない?
彼女は、他の女性とは違うのか?素晴らしいと感じる一方で、胸の奥に焦りが募る。どうすれば、彼女を振り向かせられる?
***
私は母上に相談を持ちかけた。
「女性の口説き方? お相手は財力や権力に興味がないの?」
母上はしばらく考え込み、やがてひらめいたように顔を上げた。
「分かったわ。その方は、のんびりと過ごしたいのよ! きっと社交がお嫌いなのね。私のように。何もせず、気ままに過ごせることをお約束するべきね」
「君も最初は公爵家に嫁入りすることを嫌がっていたものな……」
母上の隣で、父上が渋面を浮かべながらぼそりと呟いた。
「ええ! 私は、社交もせず、自分の時間をたっぷり持てる隠居貴族の後妻あたりを狙っていたのよ! 筆頭公爵家なんて、とんでもなかったわ」
「君と学園で出会えなかったらと思うと――」
父上は苦虫を噛み潰したような顔をして首を振る。母上は悪びれる様子もなく、満面の笑みでローランドに言った。
「だからローランド、何もしなくても良い時間をお約束するのです! これできっと上手くいくわ!」
二代続けて公爵夫人が社交をしないのは、さすがにいかがなものかとは思ったが、口にはしなかった。
オリヴィアが望むのなら叶えるまでだ。
母上の言葉を信じ、資料を作り直した。
公爵夫人に与えられる予算は潤沢で、好きに過ごせる。最低限の社交だけであとは自由――。
だが、彼女はまたしてもこう言った。「贅沢や怠惰に興味はございません」と。思わず頭を抱えた。
(なぜだ?どうして響かない?)
焦りが胸の奥でざわめく。これまでの人生で、財力も権力も無視されたことなどなかった。だが、彼女にはそれが通じない。私は必死に、できる限りの手を尽くした。
まずは見た目で勝負だ。
舞台俳優のような華美な衣装に身を包み、髪も念入りに整えて登場する。
貴族の令嬢たちが「素敵!」と騒ぐ姿を、これでもかと前面に押し出してみた。
オリヴィアは真っ赤な顔をしていた。こちらを意識しているのだと思った。
……だが、引いたような視線とともに、きっぱりと断られた。
次は強さをアピールすべきだ。
剣技の稽古を披露し、執事に「さすがでございます!」とわざとらしく言わせた。
思いのほか汗だくになってしまったが、そこも情熱の証だと思うことにした。
だが彼女は、つまらなさそうに涙目で断った。決して、あくびなんかしていないはずだ。
さらに、贈り物作戦。
レグナス王国で人気のドレスや宝石、香水や菓子に至るまで、彼女のもとに届けた。
実際に手に取ってもらえたときは、内心でガッツポーズを決めた。
だが――あっさり断られた。
彼女の目は、ずっと冷めたままだった。
まさか、ここまで手ごたえがないとは思わなかった。
彼女の帰国の日が迫っている。もちろん、帰らせるつもりはない。
(彼女を――恋人に会わせるわけにはいかない)
焦燥と嫉妬が胸を焼くように広がり、歯を食いしばった。
このお話に出てきた母上ことナタリーの短期連載を始めました。
『世界一素敵なゴリラと結婚します』
良かったらこちらも、本編の後にでもご覧ください。