1.夏休みの始まり
女子高生がダラダラ過ごす話です。
【登場人物】
留夏 主人公
亜里沙 ぽわんとしている。陽キャだが優しい。
由衣 見た目ギャルのしっかり者
「夏だよ、夏休みだよー!」
亜里沙が大きく伸びをした。終業式を終えた学校は浮かれている。
「ていうか先生の話聞くだけなら、ガッコくる必要なくね?」
由衣が手持ち扇風機の風に吹かれたまま、かったるそうに足を組む。コロナ対策とやらで校長の話は、各教室で席に座ったまま拝聴するだけだ。寝ないように苦労する。
校長室にそれ用の本格的なライトやカメラが、設置してあるの笑える。機材を使わない放課後とかは、YouTuberに貸し出しちゃえばいいのに。
「ホントそう。このクソ暑いのに、うちら偉すぎだよ。留夏は夏生まれだから、暑さに慣れてんじゃないの?」
亜里沙に聞かれた私はヘアゴムで髪を束ね、蒸れた首筋に手でぬるい風を送る。エアコンは効いているはずなのに、たいして涼しくはない。
「んー寒いよりは暑いほうが好きかな」
「マジか」
げんなりする由衣と違い、亜里沙の頭はもう夏休みのことでいっぱいだった。
「それよりさ、今年も行くっしょ夏祭り。待ち合わせどうする?」
由衣がポリポリと気まずそうに自分のほっぺをかく。
「あ~ゴメ。俊二と約束あんだわ」
「ちょっと待って。俊二ってあの南俊二?夏祭り、花火大会……ときたら、それ本命コースだよ!」
私が言えば、由衣も首をかしげてキラリと目を光らせる。
「しかも『俊二』って、いつのまにか呼び捨て。聞き捨てなりませんなぁ」
どうやら私たちはふたりとも、由衣から何も聞かされていないようだ。
俊二というのは隣のクラスで、体育委員をやっている南俊二のことだろう。
めんどくさがりの由衣が柄にもなく、体育委員なんて熱心にやってると思ってたら……。
「松島さん、きみは行事にかこつけて、何をやっているのかね?」
「ちょ、留夏。ベン先のマネ似すぎ!」
担任の弁慶武蔵坊先生、略してベン先の真似をすれば、ぷはっと亜里沙が吹きだし、由衣が苦笑いする。
「言おうと思ったんだけど、あたしにも急展開でさぁ……先週の土曜、弟連れて市民プール行ったんだよ。バイト代わりの子守り」
いつも学校では気怠げで、かったるそうにしている由衣はこう見えて、仕事で遅い両親の代わりに夕飯の買い物や料理をして、小学生の弟の面倒も見ているいいお姉ちゃんだったりする。
「やるぅ、子連れをナンパするとは」
「ナンパじゃねーし。あたし体育祭の打ち上げ欠席したからさぁ。気にしてたみたい」
由衣はプールサイドで突然呼びかけられたという。
『松島⁉』
振り返れば隣のクラスの南俊二で、体育祭の準備ではだいぶ世話になったやつで。
『南⁉』
弟の陸といっしょにいたせいか、打ち上げを欠席した理由もすぐに察してくれたらしい。
『松島って偉いな』
『これぐらいたいしたことないよ。親が働いてるのだって、あたしの学費貯めるためだもん』
『そんなことない。俺はお前をすごいと思う』
「やっぱナンパじゃん」
「あたしもチラッとそう思ったけど、そう言うとイヤがるんだよねぇ。『俺はそんな浮ついた気持ちで声かけたんじない』って」
「ヒューヒュー」
「じゃあ今年の夏は由衣のこと、あんま誘えないねぇ」
「え、いつもどおりでいいよ。なんかヤだ」
顔を赤くした由衣はキッパリ言ってから、もじもじとつけ加えた。
「でもまぁ……ちょっと優先することはあるかも」
「や、ウチらのことは忘れていいから」
「そーそー。ひと夏の思い出を作りたまえよ」
「留夏も亜里沙もヒドイ」
私たちの視線が生温かいものだったせいか、由衣は傷ついた顔をした。
「そんなら浴衣じゃん?」
「俊二くんも惚れ直すかもよ」
「惚れ直させるほど、惚れさせてもいねーし!」
赤くなる由衣は可愛い。これで夏休み明けに、由衣をいじるネタができた。
そうして私たちは夏祭りの前に、浴衣を見にいく約束をして、夏休みに突入したのだった。
そしてひたすらダラダラと過ごす夏休みが始まった。夜更かしもするし、朝寝坊もしてついでに昼寝もする。外に出るのは涼しくなってから。
扇風機の前が私の定位置。エアコンもつけず、ダラダラと風に吹かれている私に、母はあきれている。
「そんなんじゃ夏休みなんて、あっというまに終わっちゃうわよ」
「ちゃんと野望ぐらいあるってば」
「野望って何よ」
「野望は野望だよ」
「どうせくだらないことでしょ」
どうせやるなら、くだらないことをしたい。夏はやる気なんて出しちゃダメだ。どうせ汗で流れてすべて、消えていくんだから。
生きているだけで、私たちは偉いと思う。
「なんかさ、夏はアイスでお腹を壊さなかったら、それだけで偉大な人物だよね」
「何言ってんの」
これ以上ダラダラしていても、家の手伝いをさせられる。
母の機嫌が急降下しないうちに、私は心に抱いた野望を果たすべく、でかけることにした。
留夏の野望とは……って、たいしたものじゃないです。