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ショートショート7月〜4回目

飽食時代

作者: たかさば

 ……謎現象が起き始めたのは、五年程前の事だ。


 いきなり、何の前兆もなく、人が消えるようになった。

 有名人も、一般人も、まんべんなく消えた。


 ごく普通に生活をしている中で、人だけが減っていった。

 少しづつ、しかし確実に、人は消えていった。


 明らかに異常事態が起きているのに、人々はパニックにならなかった。


 なぜならば、ごく普通に日常を過ごしていくうえで、自分の知らない誰かだけが消える現象は…別段問題がなかったのだ。


 なんとなく人の数が減った、どこそこ店が()いている、並ばなくてもモノが買えるようになった…、謎現象をありがたがる人は少なくなかった。


 学校に向かう見知らぬ子供の数が減り。

 駅に向かう見知らぬ大人の数が減り。

 買物をする見知らぬ主婦の数が減り。


 人は、どんどん、どんどん…数を減らしていった。


 コンビニは無人になり。

 公共の乗物が無人運転になり。

 スーパーから店員がいなくなり。

 病院はAI診察と自動処方になり。

 理髪店は軒並み閉店し。

 電話はすべて自動音声応答になり。

 テレビから人の姿が消え。

 道路からバス以外の車が消え。


 明らかに異常事態なのに、危機感がなかった。

 なぜならば……、誰もいないのにスーパーは開いていて、電気は今まで通りに使えて、水道だって出て、ネットもつながって…不便なことは何一つなかったのである。


 おそらく、人は、親しい知人というつながりで、まるっと消えているのだろう。

 親しい知人がいないこともあって、人の消失で不安を覚えることは、なかった。


 おそらく、人の知らない何らかのシステムが働いて、日常が持続しているのだろう。

 不可思議な現象にツッコミを入れるような気概はないので、受け入れる事しかできなかった。


 誰もいない会社に向かい、いつも通りに画像処理の仕事をし、無人コンビニで飯を買い、誰もいない食堂で食べて、ダストボックスにゴミを入れて、仕事の続きをして、定時に帰宅した。

 毎日いつものように働いて、土日は休んで。

 たまに散歩に出かけて、カラオケに行って、ゲームセンターに行って、金を下ろして、外食をして、風呂屋に行って、居酒屋に行って。


 のほほんと過ごしていたら……、いつの間にか、他人の姿を見かけることがなくなっていた。


 誰も写っていない生番組を見て、誰もいないスーパーで買い物をして、どこの誰が書き込んだかわからないSNSを見て少しほっとして、AIとコミュニケーションをとりながら、いつもと変わらない暮らしを続けた。


 たった一人で変わらぬ日々を送っていたある日、ふと気が付いた。


 スーパーに人の姿は、ない。

 会社に人の姿は、ない。

 あたりに人の姿は、ない。


 ……働かなくても、いいのでは?

 ……金を払わなくても、いいのでは?


 働かなくても、問題はなかった。

 金を払わなくても、問題はなかった。


 だが……。


 何もしないで、ぼんやりと寝ていると。

 延々と、ショート動画を見続けていると。

 黙々と、食いたいものを口に入れ続けていると。


 たまらなく……居た堪れない気持ちになった。


 こんなにも、ごく普通に暮らせるというのに、明らかに…異質。

 こんなにも、何一つ心配しないで生きていけるというのに、明らかに…不安。


 ひどく体調を崩すこともなく。

 何か困ったことが起きるわけでもなく。


 そういえば……、もうずいぶん長い間、髪を切っていない。

 それなのに……、自分の髪は、スッキリとしたスポーツ刈りのままだ。


 もしかしたら、時間が流れていないのかもしれない。


 だが…、腹は減るし、飯も食うし、排せつもする。

 ひげも剃るし、汗もかく。

 働けばそれなりに疲れるし、寝れば疲れも取れる。


 わからないことだらけだが、真実を知ろうとは思えない。

 今さら足掻いたところで、どうにかなるとも思えない。

 知ったところで、だからどうしたとしか思えない。


 いずれ自分も消えるはずだ…、そう思いながら、異常事態が起きている世界を生きている。

 いつか消えるのだから…、そう思いながら、何一つ不自由のない生活を続けている。


 自分一人しかいないこの世界には……、呆れかえるほど、食べるものがあふれている。


 弁当、総菜、パン、缶詰、果物、刺身、お菓子、スイーツ、高級食材、酒……。

 どれだけ食べても、次の日には補充がされているし、たまに値引きされている事だってある。

 金は払ってもいいし、払わなくても誰も捕まえには来ない。


 いつになったら消えるのかはわからないが……、今日も自分は、消えていない。

 

 いつも通りに腹が減り、いつも通りにスーパーへ出向き、いつも通りに食いたいものを選んで、いつも通りに飯を食う。


 スーパーのお総菜コーナーにずらりと並ぶ弁当は、どれもこれも、とびきり…ウマい。


 美味くて、ウマくて……涙が、出てくる。


 涙が、出て……くる………。


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