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少女の紡ぐ夢  作者: 鳩羽シュウ
第1章 1節 プロローグ
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第1話 プロローグ 1

これは童話のような物語。

しかし、お姫様が王子様と結婚し、ハッピーエンドになるような物語ではない。

ただただ、少女が夢を見るだけの物語。

そう今までも、これからも。

 ―――こんな生活いつまで続くのかな。


 屋根として十全に役割を果していない、穴の開いた天井から覗く月を見ながら少女―――カーナはそう呟いた。


 カーナとて好きでこの生活をしている訳ではないが、現状から好転させる方法が思いつかないのである。否、思い付きはするが、万が一、運が良ければ可能性はあると云う妄想じみた方法しかない。

 例えば、何かの間違いで王族や貴族に拾われて本妻は到底無理だろうが、せめてもめかけになれればと。しかし、そんな夢の中の話であって現実では拾われたとて、そんな厚遇はなんて夢のまた夢。良くても使用人共の小間使いや慰み者になるだけで、現在の方がまだ良い生活ができそうだ。少なくとも今よりも真面まともな環境で過ごすことができるだろうが、現在の誰にも縛られることなく生活することのできるカーナはぐに逃げ出してしまうのが関の山だろう。下手な商人などに拾われたとしても奴隷などにされ、死ぬまで男共の性の捌け口になることなど容易に考えられる。そんな未来を誰が望んで迎えたいと考えるだろうか。と言っても、現在のカーナは未成熟で大の大人を相手できるような身体をしていないのだから、奇特な性癖を持った大人くらいしか相手にしない、と思う。

 何故、こんな可能性を考えるようになったのかと問うとしたら、それは明白でカーナのいる場所が国の外―――城壁に阻まれた都市の外側に住んでいるからだろう。


 国の名はロナリ王国。

 王城が中心に存在し、その周囲に居住を構えるのは王城で働く大臣などの肩書を持つ身分が高いモノども。そして、外側になる程身分は低くなるが一般市民の中でも貧困の差が激しい。そう言った意味では王城の近くに住んでいることが一つの指標であるのかもしれない。

 王城から最も離れた城壁(ぎわ)となると貧困スラム街と言っても過言ではない。ただ王城の兵士でさえ近寄らぬ程に治安が悪く、手を焼くような輩ばかりと聞く。そんな城壁際ぎわ貧困スラム街はまだ良い方であり、人々の営みの循環からも見放されたモノどもが潜む場所、それは王国の外にある。王国の外に住んでいるモノどもは≪外モノ≫と呼ばれ、王国民として扱われないモノどもが住んでいる。

 ≪外モノ≫となるにはそれぞれ理由はあるのだが、様々な理由から使い物にならなくなったモノが捨てられることが多い。勿論、王国内で生活しているモノを捨てるなど許されざる行為である。そんな捨てられたモノの中で、特に女性となると娼館で薬を使い過ぎであったり、本人が知らない内に使われてしまって役に立たなくなったり、避妊薬を飲み忘れてしまい妊娠してしまった娼婦やその子供がいる。カーナは過去にそんな境遇の元娼婦などと話したことで一つの可能性として思い至った。

 そんなこんなで、この≪外モノ≫に属するモノどもは多種多様に存在するのだが、基本的に季節が一巡りするまでに不思議といつの間にか姿を消している。彼らがどこに行ったかなど知る由もない上に特段興味もなく、今を生きるのに精一杯だったりする。

 カーナは物心がついた時には既に≪外モノ≫となっており、自分を産んだ両親の顔さえ知らない。薄らと誰かに抱かれていたと云う記憶だけは残っているが、それが母親なのかさえ分からない。そんな幼子であるカーナに生きる術を教えてくれたのが娼婦だった。

 あわよくば・・・・・・と云う気持ちで好転を狙っているだけでしかない。


「まぁ、そんな都合よく行かないよね・・・・・・」


 と、もう一度月を見つめる。

 雪が降り積もる季節で、独り言と一緒に吐いた白い息が霧散してゆく。

 凍えるような気候なので商人は勿論のこと野盗でさえ、この寒さの中で活動するモノは少ない、筈なのであるが今の外の様子がおかしいのだ。あからさまに野獣やその類が騒いでいる様子ではない。

 何がおかしいかと言われると言葉にすることができないのだが、あえて言葉にするのであれば空気がひりついている。冷えた空気で鈍った肌感覚でさえ、何か危険を察せるくらい何かを感じている。

 息を潜ませつつも恐る恐るカーナは壁に空いた穴から外を窺うと、


「あれは・・・・・・?」


 視線の先には何もない筈の場所から発光し、「バギジジジッ」と空気が裂けるような音が耳に届いたのだと気が付く。

 そして、周辺を飲み込むように光が膨張したことで眩しさに耐えかねてしまい、カーナは目を強く瞑る。しかし、目を瞑ったところで大して効果はないようで、光は強固に侵入してきてはカーナの目に光を届けようとする。腕を覆うことで漸く光を遮断することができた。

 自分の腕で作った暗闇のお陰か、明暗の調整が行えたことでいつもの視界を取り戻せた。その頃にはあの光は収まり、発光が行われた場所にあるのは人の姿をしている何かだった。視界は元に戻ったとは言え、夜目に慣れたわけではない。ぼんやりと人の形をしている何かがそこにあるのだけは判別が付く。

 しかし、こんな寒い中で対策もしていないならば、すぐにいなくなってしまうだろうとカーナは考え、そのまま眠りに就こうとした。が、大地に積もった雪の擦れる音が少しずつこちらへ近づいてくるのが聞き取れた。


「野獣?じゃないわね、もう少し早く近づいてくるはず・・・・・・、まさかさっきの?」


 何故、こちらに来るのだろうか、いや、この周囲には雨や雪を凌げるような場所なんて存在していない。だからか、その人の形をした何か寒さを凌ぐためにこの廃墟に向かってきているのだろうと予測はついた。

 加えて、この辺りで明かりが灯されている場所なんて此処くらいだろう。当然の帰結である。


「・・・・・・んは」


 廃墟の扉の前で(かす)かに声が聞こえる。声と云うことはやはり人だったのだろう。

 ただ声に聞こえているだけなのかもしれない。隙間風(すきまかぜ)が人の声に聞こえてるだけなのかもしれない。


「こんばんは・・・・・・」


 次は声と認識できるくらいにはっきりと聞こえた。それは優しさが滲み出ているような女性の、それも年齢をそれなりに重ねた老婆の声。

 怪しさはあるものの最悪逃げればいい。光の収束から声がかかるまで時間はあった。つまり、移動速度がそこまでないと云うこと。足元が悪いのは同条件であるのだから、カーナの方が助かる確率は高い。

 いつでも逃げる準備をし終え、息を殺しながら足音を立てないように扉の前まで移動した。確かに人の気配は扉の向こうにある。ただ、それが本当に人であるかは確かめることはできない。

 扉の向こうから「こんばんは」とはっきりと聞こえた。

 ゆっくりと外の様子を(うかが)うように扉を開けた。外に積もった雪が扉の支えをなくして建物へ少し雪崩(なだ)れ込む。

 ゴクリと唾を飲み込む音が大きく聞こえる。静寂の中、扉の先は薄暗く、そこにいると言うことだけしかわからなかった。が、部屋の中から漏れ出た小さな焚火の灯りによって声に合った優しそうな老婆の顔が見え隠れした。微かに見えた顔は何とも優しそうだった。しかし、防寒の一つもせずに雪の積もる環境にいるせいか(かす)かに震えている。いや、この老婆は何故か寝巻き姿なのである。


「申し訳ないのだけれど、一晩だけでも泊めて頂いても良いかしら・・・」


 寒さに震えた声で老婆が目の前の少女に対して申し訳なさそうに尋ねた。

 こんな真夜中に寝巻き姿の老婆というだけで如何にも怪しいのだが、老婆を部屋に入れることが必然であるかのように扉を大きく開けた。

 正義感からくる行動だろうか。いや、カーナにはそんな殊勝な心など持っていない。ただ目覚めが悪くなるだけそう思い込むようにして、


「寒いでしょう、中へどうぞ。と言っても外よりも雨風が凌げる程度だけど」


 疑問を胸に納め、老婆を廃墟の中へ迎え入れた。普段であれば自分の住処には他人を入れることもないのだが、何故か不思議と導き入れてしまった。何故だろうか、招き入れることがあたかも当然だと考えてしまった。

 老婆は一瞥(いちべつ)すると、迷いなく焚火の前に腰を下ろす。何の迷いもなく。まるで自分の場所がそこであることを知っていたかのように。

 カーナが扉を閉じるのと同時に背後から「・・・・・・懐かしいわね」と呟く声が聞こえた気がしたが、扉の閉まる音ではっきりと聞くことができなかった。何か言葉を発したという程度で済ませてしまったが、少し寂しそうな表情をしているのは少々気がかりではある。記憶の底で何かを忘れてきてしまったのだろうか、下手に憶測を立てるのも失礼だと思って何も言わずにカーナも自分の定位置へ向かった。


(やっと温まったと思ったのに、最悪・・・・・・)


 胸の奥で悪態(あくたい)をつきながら、戻り際老婆の背中を見るとカタカタと震えていた。それも当然のことで近くの泉に薄氷が張られるくらいには冷え込んでいる。そんな中で薄い生地の寝巻きでいるのだから当然ではある。だからと言って、「朝起きたら体が冷たくなっていました」では目覚めが悪い。流石に寒そうな姿は見るに耐えないので近くに畳んである毛皮を手に持って老婆に差し出す。


「その恰好じゃ寒いでしょ。この毛皮でも羽織るといいわ」


「あら、気を遣わせてごめんなさい。お言葉に甘えさせていただくわ」


 老婆は少々驚いたような顔で毛皮を受け取ると、初めて見た筈の毛皮を何の躊躇(ちゅうちょ)なく羽織った。


(こんなにお上品そうなのに獣臭さとか気にならないのかしら)


 カーナでさえ獣臭さが気になって、終いには具合が悪くなる毛皮だってあるのだが、やはり寒さに耐えるためには有無を言う余力ないのだろう。

 心底カーナは驚いてはいたが表情には出さずに老婆を見守った。先程に比べると少し暖かそうな表情に。それでもまだ寒そうだったのだが、これ以上は薪の()べる量を増やして部屋全体を温めるしかない。たまにはそんな贅沢もいいかもしれないと思いつつ、焚べてゆく。

 次第に温かくなる部屋はなんと心地よいのか。寒さに耐えていたのが何とも馬鹿らしく感じる。しかし、ここで薪を大量に使えば、いつまで続くかわからないこの気温を耐え忍ぶことができないだろう。

 温かくなったことで幾分か余裕が出てきたことで老婆を観察する余力が出てきた。

 と言っても現状では光の中から出てきたよくわからない存在と言う認識ではあるが、あのような現象は見たこともないので、寧ろ知ることでカーナ自身が何かしらに巻き込まれてしまうのか分からないことに恐怖を感じる。

 そんなカーナの視線を感じ取ってか、「私のこと気になるわよね」と、老婆が目線をカーナに向けながら切り出した。

 しかし、何かに巻き込まれるかもしれないという恐怖の他に≪外モノ≫はお互いを詮索しないと言う暗黙の掟のようなものがある。その為、本人が喋ろうとしない限りお互いを知ることはないのだ。


「いいえ、あなたのことは深く詮索しないから。別にここで誰が住んでいようが気にしないもの。暫くは安心してここで寝ていいわ」


「ありがとう、貴女の迷惑になる前に朝になったら出ていくわね」


「・・・いい」


 短く拒否した。その言葉に老婆は目を見開いたが、カーナはそれを見ることなく、老婆が聞き返す前に言葉を紡ぐ。


「あなたなら誰かが迎えにくるまでここにいてもいい。どうせ直ぐにここから出ていくのでしょう?それまでの仮暮らしだったらここ使いなさい」


「・・・・・・ごめんなさいね」


「謝んなくていい・・・」


 老婆の謝罪に間を置かずに口を尖らせながら答えた。

 これ以降、お互いに言葉を発さずに過ごしている内に夜は更けていった。焚火の暖かみに抱かれてか、うとうとしている間に眠ってしまっていた。

 その日からと言うものの、なんだかんだと理由をつけてカーナは老婆を引き留めるようにしていた。その内、老婆もカーナと離れるような言葉を出さなくなったことで二人の共同生活が始まったのだった。


(何で私はあの人を引き止めてしまうんだろ・・・)


 自分自身、何故あの日に迎え入れ、留める行動に出てしまったのかがわからないと言う思いがありつつも誰かと暮らす生活が嫌いというわけではなかった。どこか懐かしく、安心できてしまった。これがこの『場所』を大切にする理由の一つになってしまうことになるとは、今のカーナには露知らずだった。

 住民が増えたことにより安心して寝ることのできる時間が増えた。それだけでも十分な理由にもなった。

 見ず知らずの老婆であるが、どこかカーナに親しみのあるように感じた。

初めまして、鳩羽シュウです。

この度はこのシリーズをお読み下さりありがとうございます。

稚拙な文章で読みにくいなどありましたら指摘して頂けると幸いです。

シリーズ最後まで読んでいただけると泣いて喜びます。


さて、このシリーズは一度きりの良いところまで書き溜めをして、週1投稿を自動で行うようにしています。朝の通学、通勤時間にさらっと読めればいいなと考え、毎週火曜日午前6時に投稿するようにしています。


先に構成のお話をしてしまいますと、この「少女の紡ぐ夢」は全部で第4部構成です。

なので、今回投稿したお話は第1部第1章第1話プロローグ1と言うことになる訳ですね。そして、第1部はプロローグを含め6章構成で考えています。第2部、第3部の構成は薄っすらと思い浮かべていますが、まだ決まっていない状態です。先に構成のお話をした理由としましては、今が終わりに近づいてきているのか、どこにいるのかをはっきりさせた方が読者も安心して読めるという考えからですね。

まだまだ始まったばかりですが、最後までお付き合いいただければと思います。

では、目覚まし時計が鳴るまでよろしくお願いします。


・2025年3月25日追記

加筆修正しました。

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