僕のセカイと姿とカタチ
どうしても欲しいと、手を伸ばす。
されど掴んだものは虚空だけ。
何処で産まれたか知らない。
気付いたら、僕は孤児院に居た。
父の顔も、
母の声も、
肉親の存在を感じたことすらなく、ただ此処に居た。
院長先生は母性愛に溢れた方で、どの児にも差別することなく平等に接した。
だけど中にはそんな優しさに飢えて独占しようと思う奴がいた。
彼等はとにかく頭が回ってどうしたら構って貰える、褒めて貰えるかを熟知していた。
僕はそんな彼等とは正反対だった。
何時も独りで孤児院の外の事に思いを馳せていた。
『何時か外に行きたい』
ただそれだけに一日の大半を費やしていた。
だって僕には歓びが分からない。
遊ぶ喜び、学ぶ歓び、触れ合う喜び、騒ぎ合う歓び。
それらの事は幼い自分には理解し難いことで。
何故はしゃぐのか?
何故笑うのか?
そんなことは必要がない。
だから僕は外の事に夢中だった。
青い空や風にそよぐ草木。
曇り空で灰色がかった花々。
雨雲に濡れて音楽を奏でる大地。
その表情は単調でいてとても複雑で面白く、人と触れ合う歓びを知らない僕はただそれらを眺め、他にはどんなものが在るのかと想像を膨らませていた。
だけどある日、そんな僕の世界は唐突に姿を変える。
僕が五つの時だった。
その日「孤児院に御客様がいらっしゃるから失礼のないように」と院長先生から注意があった。
だけど僕には関係がない。
僕はただ誰の邪魔にもならない窓の脇から外を眺めるだけ。
誰が来たってそれは変わらない。
それだけだと思ってた……のに。
「貴方、御名前は?」
凄く立派なドレスを着た、いかにも貴族な風貌の女性が話しかけてきた。
年の頃は見た目からして二十代後半から三十代前半、穏やかな表情がとても印象的な人だ。
「…………ボク?」
反応がすごく遅れた。
他人に、しかも面識もない赤の他人にいきなり話しかけられるだなんて初めてだったから、頭が認識してくれなかった。
「そうよ、貴方の御名前を私に教えていただけないかしら?」
ゆったりとした、それでいて聞き取りやすい穏やかな口調で同じ問いかけを繰り返す。
答えるかどうか少し迷ったが院長先生が女性の後ろで此方を見ていた。
「教えてあげて」とその瞳が語っている。
「……ふぇ、る……フェルリィ……」
おどおどとした口調になってしまったけれど名前を聞いた女性はにっこりと微笑んだ。
「フェルリィ……さんね。ねぇ、フェルリィさん?」
「はい……?」
「貴方に御願いがあるんです……聞いてくれますか?」
「…………はい」
迷いはなかったといえばそんなことはなかったけれど。
その言葉は、何より僕が望んでいた夢への一歩で。
今まで手に入れたものを何もかも捨ててでも良いくらい焦がれていた言葉。
「私の娘の身の回り事を手伝うお仕事を御願いしたいのです。
私と共に、遠いお外まで来てくれませんか?」
僕は、初めて全身で感じた外の世界の感動を絶対に忘れない。
眼で見た景色を。
草木の匂いも。
頬を撫でる風を。
彼方から響く全ての音も。
全部、全部忘れはしない。
此処から広がってゆく。
僕のセカイのカタチが広がる。
見せてください。
終わることなきセカイの姿を。
この作品は2010年9月に個人サイト(現在は閉鎖)にて公開していた文章を一部修正したものになります。
20の世界 フェルリィ