姉よりすぐれた妹なぞ存在しねぇ
■登場人物
・岡崎 菜月
主人公。平凡な高校2年生。妹である詩乃へ対抗心を燃やし、ことあるごとに『勝負』を挑むも返り討ちに遭っている。
・岡崎 詩乃
高校1年生。どんなこともできる絵に描いたような完璧人間。高校生ながら女優として活躍している。お淑やかな性格だが、姉の菜月にだけは冷たい態度をとる。
・設楽 真白
菜月の昔からの友人。菜月からよく相談を受けている。
とある夏の夕方、私は自宅のリビングで妹の詩乃と見つめ合っていた。詩乃は微笑みながら囁く。
「姉さん、貴方を愛してる」
まさか、妹にこんなことを言われる日が来るなんて……
「ねぇ、どうすれば妹に勝てると思う?」
「また詩乃ちゃんに絡んでるわけ?詩乃ちゃん可哀想〜」
昼休みの教室で、昔からの友人である真白に尋ねたが、適当にあしらわれる。
「私はお姉ちゃんなんだよ。お姉ちゃんが妹に負けるわけにはいかないんだよ!」
「言うてあんたと詩乃ちゃんじゃあらゆる能力に差があるんだね……ちなみに今まで何の勝負してきたんだよ?」
「えーと、全国模試に1000m走…それにテニスや水泳とか…あとは高校クイズ選手権とかピアノコンクール、それとオセロとジャンケンかなぁ、今ぱっと思い出したのは」
「多過ぎだろ!?どんだけ張り合ってんだよ!?しかも最後ジャンケンって。もうちょっとマシなもん無かったのかよ」
「うるさいな、それより問題は1回も勝ててないことなんだよ」
そう、実際問題何をやっても私は1つ下の妹である詩乃に負けていたのだ。
「まあそりゃそうでしょうよ……だって詩乃ちゃんは天才ですもの。あーんなお人形さんみたいな顔して、頭も良ければ運動神経もいい。その上、高校生女優とか、絵に描いたような完璧人間だよ、あんたの妹は。まぁでも、黒髪ロング巨乳の清楚系ぽい見た目は男ウケ狙い過ぎてて私の好みとはちょっと外れるけど…」
そうなんだけどさぁ。
てかお前の好みとか知るかよ。
そう、実際詩乃はすごいのだ。以前からなんでも出来るヤツだったけど、特に最近は高校生ながら女優としてゴールデンタイムのドラマに出演している芸能人だ。もはや私には手の届かない存在なのかもしれない。
私も自分でわかっていたつもりだったけど。やはり面と向かって言われると落ち込むものがあるわぁ。というか、どうしてあの子ってば私に対してだけ冷たいの? 他の人には常に笑顔で接するのに。私、お姉ちゃんだよね???……まぁいいやそれは。
「私が言いたいのは、姉である私より妹の詩乃の方がすぐれているはおかしい、ってことだよ!! どうしてだよ。おかしいでしょ!?姉よりすぐれた妹なぞ存在しねぇ!」
ダンッ!!っと勢いよく机を叩く。するとクラスのみんなが何事かと一斉にこちらを見た。うっ、少し恥ずかしい。でもそんなのお構いなしかの如く、私は話を続けることにした。
「ねぇ、そうでしょ?真白」
「知らねーよ、そんなの。……てか、何でそんなに詩乃ちゃんに対抗心を燃やしてるん?あんたら昔は仲良かったでしょ」
真白が核心を突く質問をしてくる。
「う、それは…詩乃が私に対して生意気な態度をとるからだよ!」
私は適当に誤魔化す。
「詩乃っていつも私にだけ塩対応だし……きっと私のことが嫌いなんだよ」
その言葉を聞くと真白は驚いた顔をしていた。まるで『何言ってんだコイツ』というような目だった。
「いや……そんなわけないだろ」
「そんなわけあるが?」
「いやいやいやいや」
すると真白は呆れながらこう答えた。
「あんたら姉妹のすれ違いっぷりはもはや神業だよ。ほんと。ここまで拗れるなんて思ってもなかったよ……」
何言ってんだコイツ。
「とにかく、私はどんな手を使っても詩乃に勝ちたいの。何かいい勝負はない?手段は選ばないつもり」
「ん〜そーだなぁ……あっじゃあさぁ、アレやってみたら?」
真白は思いついたかのように提案してきた。一体何のことだろうか。全く見当もつかないのだが。
すると真白は私の耳元まで近づき小さな声でボソッと言った。
「はぁあああ!?何言っちゃってくれてんの真白!?バカじゃないの!!」
私は一瞬思考停止した後、顔を真っ赤にして大声を出す。
「さっきからうるせぇ!静かにしろ!」
「むぐぅ……」
彼女の右手によって口を塞がれてしまった。そして彼女は続ける。
「だって、詩乃ちゃんって案外こういう系苦手かもしんないしぃー、あんたにもチャンスがあるんじゃない?…あ、そう言えばさ来週から始まるドラマのヒロインって詩乃ちゃんだよね?あれ楽しみなんだけど……(略」
真白が関係ないことをベラベラ話し出したが私の耳には届いてなかった。私はこの突拍子のない作戦を実行に移すか悩んでいた。だが、このままでは私が勝つことは出来ないと思ったし、何より、妹よりも劣っている自分を変えたいという思いもあった。幸い今日はバイトもない。早速実行だ。
学校が終わって家に帰ると、いつも通り、まず見た目を整える。
もちろん手や顔はしっかり洗う。次に可愛い部屋着に着替え、肌や爪のケアをする。そして細かい髪の乱れを直す。最後に姿見の前で総チェック。よし、万事OKだ。
そして、リビングへ行き、詩乃に宣戦布告した。
「ふふん、今日こそ私の方が詩乃よりすぐれてるってことを証明してあげる!」
詩乃はリビングでソファに座りながら雑誌を読んでいたが、面倒くさそうに顔を上げた。
「うるさいわ、この馬鹿」
はい、いつも通り辛辣なコメントいただきました〜。でも引き下がらない!なぜなら今日の私は無敵なのだから!
「お姉様が話しかけてあげたんだから、感謝なさい」
「別に話したくないのだけど」
「なんだと?」
詩乃の言葉に、つい反射的に言い返してしまう。生意気な詩乃め。今日の私は一味違うぞ。私は詩乃との距離を詰めると、その肩に手を置いた。
「ねぇ詩乃、賭けをしましょ」
そして、そう切り出した。詩乃が怪しげなものを見るような目つきで見てくる。
「嫌ですけど」
「へぇ、私の言うことが聞けないの?ならいいけど、後悔するよ?」
「はぁ…分かったわよ」
詩乃は諦めたような表情だ。
よし!言質ゲットだぜ!!というわけで早速ゲームを始めることにした。
「やるのは、『愛してるゲーム』」
このゲームのルールは簡単だ。プレイヤー同士でお互いに『愛してる』と言い合う。そして先に照れたり、恥ずかしくなったりした方の負けである。
「じゃあ、ほら早くやりましょ!!それで、賭けの内容だけど、勝った方は負けた方に何でも命令できるってことで!」
「えぇ、わかったわ」
よし!じゃあ始めるよ!!
……と意気込んだものの、詩乃があまりにもあっさりと勝負に応じたので、正直拍子抜けだ。だっていつもはもっと渋られるし。
まずは詩乃が口火を切った。
「じゃあ私から言うわよ。姉さん、愛してる」
あ、うん。なんだろう。能面のような顔で言われても全然嬉しくないんだけど。むしろムカつく。
っていかんいかん。集中しないと。
「はいはい。じゃあ次は私ね。……愛してる♡」
自分で言っておきながらめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?そう思いながらも、私は詩乃の反応を見るべく彼女を真っ直ぐ見た。
「私も愛してるわ。姉さんのこと」
するとそこには、普段のクールな雰囲気からは想像できないほど柔らかく微笑んでいる詩乃の姿があった。
え!?めっちゃ可愛いんだけど!!何この天使!?っていやいや騙されるな私!相手はあのクソ生意気な詩乃だぞ!?でもやっぱり可愛……ハッ!危ない、また洗脳されるところだった。落ち着け、落ち着くんだ私!!!
「姉さん。大丈夫?」
動揺する私に、詩乃が心配そうに顔を覗き込んできた。うぐっ、近い!!しかも上目遣いとか反則じゃん! いやいやいや、落ち着け私!平常心を保つんだ!そう思って、必死に気持ちを整えているうちに少し冷静になってきて……ってなんで私が追い詰められてんの??? あれ?もしかしなくても私ってば妹に翻弄されている? いや、違う。別にまだ負けてないし。そうだ、私はまだ負けてない。負けるのは詩乃!勝つのは私!そう自分に言い聞かせると、ようやく落ち着きを取り戻してきたので私は口を開いた。
「へ、へぇ〜。なかなかやるじゃん。じゃあ今度は私の番ね」
私はなんとか笑顔を作って、余裕があるふりをした。よし、ここからだ。絶対に勝つ!!
「私は詩乃のことを愛してる。それだけは本当だから」
そして、真剣な表情で詩乃の目を見つめた。……沈黙が続く。
だがそれも長くは続かなかった。先に目を逸らしたのは、意外にも詩乃の方だったのだ。やった!ふふん、見たか詩乃!!これがお姉ちゃんの力だ!!!……っと、いけないいけない。まだ喜ぶのは早い。この程度では勝負は決まらない。ここで気を抜いてしまえば、きっと痛い目を見てしまうことになるに違いないのだ。油断大敵とはまさにこのこと。それにしても、詩乃ったら随分と大人しいじゃん?いつもならすぐに反応するのに。まあでもこの様子だと、もうすぐ終わりかね。私は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、妹の顔を見ると思わずギョッとした。なぜなら、その瞳には薄らと涙が浮かんでいたからだ。ちょ、ちょっと冗談でしょ?え?泣くの? さすがに焦りを感じたその時、突然詩乃がこちらに飛びついて来た。
「ごめん、いつも冷たい態度取って。私も姉さんを愛してるわ」
詩乃がぎゅっと強く抱きしめてくる。……あ、これはヤバい。可愛い。
「愛してるって、どんな所を?」
思わず質問してしまった。
「私の出演してる舞台にはいつも変装をして駆け付けて来てくれることとか、私のTwittlerに毎日10件ぐらい別アカウントでリプくれることとか…かしら。あとは、時々だけど私の部屋に入って、ベットの上でゴロゴロ転がったり、私の布団にくるまってスヤスヤ眠ってるところとか」
「な、なぁ!?なんで知ってるの!?」
詩乃のことバレないよう応援してたのに!実の所、私は女優である詩乃の大ファンだ。誰よりも真剣に詩乃のファンをやってきた。でも恥ずかしくて、本人には秘密にしてたんだけど……まさかバレてたなんて!というかベッドに忍び込んでたことも……あああ!どうしよう!これじゃあ私が変態さんみたいじゃん!!
「だって姉さんのやることって、昔からわかりやすいんですもの」
「……え?」
「ふふっ、でもそんなところが可愛くもあるんだけど」
詩乃は優しい眼差しで私を見つめながら、私の手を握ってくれた。
「姉さんは私よりも馬鹿で、運動もダメダメで、おまけに幼児体型でペッタンコだわ。それに比べて私は、自分で言うのも何だけど成績優秀でスポーツ万能。スタイルも抜群よ。しかも料理も上手いし、ファッションセンスもある。…私の方が姉さんよりも、10倍、いや100億倍は凄いわ」
「ちょっと待ってよ!そこまで言わなくてもいいじゃん!!」
表情とは裏腹に、あまりにも辛辣な言葉に泣きそうになった。酷いよ詩乃。確かに詩乃と比べたら私は何もかもが劣っているかもしれないけど。そうだ。私は姉で、妹をリードしなきゃいけない存在なのに、妹に勝てないポンコツなんだ。その現実を理解らされて目に涙が溜まりそうになる。
「でも、そんな姉さんを愛してるわ。……世界で誰よりもね」
予想外過ぎる言葉に驚きのあまり涙が引っ込んだ。詩乃の方に視線を向けると、彼女はちょっと悪戯な微笑みを浮かべていた。
え?今、何て言った?世界で一番愛してるって?
すると今度は、混乱する私に向かって、
「愛してるわ。姉さんのこと」
と耳元で囁いてきて、さらに力強く抱き締めてくる。あれ?おかしいな? 今までスルーしてきたけど詩乃の態度が怖いんだけど?なんかめちゃくちゃ甘えてきたし。
……いや、きっとこれは演技だ。流石現役女優、油断も隙もない。こうやって自分のペースに引き込み最後に裏切るつもりに違いない。うん、そうに決まってる!
「ふふふ、残念だったね詩乃。アンタの演技はお見通しだよ!そうやって私を油断させるつもりだろうけど甘かったねぇ!」
勝ち誇った笑みを浮かべると、勢いよく詩乃から距離を取った。そして詩乃の表情をチラッと見る。
…………え?なんかめっちゃ怖い顔してんだけど。
ちょっと前日本史に出てきた不動明王みたいな怒りのオーラが全身から出てるんだけど。
「へぇ、姉さんはそういうこと言うのね?」
詩乃が冷たい声で言う。
「う、うん。まあ、その……ごめん」
あまりの恐ろしさに私は反射的に謝った。やっぱり怒らせてしまっただろうか?
「もういいわ。姉さんのことなんて知らない。どうせ姉さんには私の気持ちなんて分からないのよ」
詩乃は寂しそうな声でそう呟いた。
「ち、違うよ!別にそんなつもりで言ったわけじゃ……」
私は慌てて弁明をした。しかし、詩乃は不機嫌な表情のままリビングを飛び出していってしまった。
「え?ちょっ、ちょっと待って!どこに行く気!?」
と叫んだが返答はなく、私の声だけが虚しく家の中で響いた。
「ねぇ、ちょっと聞いてよ詩乃がさぁ…」
1週間後、教室にて私はこの前あった出来事を真白に相談していた。
「へぇ〜。詩乃ちゃんは昔からツンデレな子だとは思ってたけど。でも、そっかぁ」
真白は気持ち悪いニヤついた表情で私の顔を見てくる。
一体なんだろうと思っていると「なるほどなぁ〜」と言いながら何かを悟ったように何度も首を縦に振っていた。本当になんなんだろう? というかこの子、人の話を聞かないで一人で勝手に納得するクセあるよね。
「で?結局どうすればいいと思う?あれから詩乃のヤツ私と一切口聞いてくれないんだけど。もう1週間」
「うーん。どうしたらいいって言われても……普通に話し合えばいいんじゃね?」
「いや、でも詩乃のヤツ私の話を聞いてくれないんだもん。それに最近あいつ変だし」
「これ以上は私にはどうしようもねぇよ。諦めて仲直りしよ?」
「え?マジで?」
真白にあっさりと説得されてしまったことにショックを受けていると、先生が教室に入ってきたので仕方なく席に戻った。
学校が終わって家に帰り、いつも通り身だしなみを整える。
その後リビングへ行くと、詩乃がいつも通りソファに座っていた。
「ただいま、詩乃」
平静を装いながら詩乃に話しかけた。すると彼女はチラッと私を見た後、再び視線をテレビに戻してしまった。無視ですか?まあいいですよ?ええ。所詮詩乃だからね!でもムカつくわぁ、こいつ!!…ふぅ、まぁ、とりあえず落ち着こう。私はキッチンに向かい紅茶の準備を始めた。
お湯が沸騰するのを待つ間、私は冷静になって考えてみた。そもそもどうして詩乃がこんな態度をとるようになったのか? 今までも詩乃が反抗的だったことはあったけど、無視することはなかったのに。私が嫌いならはっきり言えばいいじゃない?
なのに詩乃ったら何も言わないで私を避け続けるなんてどういうつもりなのか? もしかしたらこのまま私たちの関係は崩れていくんじゃないかと不安になる。……ううん、大丈夫。きっと詩乃のヤツは今頃、必死に後悔と反省をしてるに違いない。よし!ここは姉の威厳を見せつけてあげましょう!というわけで私は意を決して詩乃に声をかけることにした。
1つ、今後の為に『聞いておきたいこと』もあったし…
「ねえ、詩乃?少し話がしたいんだけどいい?」
声をかけると、彼女は驚いた様子でビクッと身体を動かした後、ゆっくりと顔を上げた。そして、しばらくキョロキョロとしたかと思ったら今度は下を向いて黙り込んでしまった。
「……」
「……」
何これ?超気まずいんですけど。
沈黙が辛すぎる。耐えられないんだけど!というか返事をしなさいよ!!てか、お湯沸騰してる。私は慌ててキッチンに向かった。
「……いいわよ」
その後、ようやく詩乃が小さな声でボソリと言った。
「姉さんはそこに座ってよ」
私は大人しく指示に従った。向かい合ってテーブルを挟んで座る。
「……姉さんは私を愛してる?」
えぇ……その話まだ続いてたんだ。
というかそれって、私の答え方次第で仲直りするかどうか決まる感じなの? 正直なところ、詩乃のことが好きだなんて言えるわけがないんだけど。ゲームでもなければ今更恥ずかし過ぎる。いやでも、これは詩乃との和解のために言うべき台詞かもしれない。というか言うしかないでしょう。……うん、言おう! 私は大きく深呼吸をして覚悟を決めると、顔を上げて詩乃の顔を見つめた。
「私は詩乃を愛してるわよ」
しかしすぐにハッと我に返ると私は慌てて立ち上がった。
「な、な、私は何を言ってんだよ!あーもう!恥ずかしい!!」
「……」
え?なにこの沈黙?ちょっとやめてよ。怖いんだけど。
詩乃は俯いて微動だにしないし。まさか、嫌われちゃった? やばい、泣きそう。
そんなことを考えていると、詩乃が顔を上げた。その顔は真っ赤で瞳が潤んでいるように見える。
な、なんだよ?可愛いじゃん。いや、待てよ? いつもクールな詩乃がこんな表情見せるなんてそうそうないぞ。よし、とりあえずここは攻めるしか無いでしょ!
…なんか目的を見失ってる気がするけど、まぁいいや。
「ねえ詩乃?『愛してるゲーム』は私の勝ちだよね?」
すると詩乃は無表情になった後、私のことをキッと睨みつけた。
「…ふざけないでよ。誰が負けを認めるものですか」
詩乃は怒りを抑えているのか、小刻みに震えている。
「へえ?まあ、せいぜい頑張れば?」
私は余裕たっぷりの表情を見せた。
ふぅん。強がっちゃって、やっぱり詩乃はまだまだ子供ねぇ。私には勝てないんだから素直になればいいものを。
「そうは言ってもさぁ、顔真っ赤だよ?これはどう見ても私の勝ちね?」
とニヤつきながら言うと、詩乃はますます顔を赤く染めていった。ふーん、本当に可愛い反応をするじゃん?
「うるさい。私は姉さんのことなんて大嫌いよ」
詩乃は私を鋭く睨みつけてきた。
「へぇ〜、まぁいいや。あ、そう言えば私が勝ったら何でも言うことを聞くっていう約束だったよね?」
「……ええ」
詩乃は悔しそうな表情を浮かべながらも頷いた。
「…じゃあ、そうだな……詩乃の行く予定の大学を教えなさい」
「え?それだけでいいの?」
私が提示した要求に拍子抜けといった様子の詩乃。
「うん、まぁ」
「何でそんなこと聞くのかしら?」
「…まぁ何でもいいじゃん?ほら、答えてよ?」
首を傾げる彼女に、私は適当にはぐらかした。
次の日、学校にて私は担任の先生に進路相談をしてもらっていた。
「岡崎さん、今日はどうしたのかしら。急に進路相談なんて」
「はい、進学についてなんですけど、私、S大学の外国語学部に行きたいんです」
「S大学って、今の貴方の成績だと難しいと思うけど?」
「はい。でも、どうしても行きたくて」
「どうして?」
「それは……」
私は口籠った。理由を聞かれると困る。だって詩乃がS大学の外国語学部に行くっていうから。同じ講義を受けたりゼミで一緒に研究したりするんだ。先輩として色々教えてあげよーっと。あとは飲み会で詩乃が酔い潰れた所をお持ち帰りして…ぐふふ。てか詩乃のヤツ、高校1年の内から進路決めてるってすごいな。
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本当は詩乃よりすぐれているかどうかなんて、どうでも良かった。
ただ出来る限り近くに居たかった。
何とかして詩乃を私の側に繋ぎ留めようとちょっかいをかけていただけなのだ。あいつはああ見えて滅茶苦茶負けず嫌いだから『勝負』で私が勝てば、昔みたいに私の方を見てくれると思ったのだ。
…昔で思い出したけど、小学生の頃の詩乃はそれはもう可愛いかった。引っ込み思案な子だったからいつも私の後ろについてきてたし、私の真似をしようとして上手く出来ないとよく泣いていた。そんなところがまた愛おしくて姉として守ってあげなきゃと思っていた。
だけど、中学生の頃から少しずつ変わっていった。次第にあらゆる能力が開花していき、見た目も美しくなっていく一方で。そして私に対する態度も冷たくなって、全然構ってくれないし、時々ゴミを見るような目を向けてくる気がしていた。
私はデキる姉として自分を見て欲しかったので、色々『勝負』を仕掛け続けた。しかし結局、詩乃に勝つことは出来なかった。いや、心の奥底では詩乃には勝てないと分かっていたのだ。
そして今に至る。
私は決めた。
そろそろ潮時だ。もう詩乃の邪魔しないようにしよう。ただ、せめて側にいるのだけは許して欲しい。大学生活ぐらいは一緒に送ってもいいじゃないか。というか私も詩乃と同じ大学に行ってもいいか聞いてみるつもりだったんだけど、怖気づいて聞けなかった。
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結局、私は先生に白状した。
「あの……私、好きな人がいて…その人と一緒の大学へ行きたいんです」
「褒められた動機じゃないわね」
「すみません…」
「まぁいいわ。じゃあ、これからどうやって勉強をしていくか一緒に計画を立てましょう?まだ貴方は2年生だし時間はあるわ」
「ありがとうございます!」
先生も何とか協力してくれるみたいだ。
それから私の猛勉強が始まった。私は馬鹿だから詩乃と同じ大学へ行けるかなんて分からない。でも、たとえ少しでも詩乃と一緒に過ごせる未来を掴みたいから。
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私の姉さんはとんでもなく馬鹿な上に鈍感だ。
その出来事は1ヶ月前に遡る。
いつも『勝負』と称して私に絡んで来る姉さんが
「『愛してるゲーム』をしない?」
とか言い出した。今度は何?と思ったが、この機会にずっと胸の内に秘めていた気持ちを伝えてみた。しかし姉さんは演技としか思っていないらしい。いくらなんでも酷いんじゃないかしら? 女優だからと言ってあんなこと言うわけないでしょう。私を何だと思ってるのか。いつもぶっきらぼうな態度をとっている私にも非があるのだけれど…
それはそうと、最近の姉さんは変だわ。
家に帰ってくるのも遅いし、マックのバイトも週5から週1に減らしたようだ。気になって姉さんのスマホを調べてみると、どうやら学校の勉強に夢中みたいだ。
家に帰ってからもずっと勉強をしている。以前のように『勝負』を仕掛けてこないから、姉さんと喋る機会がなくなってしまった。
夕方、リビングのソファに座って待機していても話しかけてきてくれないし、夕食中も参考書を開いているから私をガン見してこなくなったし、Twittlerにもリプをくれなくなった。まさか、私に興味なくなっちゃったのかしら…
でも、先週の舞台にはいつも通りバレバレな変装をしつつ来てくれた。
姉さんは勉強なんてしなくていいのに。将来仕事に就けなくても私が養ってあげるんですから。
まぁでも、何かに夢中になってる姉さんも嫌いじゃないわ。