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ノイズキャンセラー

作者: 突然の嵐

 数年前、毎週のようにラジオをきいていた。毎日ではなかった。生活に余裕がなかったからだ。


 その日もラジオをきいていた。あまりに忙しくて、とても疲れていて、ラジオから流れてくる音は耳に入るそばからどこかへ消えていった。

 僕はそのとき、何故だか必死に天井を睨んでいた。そこにある木目が顔に見えて、目を離したらなにかされると思い込んでいた。何度も言うけど、とても疲れていたんだ。

 そんな僕にはお構いなしに、ラジオはいつもように、とりとめのないメッセージを流していた。なんの話だったかは覚えていない。それがいつしか、砂嵐に似たノイズに変わっていた。気づいたのは、たまたまだった。所詮木目は木目だと、天井から意識がそれたからだ。

 ノイズに気づいた僕は、すぐさまチューニングした。しかし中々うまくいかない。だんだんとイライラしてきた。震えながらダイヤルを回し続け、ノイズが途切れるまでにどれほどの時間がかかっただろうか。ホッとしたのもつかの間、違和感に気づいた。スピーカーから何も流れてこない。僕はラジオを見つめた。ラジオはうんともすんとも言わなかった。だが僕は、機械が音を発するのを待ち続けていた。


 事態が動いたのは、夜が更けてから。その時にはもう、日付が変わっていた。


「たすけて」


と一言、スピーカーから音声が流れてきた。真に迫った、けれど消え入りそうな声だった。それを聞いた僕はひどく動揺した。

 今でもあの時の感覚は忘れられない。


「たすけて」


 また、ラジオが言った。僕はバがみたいに立ち尽くして、その言葉をきいていた。ただきいていた。

 「助けなければ」。そんな想いが、確かに胸の内にあったと思う。


「たすけて」


 だけど僕はラジオの電源を切った。疲れていたんだ。僕は助ける求める声を、聞かなかったことにした。

 電源を落とすと、当然ながらラジオは静かになった。静寂が部屋を侵食しはじめる。僕の胸の内には、重たいしこりのようななにかが残った。


 僕は押し入れの中に、黙ってしまったラジオをしまいこんだ。もう二度ときくまいと思った。




 それからだ。幻聴が聞こえるようになった。「たすけて」「たすけて」と魂にすがりつく声。どうしようもなく、罪悪感がかきたてられる。

 僕はそれまで以上に忙しくすることで、罪の意識を紛らわせようとした。しかし、うまくいかない。

 僕は疲れていた。


「たすけて」


「たすけて」


「たすけて」


 とうとう耐えられなくなった。追い詰められて仕事をやめた。

 ラジオに対する罪悪感はいつからか、憎しみへと変化していた。


 帰宅後すぐに、押し入れからラジオを引っぱりだした。あの日と変わらない姿をしていた。僕はそれを壁に叩きつけた。

 しかし一度叩きつけたくらいでは、機械は壊れなかった。床に転がったそれを拾い上げ、僕はもう一度壁へ投げつける。壊れない。だからもう一度。壊れない。ではもう一度。それをずっと繰り返した。


 我に返ったとき、ラジオは壊れていた。

 そして僕も壊れていた。


 その事実に気づいた瞬間、僕は大声でわらっていた。それはもう、腹の底から。ヒビ割れた声は、はたからきいたら醜いノイズだったろう。

 空っぽの胸に残ったのは、罪悪感と高揚感と、それから拭いきれない憎しみだった。それがおかしくておかしくてたまらなかった。


 ラジオなんか、もう二度ときくものかと思った。




 結局、そんなことがあってからも「たすけて」という幻聴は消えない。

 だからだろうか。現実に聞こえてくる、助けを求める誰かの声には、積極的に手を差し伸べるようになった。そうありたいと思っている。

 元々僕の中にあった善性が、罪悪感をトリガーにして蘇ったのかもしれない。だけど、相変わらず僕は疲れている。


 あの日のラジオはもう手放してしまった。けれど、僕の胸の中にはまだ、壊れたラジオの姿がある。

 声は今でも聞こえてくる。


「たすけて」


 呪いのように。怨嗟のように。

 きっと墓までついてくるに違いない。

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