バタークッキーこそ地獄の始まり 3/3
「……やっぱりここにいたか」
治安維持部隊の隊員であるバンドーは、とある酒場に来ていた。
目的は酒ではなく、ここに入り浸っているはずの同僚の男のほうだ。
案の定と言うかなんと言うか、目的の男はいつもと同じ席に座り、いつもと同じつまみを食べながら、酒をかっくらっていた。
「んァ?
なんだバンドー……お前も食うか?」
つまみ、なんて言っても酸味があるだけのパワーフードだ。
口に入れれば酸っぱい。その程度のもの。
その程度のものでさえも、パワーフードに比べれば一皿10食分くらいの値段になる。
これがこの世界の普通だ。男二人も周囲の人々も、その値段に疑問を持ちはしない。
「いつだったか、お前はHTの起動キーを紛失してたよな」
バンドーはつまみの話を無視して本題に入った。
そうなのだ。この同僚の男はそういうところがズボラなタイプだ。
サープルズはまあまあな男所帯なので、そういった紛失物が見つかることは少ない。
無論、HTの起動キーを紛失となれば大問題なのだが、この男が紛失した際は上司もあまり問い詰めなかったことを、バンドーは覚えている。
それに、外縁部には良くある話、と言えばあながち間違いでもない。
同僚の男は「なんだそんなことか……」とつぶやいてから、
「俺のズボラもたまにゃあ役に立つだろぉ?」
全く悪びれもせず、そう言い切った。
鳳凰の扉暴走事件は、推測で100人以上の死傷者を出した。
さすがにここまでの事件は外縁部でもそうそう無いし、それなりに大きな話題になっている。
と言っても、既に終わった事件でもある。犯人とそのチームメンバーは捕まっているし、機体も転送機も押さえてある。鳳凰の扉のメンバーがこれ以上の事件を起こすのは不可能だ。
サープルズの迅速な出動までは良かったものの、相手のヤバさを見誤った。
だがこの件でサープルズが責められることはなかった。ある意味、どうしようもないためだ。
機体の転送を不可能にしたならしたで、外縁部の産業にはかなりの痛手になる。
HTという兵器を運用するにあたり、ワープ技術はこうした事件を飲み込んでも余りある恩恵なのだ。
犯人は捕まった。動機もすぐわかった。被害者は運が悪かった。公的にはそれで済んだ。
残された謎と言えば、誰が”あの”HTを操縦していたのか、だけだ。
と言っても、サープルズとしては、そこで酒を飲んでいる男が乗っていたことになっている。
ある種の疑惑というやつだ。
そう。
あの、卓越した操縦技術をもってダンローザに飛び蹴りを食らわせたHTの中には、誰も乗っていなかったのだ。
ワープしたのはわかりきっているが、パイロットの痕跡はと言えば、うっすらと残った皮脂くらいのものだった。
外縁部にはDNA鑑定なんて設備も無く、個人登録遺伝子情報とは仕組みの違いから適合しない。
唯一の手掛かりはレコーダーだが、コックピットを映しているわけではない。
そして当日、酒を飲んでいる男は非番であった。
それを理由にマスコミと警察は、誰が乗っていたのかはわかっていないと報道した。
”誰か”がサープルズのHTに勝手に乗り込み、戦闘を行った。
これはサープルズの規則違反で、処罰対象だ。それを追いかけるのがマスコミや警察の仕事だと主張する。
そういうことで、聞き込みや調査によって違反者を追い詰め……られてはいない。
警察に限っては実際、調査をした上で何もわかっていなかっただろう。
HTのレコーダーを見たところで、戦い方や癖からパイロットを見抜けるような人材もいない。
警察はHT乗りではないのだ。HTのことは表面的なことしかわからない。
ただ仮にパイロットを見抜いたとしても、全く意味が無いとも言えた。
マスコミや警察といった面々が何よりも欲しいのは、確定情報だからだ。
こういう事態に何かができるパイロットは限られている。絞れはする。
だが確証には至らない。それっぽく戦っていたからこいつだ、と追及したところで、証拠にはならない。
当人が違うと言えばそれまでで、アリバイを調べたところでHTに乗っていたことを証明はできない。
そもそもこの世界の人々はワープをする。アリバイの証拠能力が弱くなってから久しいのである。
なんとかして違反者を見つけたい。それが街をより大きな被害から救った英雄であったとしても。
いやもっと言えば、違反者が英雄扱いされることが気に入らない、サープルズの失態を報じたい、警察の権勢を増したい、と、そういうことでもあるだろう。
仮にここが法治国家であったならば、もちろん手順や規定を守るべきであるのだが……
そもそも当のマスコミや警察が、そういったものが無いのをいいことに好き勝手やっているのだから、規則がある側が一方的に損をする世の中なのである。
そして、やりたい放題やっている者がいれば、下心を見抜く者や、その手法に反発する者も現れる。
100人以上が死傷した。大惨事だ。
マスコミや警察はその原因を、鳳凰の扉のリーダーという犯人ではなく、サープルズの怠慢ではないかと問いかける。
更には犯人を捕まえた英雄は規則違反者だ。
そうした前情報を伝えた上で、警察や他の団体などがサープルズへのメスを入れるべきではないか、などと聞くわけだ。
聞き込みをしてきたのが誰であれ、そういう聞き方をすれば、そういう意図を感じ取ってしまう人も少なからずいる。
見抜いた者は当然その意図を共有する。
こちらも確証など無いことだ。あくまでも聞かれた事実だけを広める形が多い。
そして話をするのだ。議論に近いかもしれない。
あれやこれやと仮定や空想を膨らませていくわけだ。
100人以上の死傷は誰の責任か?どう考えても犯人の責任だ。
それを止められなかったのは怠慢か?60秒で現場に到着し、セオリー通りの攻撃を行ったことが怠慢なら、例えば警察の指揮下であれば、それを加速または確実性を増せるのか?
被害を防ぐためだと言うならば、警察なんぞの横槍よりもサープルズの装備を増強するべきだろう、と。
そういう結論に至ると、ではなぜマスコミや警察はサープルズにメスを入れようなどと考えるのか?となる。
こうなったら最早邪推や陰謀論の域だが、それでも盛り上がる時はあるものだ。
結果として、警察は違反者不明の発表を早々に行った。
旗色の悪さに降参した形だが、当然二度とこのようなことがないように、などと釘を刺すのは忘れない。
だがそれも悪あがきにすぎない結果に終わる。
サープルズ側がマスコミを呼びつけて行った会見では、二度目になる”非番のパイロットが搭乗していた”という主張を再度行うと共に、警報が鳴っても、警察が住人の避難誘導などを行った形跡が一切無かったことを批判したのだ。
対HT戦闘は警察の仕事ではない。
警察は主に違反の摘発をはじめ、対人の、窃盗だとか暴行だとか殺人だとか、そういったことに対処する組織だ。
HTが主力となっている外縁部においては、時代遅れの組織だと言っても過言ではない。
それでも不要ではない。サープルズでは大雑把過ぎる事件を担当するのが警察だからだ。
お互いに必要だから、双方が存在している。
……のだが、警察が仕事をしていなかったことが広まると、最終的に警察の評判を落として終わることとなった。
マスコミの評判は既に地の底だったので変わらなかった。
外縁部に限ってだが、マスコミへの不信は凄まじいものなのだ。
なにしろ普段、自分たちを外縁に追いやっている中央の連中を褒めているので。
――そんなこんなあり、周辺が落ち着くまでにはしばらくかかった。
落ち着いた頃に、バンドーは今同僚の男を訪ねているというわけだ。
つまみを文字通りつまみながら安酒を流し込む同僚の男は、バンドーにとっては知り合いと友人の間に位置する関係だ。
特筆して仲が良いわけでもないが、別段仲が悪いわけでもない。
互いに出動する日も異なるため、戦友と言えるほどの間柄でもない。
だからまあ、この提案自体も適当に言うわけだ。
「お前のHT、改造するか?」
その提案に、同僚の男はジョッキをあおり続ける。
そして一息ついてから。
「いらねえだろ。
俺のHTがあのままでも困りはしねえだろうしな」
バンドーは、(まあそうだろうな)とは思った。
しかし、それはバンドーの本意ではない。
「マスコミと警察が退いたからか、街のほうで結構噂になっててな。
お前、例のアクロバティック軌道を実際にやらされそうだぞ」
「………………」
同僚の男の手が止まった。
そうなのだ。違反者追及が止まったことで、当のパイロットがこの同僚の男であるというサープルズの公式情報が鵜呑みにされている。
それと街の子どもたちに、例の”空中側転からの反転飛び蹴り”が人気になっており、サープルズの地位向上と言うか、寄付金目当てと言うか、まあ寄付金目当てにショーを開こうという話が出て来ているのだ。
無論、これはサープルズの上層部……即ち現場をあまり知らない人間によって企画されたものだ。
この区域のサープルズメンバーの誰もが知っているのは、この同僚の男にそんなアクロバティック軌道ができるはずがない、という一点だ。できないとわかっていて誰がそんな企画を立ち上げるものか。
同僚の男はしばらく固まった後にジョッキを置いて、口を開く。
「……いくらかかるかな……」
「半額は出してやるから」
まあ、こいつが紛失したと言っている起動キーが辿り着いた先のおかげで自分は助かり、なんだかんだ事件も解決したわけだから、それくらいの責は負ってやってもいいとバンドーは考えていた。
「……マジで?
心の友じゃん!」
バンドーはこのお調子者の相手をするのが急にめんどくさくなってきた。
ショーが上手く行ったかどうかは……ご想像にお任せしよう。
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ところ変わって例の輸送部隊の拠点(建て直した)では。
「フェンネルさん!」
「また駄目だったのかい」
「フェンネルさんが食べさせればなんとかなりませんか?」
「ならんと思うけどねえ……」
シュリは二度も助けてもらったユウに何かお礼をしたいと考え、
あ、そうです。フェンネルは察していました。腕前考えたらユウしかおらんということで。
一応黙っているようには伝えてあるけど、まあ今更証拠もないから別に言っても平気かな。
そう、お礼をしたいと考え、手料理……という名の、パワーフードを温めたり冷やしたり甘味や酸味や塩味を付け加えたりしたやつを提供した……かったのだが。
けど当のユウにめっちゃ首振って拒否されたので、けどシュリには料理くらいしかお礼になるものがないので、少々困っていた。
「あいつはそういうの気にせんと思うよ」
「それは……そうだと思いますけど……」
まあ、フェンネルにも気持ちはわかる。フェンネルとて経験のある話なのだ。
ユウという幼女は大恩を着せて来る割に、恩返しをさせてくれない。
無論、欲がないわけでもないことくらいは知っている。何に金を使っているのかは知らないが、何かに莫大な金を注ぎ込んでいるのは確かだ。
ただ、まあ、金となると、フェンネルやシュリにはなかなか用意しづらい。
そもそもフェンネルたちが得る金は、ユウたち傭兵の稼ぎから出ているのであって。
「……あ」
そんな話をしている最中、当事者がのこのこと歩いているのをシュリが見つける。
フェンネルがつられてその方向に視線を向けた時には、ユウの目前でシュリが話しかけていた。
シュリ……お前すばやさいくつなん?
しかし交渉(?)は芳しくないようで、ユウは相変わらず首を横に振りまくる。
そして、どこか諦めたような表情で、ポケットから手のひらサイズの白い袋を取り出した。
フェンネルは……
その瞬間、何か非常にマズい予感がした。
長年の勘か?女の勘か?はっきり言ってなんでもいい。
絶対に開放してはならない悪魔が、この場で解放されようとしているような。
そんな気が、いいや、確信があった。
「ユウ、シュリ。
”それ”は二人きりのところでやれ」
「えっ?
あ、いえ、わかりましたけど……」
ユウも頷き、シュリと共に去りぬ。
フェンネルは何も見なかったことにした。
どこからともなくシュリの叫びが聞こえたような気がしたが、全力で気のせいだと思うことにした。
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決して高くはないが安物でもないバタークッキー。
15枚入りで5万ドル也。
シュリの給料(見習い分)、月1000ドル。
ただ、成果給も一応程度にはあるので……
シュリの労働地獄が始まったのだった。
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