6、考えがあったんだ……
^_^
「3つ」
(ふざけんなよあのガキ!)
「2つ」
(あのタイプは舌ぐらい簡単に噛みちぎる!)
「1つ」
(ぎりぎり、間に合うか⁉︎)
バキッ
(よし、間に合ッ!
………なんだここ?)
寸前のところで少年の首枷を蹴り壊した立髪は、飛散した木片で一瞬隠れた間に様変わりした視界を呆然と見渡していた
今まで見えていた野原と打って変わって、そこには、ロウソクの薄暗い灯りに照らされた高価そうな長机と、そこに座る珍妙な箱と少年があった
「それでは、手短に行きます。
私はそこの少年の寄贈物で『約束』を司ります。
そして、そこの少年が
『取引相手を認識する』という発動条件を達成したので、このような場を設けさせていただきました。
それでは存分に」
一瞬の沈黙の後、少年が先に口を開く
「それじゃあ、せっかくだからおじさん!
俺と賭けをしよう!」
突然のことに、状況を飲み込みきれていない立髪は
「………内容は?」
そのばしのぎで、とりあえず聞き返す
少年はわざとらしく考えるふりをした後
「僕が本物の王子様であるかどうか、ということをおじさんが当てられるかどうかについてで」
立髪は面食らって一瞬固まった後に、
「ハッ、馬鹿馬鹿しい……」
と、鼻で笑う
それを見た少年が嬉しそうに聞く
「へぇー、そんな馬鹿にしてるけど、
どっちに賭けるのさ?」
少し間を置いてから立髪が答える
「当然かけるものによるが……
もちろん正解できるという方に一票だ。
お前は間違いなく王子だからな。
……だが、そもそもの話、
俺がこの話に乗る必要が全くねぇだろ。」
「!!!!!
確かに……青天の霹靂……」
少年はまたしてもわざとらしく、そして大変鬱陶しくそう言った後、
「じゃあ賭けの内容をこうしましょう!
まず、僕が勝った場合は全力で僕を逃してください。
そして、肝心のおじさんが勝った場合ですけど……
仕方ない、その場合は僕が大人しく捕まり続けます」
聞いた瞬間立髪が呆れた口調で返す。
「なにが仕方ないだ。
それならますます乗る意味がねぇだろ?
どうせ、そんな賭けに乗らなくてもお前は逃げられないだろうが」
少し間を置いた後、
「確かに、そんな意見もあるでしょう。」
「それしかねぇーよ!」
食い気味だった
「はいはい、わかりましたよ、
じゃあ『僕が今持ってる財産全てあげます』
これでどうですか?」
「それこそ、今お前はなにも持ってねぇじゃねぇか!」
またしても食い気味だった
少年は少し固まった後………
泣き出した
「グッスン………
そんなはっきり現実を突きつけないでもいいでしょ!
一生懸命色々こねくり出してるんですから!
こっちは崖っぷちというか、崖下でモゴモゴしてる状態なんですよ!
もっと優しくしてくれてもいいでしょ!
はぁーあ!
というか、そもそも、
もっと自分のギフトが使いやすかったらなぁー!」
そう言って少年は少女に視線をちらりと移す
数秒、沈黙があった後
「ごめんなさい」
少女がそう、涙ぐみながら言った
「本当だぞ」
「え?」
ので、予想外の追い討ちに驚いていた
悲しみに暮れる少女を尻目に少年が続ける
「だって、せめて『僕の寿命を賭ける』とかそんなファンタジー的なことができたらいいのになと思って!」
「あぁ、それならできるよ」
食い気味だった
「………………………え、できるの?」
「うん。
重さはこちらの独断と偏見で決めるけど、大抵のものは天秤にかけられるよ。」
数秒少女と目を合わせた後、少年は立髪の方に勢いよく向き直し
「…………お、おうおう!見たか!
これがうちの寄贈物さんの実力だぞ!」
「わぁーい、ねじきれんばかりのてのひらがえしだー」
清々しかった
少し考え込んだ後、少年が切り出す
「それじゃあ決まりだ!
僕が賭けるのは『自分が失った財産』だ!」
少年がそう告げた瞬間、少女がニヤつく
たてがみが、すかさず口を出す
「何を言い出すかと思えば……
それは正直、魅力的ではあるな。
なんせ、あり余るほどの大金が手に入るだろうからな。
だが、失った財産なんてものは今、お前の手札にないだろ?
そんなもの持ち出せ、」
「勘違いしているようだが」
少女がたてがみと目を合わせず、前を見たまま答える
「これはただの約束だ。
本人たちが了解しさえすれば、客観的な釣り合い自体は全く考慮されない。
ただ、自分の手持ちにないものを賭ける場合、『自分との取引』ということになるから、その場合はそれなりの代償は払ってもらうけどね。
で、今回はそれに該当するのだけど………
当然、用意はあるのだろ?」
そう言って、少女は少年の方を見る
「なんでそう、過大評価されているのか……こっちは全然、覚悟もできていないのに……
じゃあ、とりあえず、賭けに負けた時に、失うものの内容を教えてもらえませんか?
それから決めたいので…」
そう言いながら少年は一度、視線をはずす
そして、すぐさま立髪の方を向き
「それはそうと、賭けには乗るってことでいいの?
おじさん?」
と聞く
聞かれた、たてがみは考え込む
(正直狙いが見えないな……
自分が王子であることは、自分が一番わかっているはずだ。
そして、それを俺が確信していることも……ということは、そもそも勝つ気がないのか?
……その場合、狙いは……)
「おーい、大丈夫ですか?なにやら考え込んでいるようですけど?
……どうせならお手伝いしましょうか?」
少年はニタリと笑う
たてがみは目を合わせながら聞く
「何をしてくれるんだ?」
「そうだな………猶予をあげるとか?」
「猶予?」
「今から一度、この場を離れて現実の時間に返してもらう。
そして、それに追加でおじさんが考えやすいよう、僕のここでの記憶を消してもらういましょう。
そしたら、賭けのことなんか知る余地もないんだ。
ブラフもクソもない。
良い判断材料になるでしょ?」
たてがみはますますわからなくなっていた。
「制限時間は?」
「時間じゃなくて、僕の身に危険が迫ったらでいいですか?
それなら、僕の身の安全が保証されるでしょ?
後処理として、僕に危険が及ぶ少し前の時間にもどして貰うということにして貰えば、
おじさんの考えが固まった時に、僕の脈近くでも切ってもらえば戻って来れると思うので。」
耳を撫でながら少年は他人事のように答える
「は?」
立髪はますますわからなくなっていた
(馬鹿かこいつ……
それじゃあ俺は何もせず、取引時間まで待っていれば変な橋を渡らずに済むというだけの話だろ……
……いや、いったん整理しよう。
こいつの今の第一目標は、俺から逃げること……
……のはず
だが、こいつの今の聖圧の感じからして、到底俺たちから逃げる余力があるとは思えない。
だからこその、この寄贈物であるはずだが………
だめだ、マジでわからねぇ……
今のところ俺にしか利点がないだろ!
クソッ、狙いが分からねぇが、一度乗るか……)
「わかった。それで行こう」
意を決した立髪の言葉に、少年はニヤつく
「おおかた決まったらしいね」
今まで黙っていた少女が、突然口を開く
そして、回答であろう二人の沈黙の後
「それじゃあ……行っていらっしゃい」
そう言って、少女は無邪気すぎるくらいに手を振る
その間、片方は頭を抱え、片方は顔の前で手を組んで笑っていた
…………………………
「……という約束でお間違いなかったですね。」
「Hey!もちろん!」
少年がいきいきと返事をすると同時に、
どす黒い穴が空いた左目から血が垂れる
たてがみは今にも舌打ちしそうな顔である
「それじゃあ回答に移ろうか?
いや、その前に質問だったかな?」
少女はたてがみを横目で見ながら言う
ひとつため息をついてから、たてがみが口を開く
「単刀直入に聞く。
お前はさっき本当に記憶が無かったのか?」
「ええ、もちろん」
間を置かずに少年が答える
「じゃあ聞くが、お前の狙いは」
「いいや」
今度は途中で答えた
「まだ聞いてねぇーだろーが!」
立髪のごもっともな怒りだったが
「だって、さっき一つだけって言ってたし……」
思っていたよりも正論で返された
「それに、
『お前の真の狙いは!
俺が賭けに勝った場合の報酬であるお前の失った財産……
の!
中にある"お前の失った記憶!"
じゃ無かったのか⁉︎』
とか言うのかと思いまして。」
立髪は何も言い返さなかった
図星なのだろう
「え、本当にあってたの?
………なんか、すいません。」
気まずい時間が少し流れた後、立髪がおもむろに続ける
「普通の人間なら、自分の記憶がなくなった場合、全力で取り戻そうとするはずだろ……
なんせ、記憶がないってことは自分が何を目標にして生きていたのか……
誰のために生きていたのかわからなくなるなんてことは、死ぬこととなんら遜色ないことだろうが……
なのにお前は…」
「別に、過去が気にならないわけじゃないですよ」
少年がまたしても食い気味に答える
「ただ、さっき生まれたばかりで偽りの過去を植え付けられているだけなのかもしれない我々人間が、なるようになったようで薄紙一枚の過去に、必然であるはずで取るに足らないような過去に、真面目に、生真面目に、向き合い、不服を呈そうとするだけの余力が、今の僕にはないというだけの話ですよ…………ふふふ」
そう言って少年は、左目を抑えながらはにかむ
それと同時に、堪えるような笑い声が聞こえた気がするが気のせいだろう
「はぁ」
立髪が一つため息をついてから続ける
「お前が、過去を振り返らない性分というか、病的だということはわかった。
それなら、お前の真の目的は、
『俺が賭けに勝った場合の報酬であるお前の失った財産に、
"王子様の寄贈物"言い改め、
"最強の悪魔から狙われ続けるという貧乏くじ"
を無理やりあてがう』
ということだったんだな」
「えーと、まぁ、大体は」
少年はえらくよそよそしく答える
そんな少年を無視しつつ、立髪が続ける
「それじゃあ疑問が残る。
お前は、賭けの報酬を決めていたあの話し合いの段階で、自分の失った財産を天秤にかけた。
それは、現実世界に戻った、賭けの存在を知らないお前が、自分の目を潰す。
ということを賭けの話し合いの段階で悟っていたということだろ?
どうしてそう確信していたんだ?」
少し間を置いてから少年が続ける
「単純ですけど、あの賭けの話し合いを始める前から決めていたというだけですよ。」
ひどくめんどくさそうに答える少年に唖然としながら立髪は話続ける
「あれ以前だと……
だったらお前は、自分の寄贈物が何なのかもわかっていなかったあの段階で捨てるという選択をしていたということか!
……馬鹿かお前
お前にとって寄贈物こそが脱走の切り札になるはずだったんじゃないのか?
それを、俺の選択肢を潰すことだけに使ってくるなんて……」
とても不思議そうな顔をして……少年が始める
「えーと、だからこそあなたの裏が取れたのですよね……
……なんですか?
ここは懺悔室ですか?
自分が気づくことができなかった理由をペラペラと。
あーあ、大層非凡な常識……いや、経験をお持ちのようで!」
少年の煽りに触発されて立髪が返す。
「読めるわけねーだろ!記憶喪失者の考えなんて!
……ちょっと待て、お前今、記憶喪失なんだろ?
じゃあ、覚悟を決めるだけの動機もないのにどうやって自分の目玉を潰したんだ?」
初めて恐る恐る聞く立髪に
「 ……ネジの外し方ですかね」
めんどくさそうに少年が返す
「は?」
「たまにいるじゃないですか。
頭のネジが外れてるぜ!っていうやつ。
あれはただただわかっていないだけなんでしょうけど、僕の場合は緩めるんですよ。
必要なだけ。
そしたら、自ずと神様側から寄ってくるという寸法です。」
少しの間があったが、
「いやいや、冗談ですよ!
単に他に何も思いつかなかったので、減らすしかないなと思っただけですよ」
急いで放った少年の弁明は、思いの外しっかりしていた
立髪が呆れた顔で返す
「はぁ……
意味わかんねぇ……
目はともかく寄贈物だぞ………
お前、寄贈物なしであの最強の悪魔から逃げる算段あるのかよ………」
「…………当然」
立髪が驚きを隠せず少年の方を向いた瞬間
「ハイハイ!
それくらいでもういいかな?」
少女が雑に割り込む
「脱線しそうな気がしたので……
それじゃあ、そろそろ回答してもらおうかな?
………あ、ごめん、その前に」
少女が突然、
箱を脱ぎだす
驚いたのも束の間、少年の目はハコの少女に釘付けになった
そこには、
人形がいた。
綺麗な。
少年は……ゆっくりと吐血した
「二言は受け付けません。
……それではどうぞ。」
「はぁ……」
立髪のため息は深かった。それもそうだろう。
外せば、強制的に逃亡の共犯にされ、当てれば、王子の寄贈物改、悪魔の餌という貧乏神をなすりつけられる解答なのだから
‥‥‥‥………………………………………
^_^