離婚の理由
「で、離婚て、浮気でもした?」
むせかえってしまったマイルズに、彼は宛然と微笑んでいた。
「・・・いや、正直言って彼女が離婚を言い出した理由がわからない」
マイルズは思い返した。もう何度も考えたことだ。結婚生活はうまくいっているものだと思っていた。子供がなかったのが寂しくはあったが、だからといってその事で言い争いをした事も無い。周囲からもとやかく言われた事もない。金銭的な理由も的外れだった。並外れたような贅沢な要求をされたこともない。彼女はむしろマイルズより倹約家だった。
仕事のこともあり、彼女い隠し事がないとは言えない身だったし、その事が原因なのかと思いもしたが、これといって彼女がそのことで問い詰めてきた事もなかった。
いわゆる「性格の不一致」というヤツには自信がある、と胸を張って言えないのが辛いところだ。波風のない穏やかな家庭。幸せなのだと思っていた。
「ふーん、それが一番の原因かもな」
クロフォードの言葉に顔をあげる。
「それって、何がだ?」
「・・・分からないのが、最大の原因だ、て言っているんだよ」
ぐっさり、クロフォードが指した指が胸に突き刺さったような気がした。全く同じ言葉を彼女が言ったのだ。「・・・・分からないのね?それが原因よ」
だが、さっぱり理解できずにいた。それが、このクロフォードには分かるということなのだろうか。
店を出る段になって、内ポケットに伸ばした手を彼が止めた。
「今日は、私が誘ったからね」
「・・・有り難く。お返しに今度飲みにいかないか?良い店紹介するよ」
「良いね」
優雅なランチを楽しんだその日の午後は、なぜか二人で引っ越し作業になった。
資料室で息が詰まると、クロフォードが一旦自分の席に引き上げ、ついでに上司からフロアの端にあるほとんど使われていないブースの独占使用権をもぎ取ってきたのだ。
「これで、コーヒー、紅茶飲み放題、かび臭い書類と同じくらい干乾びたミズ・アイリーンの白い目にさらされる事もない。更にここは禁煙ルームじゃないからな!」
「資料と端末機を運び込み、ネットワークをセットし終わってクロフォードが両拳を突き上げて失礼な台詞を交えつつ言った。
確かにこの部屋は一種の喫煙ルームとなっていて今や全世界のオフィスで肩身の狭い喫煙者達の憩いの部屋でもあった。本来は小規模のミーティングに使われていた場所でもあった。ガラスで天井から床まできっちりと仕切られ、空気清浄器、排煙機器が揃っている。このブースが使われない一つの理由が、匂いが染みついていて非喫煙者には不評だからだ。
それを聞きつけたネットワークエンジニアが憤然という。
「・・機械に悪いって何度も言ってるじゃないですか。やめてくださいよ。貴方がただけなんですから、ね。機械が不調だって見に行ったら原因がヤニ詰まりだっていうの。洗浄にどれだけかかったとおもっているんですか」
「・・・がた?」 言葉の一部を聞き咎めたクロフォードがつぶやいた。
「この部署で1、2をあらそうヘヴィー・スモーカー二人が組んで仕事だなんて」
少し驚いた顔でマイルズを、クロフォードが見る。
「一緒にするなよ。私は彼の半分くらいしか」マイルズの抗議にエンジニアは断固とした口調で、「かわりません!」と言い切った。
二人でニヤリと笑って目を見合わせ、早速一服し始めたのを、さも嫌そうにエンジニアは睨みつけながら退散した。
「あんた、吸わなさそうに見えたんだけど」
緩く煙を吐き出しながら、クロフォードが言った。
「君は有名だけどね。私は禁煙失敗組。それでもかなり減らしたから、君の半分くらいだと思うよ。」
「何で有名なんだかな・・・下手に減らすと仕事に入れなくなるんでね。でも、まあこれからは減らしても良いかなあ・・・」
彼が続けた言葉は、今までの仕事を物語るものだった。




