二人で食事
溜息を吐き出した時、マイルズはクロフォードがこちらをじっと見ているのに気付いた。
「ため息ばかりだな、何かあった?」
「え?」
彼に指摘されて初めて自分がやたらに溜息を吐いていたことに気づかされた。クロフォードの視線は、マイルズが答えるまで外されることはなかった。
「・・・実は離婚調停中でね。自覚はなかったがそんなに溜息ばかり吐いているか」
笑っては見せたが、その笑みには力は無い。自分で思っていた以上の痛みを感じて、一瞬胸に手をやる。妻の顔が脳裏に甦った。
黙り込んでしまった相手をどう思ったのか、クロフォードは時計に目を遣って言った。
「ちょっと早い昼食にするか。ケントみたいな例もいるし、妻帯者の野郎をランチに誘うのはどうかと思っていたが、そういうことなら誘っても支障はないな。どうせなら、相手は妙齢の独身女性が良いとかいう文句は無しだぞ。」
彼の言葉に僅かに笑いを誘われマイルズは頷いた。ケントというのは局内でも有名な愛(恐)妻家で毎日手作りのランチを持ってきていたからだ。
省内に設置されたカフェテリアに向かいかけたマイルズにクロフォードは首を振る。ついて来いというように、目を見た後で彼は踵を返した。
促されるまま建物を出て、暫く歩いた先で恐ろしく細かい小路に入っていった。こんなところに、こんな小路があったことさえマイルズは知らずにいた。戸惑って立ち止まったのを数歩離れたところで彼が不審そうに振り返って待っている。慌てて彼のあとを追う。
更に数分歩いた所で、クロフォードは薄汚れたドアを開けた。ある意味珍しくもない石造りの古い建物。一体何百年ここで営業しているのかと思われるドア。
戸口をくぐると想像からかけ離れた不思議な空間があった。さほど広くはない店内、ちょうど入ってきた扉からまっすぐ店内を横切ると、大きく開かれたカラス扉があり、緑豊かな庭に続いていた。店内は暖かな色調で南仏風のインテリアで整えられている。密かに知られている店なのか、室内のテーブルはほぼ埋まっていた。入り口に立った二人に気づいてウェイターが話しかけてきた。
「こんにちは。ミスタ・クロフォード。お連れ様がいらっしゃるとは珍しいですね。いつものお席でよろしいですか?」
「えーっと、あんた、庭の方の席と室内、どっちが良い?」
振り向いてたずねるクロフォードにつられたのか、ウェイターまでこちらを凝視する。
「君に任せるよ」
「じゃあ、いつもの席で。好き嫌い、アレルギーはあるか?」
すでに席にむかって歩きながら振り返ってマイルズに質問を続けた。
「特には」
「メニューもいつもの通り。ああ食後には彼には紅茶を」
それだけで、オーダーは終わったらしく、ウェイターは我々から離れていった。
ガラス扉を開けるとそこには想像した以上に広い庭があり、3つほどのテーブルが設えられていて、一つ一つが、だいぶ離れている。その一番奥の席に、クロフォードは歩み寄った。
庭先は、貸し切りの状態だった。しかもそのテーブルからは室内の様子は見えない。つまり室内からもこちらの様子は見えない。 周囲をぐるりと壁が取り巻いていてあちらこちらに窓があるが、その席は、ぽっかりとどの窓からも離れている。周囲の壁には蔓バラが匍い、ちょっとしたバラ園の様相を呈していた。壁に取り巻かれているせいか、風もなく、穏やかな日の光が当たって心地よい。
「穴場中の穴場だ。この席なら取引話もできるぜ」
冗談めかして笑うクロフォードにマイルズは曖昧な笑みを返す。
やがて先ほどのウェイターが現れ、席に着いた二人の前に皿を並べ始めた。といってもちんまりとした皿に何やらサラダがのっているだけだ。
「ハーブと白身魚のカルパッチョのサラダです。今日は良い鴨が入りましたので、メインは鴨で。」
「良いね」
マイルズは一瞬喉元まで出かかった言葉を飲み込み、にこやかな笑顔のウェイターが姿を消したのを確認してから、言う。
「・・昼からコースかい?」
「悪い?ああ、ここの店はうまいよ」
すでに食べ始めていたクロフォードに促されて口に運ぶ。連れが僅かに目を瞠ったのをクロフォードは満足そうに眺めて食事を続けた。
昼にコース料理を食べるのが「悪いか?」と」尋ねられれば、法を犯しているわけでもないのだから答えは「否」だ。ただマイルズにとって、一応危険手当とか色々付きはするが、さほど高級を食んでいるわけでない身には、それは贅沢に思えた。
料理が進んでいって、最後にデザートを尋ねられて遠慮し、紅茶が運ばれてきた。クロフォードはエスプレッソのコーヒーが。紅茶はかなり高級な茶葉を使っているのがすぐわかる。食後の余韻を楽しんでいるとクロフォードが言った。
「で、離婚て、浮気でもした?」