5話
「る、るみぃさん、おはようございますッ! 今日もいい天気ですね、はっはっは」
エリクさんがにへにへしながら、ルミィさんと呼ばれた女の子に挨拶をする。
何だかテンションも高く、楽しそうに見える。
だがしかし、ルミィさんはコンマ1秒たりともエリクさんへ視線を向ける事が無かった。
ああ、そうかこの娘がルミィさんなのかと思っていると、
「ね、ね、カイルさん。美味しそうなスイーツのお店見付けたんだぁ☆ 今度一緒に行こうよー☆」
ルミィさんは俺に近付くと上目遣いで、スイーツとやらを一緒に食べに行こうと誘ってくる。
確か、ルミィさんは他の女の子と比べて積極性が高かった事を思い出す。
だからその、なんだ。
ルミィさんが俺と滅茶苦茶近い場所まで近付いていている。ちょっと動けば身体に当たってしまいそうな位だ。
「え、え!? あ、いや、その!?」
ルミィさんとの距離があまりにも近かったため、思わず俺はルミィさんとの距離を半歩遠ざける。
「私達付き合っているじゃないですかー? 恥ずかしがらなくても大丈夫だよ」
ルミィさんが幸せそうな顔をしながらぺったりとくっつく。
「いや、待って、待ってって、それ、勝手に付き合っている事にして良いってだけだってば!?」
俺は慌ててルミィさんを振り解こうとするが、中々どうして振り解く事が出来ない。
「じゃあ私は勝手にくっついてるだけです☆」
ルミィさんが嬉しそうにぺたぺたとくっついている。
その様子を宜しく思っていないのか、エリクさんが咳払いを1つして、
「ほほう、スイーツですか。良いですね。是非ともわたくしエリク・ロードもご一緒しましょう!」
更に眼鏡をクイッっと上げ得意気に言う。
俺としてはご一緒、じゃなくてルミィさんと一緒に行ってほしい。
そんな事よりも、剣の稽古をしたいんだ。
出来ればギルドマスターのルッセルさんから!
は欲張りすぎだからこのギルドで強いナイトの人から剣の稽古を受けたいのに。
「えっと、その、ごめんなさい。私にはカイルさんって彼氏が居ますので無理です。エリクさんには私よりも素晴らしい女性の方がいらっしゃると思うのでスイーツはその御方とご一緒にお食べ下さい
ルミィさんの言葉は俺に掛けた温和な言葉でなく冷たく単調な言葉だった。
その、凍てつく槍でぐさりと胸を貫かれたエリクさんは狼狽しながら、
「う、ぐっ、そそ、そうですよね! わたくしなんて根暗で陰険でうじうじしたウィザード何かじゃ太陽みたいに明るく輝いているカイルさんに叶う訳ありませんから……」
地面にしゃがみ込むと、石造りの地面で『へのへのもへじ』を描き出す。
当然、地面を傷つける訳もいかないからそのへのへのもへじを拝める事は無かったのだけど。
しかし、このままルミィさんをエリクさんに押し付けるのは難しいみたいだ。
ルミィさんにべったりとくっつかれたまま歩き続けるのは、まぁ体力トレーニングになるんだけどそれは良いとして周囲の視線が気になって仕方が無い。
ほら、もう既に鋭く突き刺さる冷徹な視線が俺の背中に突き刺さっている訳で。
「ルミィ? 女垂らしな男の相手なんてしたらダメっていつも言っているでしょう?」
視線の主は黒髪の女性だった。
白を基調としたローブを纏っているからプリーストかな?
この人も多分美人に見えるんだけど、誰だっけ?
リリアさんと同じぐらい美人に見える。
そう言えば、さっきリリアさんが自分と同じ位の美人が居るって言ったような?
名前、何だっけ?
どうにもこうにも人、特に女性の名前は憶えが悪過ぎるんだよな、俺。
学問なら割とすぐに覚えられるんだけど。
「お姉ちゃん? 大丈夫だよ、エリクさんとは私からはお話してないから」
ツンっと拗ねた表情を見せるルミィさんだった。
確かに、ルミィさんの言う通りエリクさんは女性なら所構わず話掛けているからアリアさんがルミィさんにそう指摘するのはあながち間違ってはいない。
「お、お、お、我等の女神アリア様じゃないですかーーーー!!! ぜぜぜ、是非僕と一緒にスイーツを食べに行きましょう!」
ほらやっぱり、と言わんばかりにしゃがみ込んでいじけていたエリクさんが、急に立ち上がると拳を握り締め瞳を輝かせながらアリアさんをスイーツ店へ誘う。
「違う、そこの緑髪の事よ」
アリアさんは自分への情熱的な誘いをするエリクさんを華麗に無視し、ルミィさんを見据える。
(あ、エリクさんが空を見上げぽかんとしている。魂でも抜けたのかな? あ、またしゃがみ込んで地面に描けない落書きを始めたぞ?)
「むー、お姉ちゃん? カイルさんは女垂らしてないから!」
ルミィちゃんが頬を膨らませむすっとした表情をしている。
どうやらアリアさんが俺を女垂らし扱いした事を怒っている様だ。
だが、アリアさんは頭に右手を乗せ大きなため息をついて。
「あのねぇ、この緑髪は7股掛けているって言わなかった? 言ったよね? 2股でもあり得ないって知らないの?」
アリアさんは呆れながら、ルミィさんを叱りつける。
「そんなの知ってるよ? 最初に教えてくれたもん」
「は? 何言ってんのルミィ? 頭大丈夫?」
「カイルさんは、全ての成績がトップなんだよ? 容姿も良いし、優しいんだから。そんな人ライバルが多いの当り前じゃん。ライバルに勝ちたいならそれ位やって当然だよ」
やや早口でまくし立てる、ルミィさんだけど。
「あのねぇ、そこの緑髪はその地位に甘んじて女の子を食っては捨てを繰り返したのよ? 同じ学園に居るのに知ら無いの?」
アリアさんからきつい言葉を受けたのか、ルミィさんがぽかんとした表情をし、ゆっくりと俺の方を見上げると、
「え? カイルさん? 私、カイルさんの彼女なのに、私だけは食べてくれなかったの……? そんなの酷いよ……」
何故か泣き出しそうになるルミィさん。
俺が自分を食べてくれない事にすごいショックを受けているみたいだけど、どんな趣味をしているんだ?
「いや、そんな事言われても俺、カニバリズムな趣味持っていないんだけど?」
真顔で返事をする俺だが、その瞬間周囲の空気が凍り付いた様に感じる。
アリアさんも、ルミィさんも、エリクさんも、目を点にしながら俺を見つめている。
なんで!? 食っては捨てるってどう考えてもカニバリズムじゃん!? そんな趣味無いしそんな事やったら衛兵に捕まるしかないと思うんだけど!?
3人のこの反応は一体どういう事???
「ルミィ、お姉ちゃんが悪かった」
続けて、アリアさんがルミィさんの肩をポンポンと軽く叩き、
「……健全な恋愛なら良い。……7股掛けていても目を瞑れる」
何かを悟ったかの様に呟く。
「う、うん、そうだよね」
「ルミィ。甘い物食べたくならない?」
「うん。食べたい☆」
ルミィさんが目を輝かせ、ニコニコしながら俺を見つめる。
「返事が遅くなって悪かった。エリクさん、スイーツ店へのお誘いお受けします」
何故か、エリクさんの誘いを受けるアリアさんだ。
と言いたいけど、よくよく考えれば別にこの二人はヴァイス・リッターでそれなりの関わり合いがある以上そこまで奇特な事でも無いか。
さて、ルミィさんとアリアさんとエリクさんがスイーツ店に行く事になった訳だが、
「おおお、なんと言う僥倖、なんと言うファンタジスティック! あのアリアさんとスイーツをご一緒出来るなんてまさに夢物語!」
エリクさんが、そのまま天に召されそうな位に幸せそうな顔を浮かべている。
この様子なら俺は、剣の稽古に励む事が出来そうだ。




