36話
「わーーーー、猫さんだ、可愛いーーー」
俺に釣られて振り返り、その仔猫を見付けたルミィさんが、うっとりとした表情をしながら仔猫を見つめている。
「みゃーお♪」
ルミィさんと目のあった仔猫は、トトトトトと地面を駆け、ルミィさんの元に辿り着くと、ぴょん、ぴょん、ぴょんとルミィさんの身体を跳ねあがりながらルミィさんの肩にストンと着地した。
「えへへ、私が良いの? 嬉しい☆」
可愛い仔猫に懐かれたルミィさんはご機嫌な様子で自分の肩に乗った仔猫に話しかけた。
「首に鈴をかけているし、飼い猫かな?」
飼い猫だとしたら、このまま『わんわん☆ぱらだいす』までついていくのは良くない気がする。
「みゃーお?」
仔猫は、まるで俺の言葉を理解しているかの様に首を横に振った。
「カイルさん、違うって」
ルミィさんは、仔猫の仕草を自分が都合の様に解釈をしている様に見えるが……。
まぁ、猫ならセザールタウンにちゃんと帰せば大丈夫だろう。
「そっか、なら一緒に着いていっても大丈夫かな」
「みゃーお♪」
仔猫は、やはり俺の言葉を理解しているのかの様に首を縦に振ったのであった。
仔猫がルミィさんの肩を占有し、暫くした所で『わんわん☆ぱらだいす』行きの馬車がやって来た。
俺とルミィさんはその馬車に乗り込み『わんわん☆ぱらだいす』へ向かった。
『わんわん☆ぱらだいす』へ向かう馬車はガタガタと車内を揺らしながら整備された土の道を駆けて行く。
馬車の窓から遠くを眺めれば緑溢れる草木が生い茂るセザール平原が視界に映る。
あの草木の中には様々な動物が平穏に生活しているのだろう、と思いながらも初心冒険者が討伐する小型の魔物も生息しているんんだろうな、一般動物と小型の魔物はどんな生存競争を繰り広げられているのだろう? なんて、考えながらぼーっとしていれば、段々と馬車内の騒がしさが耳に入り出す。
馬車の外を向けていた視線を、チラッと馬車の中に向ければ父親と母親と子供達と言う家族が何組か居たり、はたまた若い男性と女性、つまりカップルなんてのも何組か居て、まぁこれから向かう『わんわん☆ぱらだいす』はそう言った人達が遊びに行く場所だよなぁと、決して男だけの3人グループで行くもんじゃ無いなーと思っていると、俺の心の声に賛同するかのように「みゃーお」とルミィさんの肩に乗る仔猫が鳴く。
そんな愛くるしい仔猫の鳴き声に対し、ルミィさんがはにかむ様な笑顔を見せる。
これはこれで何とも可愛らしい、なんて思いながら、仔猫とルミィさんどっちが可愛いのだろう? と考えだしてもしもそんな質問をされたら困るよなぁ、でも人間の言葉が分からない偶然出会った仔猫よりも、ヴァイス・リッターに向かえば高頻度で顔を合わせるルミィさんを可愛いと答えるべきだよなぁ。
なんて考えて居ると、ルミィさんがはにかみ笑顔のまま俺に対して楽しげに話し掛けて来る。
俺は適切な返事をしながら、確かルミィさんは自分の彼女に立候補した事を思い出す。
確かに今俺の隣に座るルミィさんは可愛い、けれど周りからよく聞く恋心と言うモノがよく分からない。
ルミィさんを可愛いと思う事はしょっちゅうあれど胸の鼓動が高まる感覚は一切ない。
それはリリアさんに対しても同じ、いや今まで出会って来た女性全てに対して同じであって。
女性と恋仲になったら色々あると言う話は聞くのだけども、その色々と言うモノに対して強い興味を抱いている訳では無いし。
俺に対して強い好意を抱いてくれるとしても、でも俺がその好意を応えきる事が出来ないままその気持ちを受け入れるのは相手に悪いと思う。
いや、それよりも恋人関係とやらになったせいで自分自身が鍛錬する時間を失う方が今の俺にとってはキツイ。
冒険者って奴は上を見ればもっともっと強い人達が居る訳で、セザール学園を首席で卒業したからと言ってそれに自惚れてそれ等の人達の領域にすら届かないと言うのはあまりにも情けなさ過ぎる話だから。
セザール平原を『わんわん☆ぱらだいす』へ向け駆け出し1時間程経過した所で、馬車は速度を落とし始め次第に停車した。
馬車を運転していた人が、馬車の中に居る人達に『わんわん☆ぱらだいす』に辿り着いた旨を告げると、中に居た人たちは順番に馬車の外へ降りて行った。
俺は馬車の中に居た人達が全て馬車の外に出る位のタイミングで立ち上がり、同じくルミィさんも立ち上がるとべったりとくっつきながら俺の腕を組み、やっぱり可愛い笑顔を見せる。
歩き出す合図かの様にルミィさんの肩に乗る仔猫が「みゃーお」と鳴き出し、俺とルミィさんは馬車の外に向け歩き出した。




