1話
「朝よ、起きなさい。いつまで寝ているのかしら?」
女の子の声が聞こえる。
これはきっと夢だろう。
なんせ俺は一人暮らしをしているのだから、自分の部屋に起こしに来る女の子が居る訳無い。
と思う。
いいや、仮にそんな奇特な女の子が居たとしても俺はまだ眠いんだ。
後10分だけ寝かせて。
俺はその女の子への返事と言わんばかりにベッドの上で寝返りを打つ。
「あらそう。折角セザールタウンのアイドル、リリア・ロジフォード様直々にカイルを起こしに来たと言うのに起きないと」
それにしても、今日は何だかリアルな夢だなぁ。
学生時代の同級生であり、卒業後は同じくパーティ・ギルドの1つである『ヴァイス・リッター』に所属するリリアさんが起こしに来るなんて。
しかも、間近で声を掛けられているかと錯覚を覚えてしまう。
どすん。
夢の中で大きな音が響く。
何だか腰の辺りに重量感を感じる。
気のせいかほんのりと柔らかい感触も感じられる。
それにしても今日の夢はリアル過ぎるなぁ。
「ふーん? そう? 折角リリア様が腰の上に載ってあげたと言うのにまだ起きないと。私なんかより睡眠が大事なんて何かムカつくわね。其処等辺の男共ならとっくに飛び起きているでしょうに」
リリアさんは相変わらずツンツンしている。
夢の中なんだからもう少し柔らかく優しくしてくれてもいいのに、それこそ聖女みたいに。
「全く。起きないならいつも通り勝手にやらせて貰うわ」
ここで、自分の身体が感じていた重量感から解放される。
かと思えば、今度はキッチンの方から何かが焼ける良い音がした。
これはつまり、誰かが料理をしていると言う事であり状況的にはリリアさんが俺の為に料理を作ってくれている事になる。
金髪ツインテールの美少女が俺の為に料理を作ってくれる、今日の夢は実に良いじゃないか。
「朝ご飯出来たわよ、いい加減起きなさい」
再びリリアさんの声が聞える。
何だか妙にリアルな声で、俺の耳に直接聞こえている気がする。
ははは、セザールタウンのアイドルリリアさんが俺の部屋に入る事なんて夢のまた夢、そんなことある訳……。
「全く、世話焼かせるわね」
と思ったのもつかの間、カンカンカンと金属と金属がぶつかり合う甲高い音が俺の耳に響き渡る。
それがあまりにも大きな音だったせいで、思わず俺は跳ね起きてしまった。
「えええ? リリリリリリリアさん!?!?!?!?」
目を覚ました俺の視界には、右手に金属製のフライパンを持ち左手に金属製のフライ返しを持ち立っているリリアさんの姿が目に映った。
一体どういう事なんだ? と理解が追い付かない俺は自分の部屋を見渡してみる。
「何よ? 居たら悪かったかしら? 失礼しちゃうわね」
頬を膨らませ、プィっとそっぽを向くリリアさんだった。
流石はアイドルとだけあってその仕草がなんとも可愛らしい。
「は、はははは、いや、はは、ごめん」
「こんな下らない事で一々謝らないでくれる? あたしはルッセルさんから命じられてやっているだけ。貴方の健康面が心配だからあたしが貴方の朝食を作る様に頼まれた話忘れたのかしら?
リリアさんが、凄んだ顔で俺を覗き込む。
か、顔が近いって。
俺は慌ててリリアさんとの距離を僅かに取る。
「何よ、セザール学園主席の余裕なワケ? 確かにアンタも沢山の女の子からモテていたわよね。アイドルのあたしからしても腹立つ位に」
リリアさんが拗ねた表情を見せる。
その仕草が一々可愛らしく見えてしまうのは最早病気なのだろうか?
「はい? 俺が女の子からモテていたって何処の世界の俺の話?????」
リリアさんが何故そう言うのか理解に苦しむ。
しかも、アイドルのリリアさんが悔しそうに言うのだから猶更そう思う。
「あら? 相変わらず鈍感なのね。あたしが聞いている話だけど、ファイターにレンジャーにプリーストにウィザード候補生から1人ずつ、あたし以外のアイドルから1人、女教師から1人、これは新人ねその6股。いえ、ファイター学部で最もガタイが良い男子生徒の計7人と同時に交際、つまり一度に7股を掛けていたって噂を聞いているわ」
一体俺に対してどんな噂が立ってんだ?
2股でも滅茶苦茶不誠実なのにそれを6所か7って、ここまで来たら誰にもバレない様に付き合い続けるのは不可能に近いと思うんだけど。
って、ガタイの良い『男子学生???』
「待て、男子学生って何だ、男子学生って!?」
「知らないわよ。あたしだって噂で聞いただけ。ただ、その男子学生が貴方の本命っておまけもあるけど」
まてまてまて、幾ら俺が女性に興味が無いからってなんで男性に興味がある事になるんだ!?
「なんでそうなるんだ!?」
「周りが勝手に言った事よ。文句なら噂を立てた人達に言って欲しいわね。あたしはアンタに関しては全科目で1位の成績を収めた事位しか興味が無かったもの」
俺に対する感想ってリリアさんが正しいと思う。
「ああ、それなら良かった」
少なくともリリアさんは俺を勉学鍛錬のライバル? としか思っていなかった事に対し俺は安堵のため息をつく。
「何かムカつくわね」
「なんでさ?」
「なんでって、あたしは多数の男達が羨やむアイドルなのよ? もっと嬉しがったり悔しがったり感情の起伏は無いのかしら?」
物凄く不満気な様子を見せるリリアさんだ。
何だか自分にもっと興味を持てと聞こえる気がするが、俺に対しては学校の事しか興味が無いと言った以上気のせいと思う。
しかし、この娘の考えはよく分からない。
「そんな事言われても俺は昔から変わっていないし、そもそも俺は勉学や鍛錬に夢中でリリアさんがアイドル活動をしていたなんて知らなかったし」
そう言えば、在学中に友達がリリアさんの話をしていた気がする。
男子生徒と近くに居るだけでスッゲー噂されてその度にこれが交際相手かと多数の人達が騒いでいた様な覚えがあるな。
あーそう言えば学生新聞だかなんかでもリリアさんの話題が良く乗っていたし、学園を越えてセザールタウン内でも結構知名度があった様な気がする。
「そうよね。異性に貴方は全く興味がない、だから男子学生と付き合っている事が本命って噂が立ってもそれを否定する人が居なかった位。学校を卒業すれば少し位女性に興味を持つと思ったあたしが間違っていたわ」
少しばかり意味深な事を言うリリアさんだ。
何と無くリリアさんが俺に興味を持っているかのようにも捉えられるが、幾ら何でもセザール学園のアイドルどころかセザールタウン内でもまま知名度のあるリリアさんが俺に興味を持つとは思えない、気のせいだろう。
「そんな事言われてもなぁ。学校の外に出たら俺よりももっと強い人達がゴロゴロいる訳だし。俺はその人達みたいに強くなりたいし、ゆくゆくはドラゴンの討伐だってしたい。だから女性に興味持っている余裕が無いんだ」
仮に興味を持ったとしても俺に興味を持つ女性なんて皆無と思うけどね。
「よくもまぁ、セザール学園を首席で卒業して尚高みを目指せるわね」
リリアさんが少し呆れているようにも見える。
「リリアさんだって次席じゃん。人の事言え無いと思うけど?」
まさか、リリアさんがセザール学園次席で満足するとは思えないが。
「確かに、否定出来ないわ」
「だろ? もし、ドラゴンを討伐する事があったら後衛は任せるよ。リリアさんの射撃の腕は随一だからね」
リリアさんはレンジャーが学部を出ていてその成績は学年2位であり、弓矢を扱う腕は確かなモノだった。
模擬戦では、ナイトである前衛の俺が上手く敵前衛と戦っている間、的確に敵後衛やその前衛を射止めてくれる。
後衛にウィザードが居る場合なんて、相手が魔法を発動させる前に射貫きノックダウンさせる、なんてしょっちゅうだった。
「そ、そんな事無いわよ。それより早く食べなさい。折角あたしが作ったんだから」
リリアさんが少しばかり恥じらいを見せると、俺に対し左手に持っているフライ返しをテーブルの方へ向け朝食を食べる様促した。




