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王都から伯爵領へ

 自分の取るべき行動を決めあぐねたまま、ライリーは日々の隊務に励んだ。

 王宮警護を務める、畑を耕す、狩りに出る、身体を鍛えて剣技を磨く。人手が足りないと応援に駆り出されたら、王都治安維持のための見廻りにも参加する。新米騎士の仕事はいくらでもあった。

 馬で二日かかる伯爵領に帰る時間はなかった。結婚式のために十日間の連続休暇を取ったばかりで、長期休暇が欲しいと言い出すことはできなかった。

 そうしているうちに、年中行事のひとつである王室主催の舞踏会が開かれる時期が近づいてきた。

 キャストリカ王国の建国記念日に開かれる夜会で、普段は領地に篭っている貴族達が国中から集まってくる。

 爵位を持つ貴族の当主は漏れなく招待されることになっている。よっぽどの変わり者を除いて、国内の貴族全員が顔を合わせる数少ない機会である。みなが早めに王都入りし、交流するのが毎年の慣習だった。

ついでに各地の有形無形の商品や情報を交換しましょうかという話になり、令息令嬢の結婚相手を探す場ともなり、世間話のように国の方針が定められたりする場にもなり、と重要な機会となるのだ。

 父の持つ爵位の一つである子爵位を正式に継いだため、今年からはライリーも出席する義務が生じてしまった。夜会や園遊会などへの出席も、断れない誘いが出てくるだろう。

 夜会? ……まずい。

 ライリーはやっと避けては通れない問題に気づいた。

 貴族の縁談は、国王の許可を得てからでないと進められない。ライリーの結婚も、父伯爵と侯爵が申し出ているはずだ。

 建国を祝う舞踏会には、夫婦揃って出席しなければならない。少なくとも今年は、特別な理由なく欠席することは許されない。

(待てよ)

 これはいい機会ではないか。今更どの面下げて、などというちっぽけな意地を捨てて、妻となった人に頭を下げるいい口実になるだろう。

 自分は王に忠誠を誓った騎士だ。主君に不義理はできないと言って、夫婦として歩み寄る提案をするのは不自然ではない。

 妻を置いてきた伯爵領まで往復で四日。否、途中馴染みの宿(イン)に愛馬を預けて、代わりの馬を借りて行こう。二回馬を代えれば、だいぶ時間を短縮できる。休憩時間は取れないが、移動に二日なら、三日休暇があればなんとかなる。

「隊長! 休暇ください! 今月他は全部出にしていいので、三日休みください!」

「却下」

「そこをなんとか!」

「仕事舐めんな小僧」

「大人になりに行くんです!」

「勝手になれよ」

 ライリーの事情は、小隊どころか騎士団内でほぼ筒抜けだ。この国で知らぬ人のない侯爵夫人の夫として、一躍時の人となったのだ。どうやら大方の予想通り裏のある縁談で、伯爵家の次男坊は名ばかりの夫らしい、というところまで皆の知るところとなってしまっている。同情半分面白半分で、さまざまな憶測混じりの噂が流された。

 おかげで、休暇を申し出るライリーに味方してくれる者が出てきた。

「いいじゃないすか隊長。俺替わりに出ますよ」

「ライリーを男にしてやりましょうよ」

「俺は応援してるぞ。頑張れよライリー。当たって砕けたら、またいいところ連れてってやるからよ」

 エベラルドは忌々しげにライリーの額を平手で叩いた。

「……次の夜番が明けたら、三日後の朝出て来い」

 丸三日。なんとかなる。

「ありがとうございます!」

「それまでになんかヘマやったら取り消すからな!」

 ライリーは五日後の夜番まで必死で隊務に当たった。もちろんヘマもした。新米なのだから当然だ。

 イライラしている小隊長にどつかれながら、なんとか最後の夜番まで務め上げ、最低限の食糧と水分だけ携帯袋に詰めて馬に乗った。

 途中で二回馬を代えることを想定して、街を出たら速歩で駆ける。馬がバテる前に速度を落とし、最後は一気に駆歩で距離を稼ぐ。それを三回繰り返して、なんとか日没と同時に伯爵邸に到着した。

 次男帰宅の知らせを受けて、慌てた様子の伯爵が夜着のまま出迎えた。

「ライリー! おまえ今まで連絡もせずに何をしてたんだ!」

「仕事です。………あのひとは」

 思春期真っ最中に親の庇護下から抜け出して騎士修行に励んでいたライリーは、反抗期が終わっていないような態度で父伯爵を適当にあしらおうとした。当然の結果として、激昂した父親にぶん殴られる。

「……夫人ならここにはいないぞ」

「は?」

「つい先日、侯爵が連れ戻しに来られた。おまえのような奴に大切な姉君を任せておけないと思われたんだろう」

 夜番明けで休む間もなく一日中馬を駆ったライリーは、その場にくずおれた。

「………つまり今は侯爵領に?」

「王都へ向かうとおっしゃっていたが。何をするつもりだ。これ以上の失礼を働くなよ」

 入れ違い。まさかどこかですれ違った?

「申し訳、ありませんでした。………俺が悪かったと謝りに帰ってきました」

 項垂れる息子に、伯爵はため息をついた。

「………思い違いがあったようだ。夫人がそうおっしゃっていた」

 思い違い? 形だけの結婚だと、花婿が理解していなかったという話か? 勝手に思い違いをして、勝手に傷付いて出て行ったライリーを、憐れんでいるのか。

「厨房で何か食べてきます。明日は夜明け前に出発するので、挨拶をせずに出て行くことを許してください」

「ライリー」

「大丈夫です。侯爵家でちゃんと頭を下げて、思い上がっていたことを謝罪してきます」

 気が抜けて今にも止まってしまいそうな頭を無理矢理働かせて、これからの行動を考える。

 まずは腹ごしらえだ。いや、その前に厩へ戻って、夜明け前に馬を出すよう頼んでこなければ。すぐに寝てしまえば、夜明け前には馬に乗れるくらいには体力も回復するだろう。

 明日の夕方、城門が閉じられる前に王宮に戻らなくてはならない。それが無理なら、せめて王都で一泊する。

 それで休暇は残り丸一日。侯爵姉弟はもう王宮に着いているだろうか。途中寄り道でもしていたらお手上げだ。この三日の休暇で、自分のしでかしたことの後始末をしようと思っていたのに。

 後始末? 

 自分は何をするために、こんなに必死になって馬を駆って来たんだったか。

 結婚を許可した主君に挨拶するため?

 違う。それは言い訳だ。

 婚礼翌日に花嫁を残して出奔したことを謝るため?

 なぜ謝る。正当な理由を告げることなく初夜を拒否した花嫁こそ、頭を下げるべきではないのか。

 ライリーが謝るのは、歩み寄るためだ。

 憧れのあなたと結婚できて嬉しいと、まだ一度も告げていない。あなたの存在が自分を支えてきたと、胸の内をさらけ出さなくてはいけない。

 そんなこともできないのなら、悲しすぎる。

 五年前からずっとお慕いしてましたと言っては嘘になる。はじめる前に、見ないふりをして蓋をした恋だ。だが確かに、あのひとはこの胸の中にずっと存在していた。

 疲れ切って深くものを考えることができなくなったライリーは、自分の心の奥から、素直な気持ちをすくいあげた。

 あのひとが好きだ。

 婚約期間などなかったに等しい。ライリーが王宮に詰めている間に、準備は整えられた。妻となるひとに会いに行くことすらする暇がなかった。

 婚礼の儀式を行う当日になって、五年振りに間近でその姿を見た。その手を取って、腰を抱いてダンスをした。儀式の進行に従って、柔らかいくちびるにくちづけた。

 美しい人を見上げて頬を染めたあの頃とは違う視線の高さで、前髪の生え際を見下ろした。

 空色の瞳を見下ろして、背中が痺れるような感動を覚えた。

 自分はもう大人だ。今なら、この美しいひとに恋をしてもいいだろうか。

 そう思った気持ちを、今まで無視してきた。

 夫じゃなくて従者が欲しいと言うのならそれでもいい。恋をするのは俺の自由だ。

 あのひとに会って、想いを告げて、側にいる許可を乞おう。

 名ばかりの夫でも構わない。あのひとの側に置いてもらうのだ。

 ライリーは夜明けを待たずに実家を後にし、昨日通った道を馬に乗って辿った。

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