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騎士の仕事

 騎士団におけるライリーの一日は、同僚との二人部屋で始まる。朝を告げる鐘の音で目覚め、身支度を整えたら官舎の裏で軽く身体を動かす。その後は食堂で朝食を摂って、隊務に向かう。

 隊務の内容は、日によって変わる。主に王宮警護、鍛錬、畑仕事だ。

 広大な敷地を持つ王宮内で、騎士たちはほぼ自給自足の生活を送っていた。畑を耕し、鍛錬と称して王宮の外で狩りもする。その食材を調理するのは、従者の仕事だ。十三、四歳で入団してきた少年たちは、剣技より何より先に生活する術を叩き込まれる。

 ライリーは騎士付きの従者となったため、騎士団の従者の仕事は、十五歳で従騎士になってから仕込まれた。歳下の従者に教わったり、従騎士の同期に小突かれながら教わったりだ。

 今日は朝食後に鍛錬場へ行く。休暇明けはなるべく実務に就かないように当番が決まっている。

 ライリーが鍛錬場に着くと、騎士団の同僚が次々に声を掛けてくる。

「よう。来たな、新婚さん」

「夫人に骨抜きにされて出て来れないかと思ってたぞ」

「ちゃんと現実に帰ってきたな」

「は?」

 騎士団ではまだまだ新米扱いのライリーは少年らしさの抜けない素直な性格で、周りから可愛がられていた。

 本来であれば、ライリーは王族のお側近くで警護にあたる近衛騎士団に入団するはずだった。

 上流貴族の子弟で構成される近衛騎士団は、もちろん武技を磨く必要はあるが、それ以上に儀式における見栄えや、貴人の相手を務めることが求められる。

 配属先の小隊に挨拶に向かいながら、ライリー少年は首を傾げたものだ。

 え、俺伯爵家の人間じゃなかったっけ?

 何かの間違いだろうと父伯爵も考えていた。が、間違いなく、ライリー・ティンバートンを下積みから始めさせるようにと、上層部からの指示が下りてきていた。

 伯爵家の次男坊は、下級貴族や商人の息子が多い騎士団内では最初浮いた存在だったが、今ではすっかり馴染んでしまっている。皆平気で呼び捨てにし、鍛錬では遠慮なく打ち掛かってくる。少ない余暇には、連れ立って飲みに行くことだってある。

 そのライリーが心底嫌そうな顔で、先輩騎士を睨みつけた。

 どよめきが広がる。

「お、おいライリー。気を落とすなよ」

「なんかやらかしたか。ご不興を買っちまったか」

「役に立てなかったんだな。飲みに連れてってやるから忘れちまえ」

「……勝手に決めつけないでください。何もないですよ」

 そうだ。何もなかった。

 何もなかったんだから、ただの儀式、それに伴って教会で署名したことなど、忘れてしまえばいい。

 この先妻を娶ることはできなくなってしまったが、特に支障はないだろう。恋人がいた過去はないし、これからもそんな余裕ができるとは思えない。伯爵家の後継は兄がいる。自分の死後、子爵領はいつか生まれるであろう甥が継ぐ伯爵家に還せばいいだけだ。

 一度だけ、儀式でくちづけた感触くらいすぐに忘れられる。どこかで適当に上書きしてくればいいさ。

「隊長に挨拶してきます」

 所属する小隊の隊長は、毎朝隊務が始まるまでは小さな隊長室で机に向かっている。

 ライリーは結婚式のために取った休暇が明けた報告をするため、隊長室の扉を叩いた。

「入れ」

「失礼します」

 入室すると、小隊長は一度だけ顔を上げて、すぐに書類に視線を戻した。

「ライリー・ホークラム、本日より隊務に復帰します」

「おう」

 まだ二十三歳の小隊長は短く答えた。

 短く刈り上げた色素の薄い髪に青い瞳、当たり前だが鍛え抜かれた体躯。王立騎士団の隊長格のなかでは一番若いエベラルドは、ライリーの一番身近な憧れだ。従騎士の頃から、当時は平の騎士だった彼はライリーに目をかけてくれている。

「今日は一日鍛錬だな。ちょっとそこで待ってろ」

 エベラルドは書類にペンを走らせると、ライリーを促して部屋を出た。

「奥方は伯爵邸か」

「……はい」

 一瞬言葉に詰まったライリーを見て、エベラルドは眉を顰めた。

「なんだその間は。まさか失敗したのか」

 尊敬する小隊長も、他の若い騎士達と同じくすぐに下世話な想像をする。当然と言えば当然だ。

 結婚を控えた男へ、夫婦生活の知識を授けるのは身近な歳上の男達の役目だ。ライリーの教授役として首尾を気にするのはごく自然なことだろう。

「失敗しようもないですよ。部屋にも入れてもらえなかった」

「は?」

「初夜を拒否されました。なので翌朝には実家を出て、昨夜官舎に戻るまでふらふらしてました」

「おまえ、それ……」

「そういうことだったみたいですね。俺の妻になった人は、陛下か公爵か、どっちの愛人だと思います?」

 愛人に操を立てるために、名ばかりの夫とは初夜すら共に過ごさないとは。ある意味身持ちが堅いと言えるのでは。

 軽い口調で、世間話のように喋るライリーの赤毛を、その後頭部ごとエベラルドが掴んだ。親指が食い込む。

「いてっ。ちょっ、隊長、痛いです!」

「今日はしごいてやろう」

「えっ、おかしくないですか、それ」

「俺にはお偉い方々の考えることは分からん。おまえにも分かってないんだろう。考えたって無駄だ。忘れちまえ」

 地方の豪族出身の小隊長の言葉に、ライリーは奥歯を噛み締めた。

「はい」

「よーし。今日は模擬戦やるぞ! 俺の班とライリーの班に分かれろ!」

「え」

 新米なのに、大将にされてしまった。

「敵が降参するか、大将を倒すかしたら勝ちだ。負けたほうは居残って走り込みと素振りでもしとけ」

「俺隊長班!」

「おれも!」

「おまえらずるいぞ! ライリーが大将で、隊長に勝てるわけないじゃねえか!」

 当たり前だ。新米騎士が出世頭の小隊長に勝てるわけがない。つまりこれは、ライリーと一緒にしごかれるか、それを免れるかという話だ。

「歳で分けるか。若いほうから三分のニがライリー班、年嵩の奴は俺の班だ」

 戦力が二倍もあれば勝てるだろうか。戦は数が多いほうが勝つのが定石だ。ライリー班の若いほうから数えて三分の二の騎士達は淡い期待を胸に戦った。

 もちろんライリーも必死に剣を振るった。敵と比べて足りない経験を補う戦術を組み立て、熟練の騎士集団に果敢に立ち向かった。

 その日、王宮の裏の森で若い騎士達が集団で走る姿が目撃される。集団の先頭には、赤毛の新米騎士がいた。

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