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伯爵家次男の婚約

 ロブフォード侯爵家はキャストリカ建国に際し多大な貢献をした家のひとつで、二度の代替わりを経てもその権勢は衰えなかった。

 建国から数えて三代目の当主は目の醒めるような美男子で、国内はおろか近隣諸国にまで、その白皙の美貌が知れ渡っていた。

 金糸を紡いだような髪と夏空色の瞳はふたりの子どもにも受け継がれ、ロブフォードの民は領主一家を眩しく見上げた。

 識字率の低い時代だ。美しさはそれだけで価値があった。

 信心深い者のなかには、侯爵は天が遣わした使いなのだと本気で言い出す者までいた。

 美貌の侯爵が亡くなったのは、継嗣の長男がまだ十二歳のときだった。

 国は、女性の継承権を認めていなかった。実務能力のない子どもが継ぐことも良しとされていない。本来であれば、爵位は侯爵の弟に渡るはずだった。

 ところが、侯爵の長子である令嬢が国王に願い出た。

 女である身で爵位を継ぐことはできないが、侯爵には正統な跡継ぎがいる。未だ幼い身であるが、近い将来亡き父と同じく、否それ以上に陛下のお役に立つだけの素質を持っている。弟が成人するまで、長子たる私がロブフォード侯爵位を預かり、当主代行を務める許可をいただきたい、と。

 その願いは聞き入れられた。

 令嬢は混乱する家内を鎮め、領地の内外で起こりかけた騒動を速やかに治めた。お家騒動を落ち着かせるのと並行して、父に倣って社交の場にも積極的に顔を出した。

 彼女は未婚のまま侯爵夫人と呼ばれ、王侯貴族のなかで存在感を増していった。




 ティンバートン伯爵家に縁談が持ち込まれたとき、誰もが何かの間違いだろうと思った。相手はロブフォード侯爵家、つまり格上の家からの申し入れだった。

 話を持ち込んできたのは、侯爵と親戚関係にあるリィンドール公爵である。

 めでたい話だ。元より断る選択肢などない話でもある。諸手を挙げて喜ぶべき縁談なのだから、二つ返事するはずの場面だった。

 しかし、伯爵家の人々は困惑した。混乱したと言ってもいい。

「次男に、でございますか? 長男でなく?」

「ええ。先方のたっての願いで」

「先方とは、近頃侯爵位をお継ぎになった?」

「いえ、令嬢本人の。なんでも、以前ご子息をお見かけしてから、忘れられないのだと。私としても妻の姪の願いなので、なんとか叶えてやりたいと思うのですが、いかがでしょう? それとも、もう言い交わした方がおありでしたか」

「いいえ、まだまだ子どもで、そんなことは。それで、あの、失礼ですが、ライリーを、というのは間違いないのでしょうか。親の私が言うのもなんですが、侯爵家のご令嬢に見初めていただくような倅とは言い難く……」

「ご謙遜を! 立派な若者ではないですか! 私も彼ならば大歓迎だと思っていますよ」

 王家に近しい公爵にそこまで言わせては、これ以上何も言えない。

「謹んで、お受け致します……」



「結婚? 俺が? 兄上じゃなくて?」

 父であるティンバートン伯爵に呼び出されたライリーは、驚くのも忘れて疑問符を連ねた。

 彼は騎士として王宮に出仕している。珍しく領地の父に手紙で呼び出されたため、休暇を取って二日もかけて帰って来たのだ。

 そこまでして帰省したというのに下手な冗談を聞かされた。父の代ももう終わりか。そう思った。

「なんで」

「結婚になんでも何もあるか……」

「え、だって。なんで俺?」

 ライリーの疑問はもっともだった。伯爵も同じことを思った。

 何故我が家に話が来た。そして何故、嫡男でなく次男であるライリーなのだ。

 珍妙な顔をする息子は、まさか呼び出しの理由が自身の結婚だとは思ってもみなかったようだ。

 それもそのはず、ライリーはまだ十八歳だ。

 結婚するのに早過ぎる歳でもないが、騎士として叙任されたばかりの若造である。兄が伯爵位を継げば、伯爵令息を名乗ることもできなくなる、無名の騎士だ。

 比べて長男は二十一、そろそろ妻を娶って跡継ぎを望んでもいい頃だ。それが叶えば爵位を譲って領地で隠居暮らしをしようと算段を始めたところだったのだ。

 格上の家から妻を迎えるのであれば、当主の妻とすべきだろう。

 長男の妻に、というのであればそう悪い話ではない。色々目を瞑れば、喜ぶこともできる。王家とも公爵家とも親しく付き合う妻を得られるならば、伯爵家の地位も磐石なものとなる。

「おまえ、心当たり無いのか。侯爵夫人がおまえを見初めたのだとおっしゃっているそうだ」

「侯爵夫人?」

 この部屋に入ってから疑問しか出てこない。

「侯爵代理だ。夫人と呼ばれてはいるが、未婚のままだったらしい」

 社交界の華、キャストリカの薔薇、美しい侯爵代理は有名人だ。噂はよく耳に入るし、王宮に勤めていれば遠目に姿を見かける機会もあった。目立つからそうと気づいただけで、夫人がこちらを見ていたとは考えにくい。

「独身なのは知ってるけど、だって、……あの方、お幾つですか?」

 本人が不在とはいえ、大変失礼な発言である自覚があるため、少し言い淀んだ。

 だが、大事な話だ。確認せずにいられない。

「兄上が初めて王宮に呼ばれたとき、すでに貴族の中心にいたって言ってませんでした?」

「三十……」

「さんじゅう⁉︎」

「いやいやいや。二十……」

「八とか九とか、そのへんですか」

「失礼な言い方をするな! お前など近づくことすら畏れ多いような美しい方だぞ!」

 気楽な次男坊である。厳しく育てられた長男とは違い、士官してからもどうにも幼さが抜けない。

 その子どもに十も上の年増と結婚しろとは、親としては大変言い出しにくかった。

 十歳上の美人か、同年代の平凡な娘か。

 十八の若者であれば、同年代の娘に魅力を感じるだろう。

「まあ、見初めたというのは建前で、侯爵が姉を早く嫁がせたがっているのだろう」

 年増の押し付け先に選ばれたということだ。

 有名税と言うものか、侯爵夫人には様々な噂があるが、ある意味最も穏やかなこのあたりが真相だろう。

「長男の妻だと伯爵夫人だからな。社交界に出てこられるとやりにくいのかもしれん」

 侯爵夫人は、父亡き後の侯爵家を守ってきた女傑と聞く。弟に家を継がせるため、女の細腕で侯爵家を盛り立ててきたのだ。その健気さに、国中が涙したこともある。

 その一方で社交界での優美な振舞いは、令嬢達の模範となり、若い貴族の憧れを一心に集めた。

 すべて、家と弟のためだ。

 その姉の厄介払い先にライリーのような若造を選んだのだとしたら、なんてひどい話だろう。

 そう思うと急に、歳上の侯爵夫人が悲劇の姫君のように思えてきた。

「……まあ、一生お仕えするくらいのつもりでいればいい」

「どういうこと」

 そういうことだろう。

 物語の騎士にでもなったつもりで、姫君に仕えればいいのだ。

 当たり前の夫婦にはなれなくとも、心安らかに暮らせるように守って差し上げるのが、ライリーに与えられた使命というわけだ。

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