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噂の真相

 浮かれた姉夫婦に一ヶ月耐えた侯爵は、久しぶりの休暇に午前中から訪れた義兄相手に口火を切った。

「いつになったら姉を引き取ってくれるんですか?」

「引き取る?」

「いつまで恋人ごっこを楽しむつもりなのかって言ってるんです。お忘れのようですが、あなた達はもう夫婦です」

 これ以上続けるつもりなら、ハリエットの生活費を夫であるライリーに請求します。

 ウィルフレッドの宣言ももっともだ。貴族らしからぬセコい要求は冗談だろうが、ライリーは焦った。

「忘れてました……!」

 ライリーはきっと本気だ。笑ってはいけない。

「笑い事じゃないですよ、姉上。どうするおつもりですか。王宮に騎士家族用の部屋を借りますか? 城下に居を構えるなら、不動産の手配をしますよ」

「えっと、ちょっと時間をいただけますか。というか、ハリエット様。これまで通りの生活は難しくなりますが、いっしょに暮らしてくださいますか?」

 ずいぶん簡単に、しかも弟の前で、大切な質問を投げかけてくれる。ハリエットは憤慨した。

 ときめいてしまった自分が恥ずかしいではないか。

「……はい」

 ハリエットは、自身の腕をさするウィルフレッドを睨みつけた。鳥肌が立つ、なんて、なんて憎らしい弟だ。憎らしいけれど、なんて優しくて有能な弟。

 実はこっそり気にしていたハリエットの悩みをあっさり解決してくれた。

 ふたりはすでに夫婦なのだ。普通の恋人のように、婚約して結婚式の準備をして、という段階を踏む必要がない以上、どこかで自分達で区切りを付けなくてはならない。

 それを、忘れていた。予想はしていたけれど、笑ってしまうしかないではないか。

「のんびり待ってはいられませんよ。姉はもう二十二なんだから、あまり待たせないでください」

「……えっ?」

「なんですか」

「…………二十二?」

 ライリーが話とは関係のないところでつまづいていた。ハリエットはその理由に心当たりがあった。

「いくつだと思ってたんですか?」

 聞きたくなかったが、訊いてみた。

「姉上? 言ってなかったんですか?」

 ずっと違和感があった。ライリーは不自然なくらい、ハリエットの年齢について触れてこなかった。歳下なのを気にしているのだろうと思って黙っていたのだ。

「…………さん、……二十代後半、だと、聞いていました」

 それは侯爵夫人の設定年齢だ。今の今まで、噂を鵜呑みにしたままだとは思わなかった。

 ウィルフレッドが遠慮なく吹き出す。

「三十だって! 姉上! 十二も上なら、逃げ出したくなっても仕方ないな」

「……ウィル、世の中の三十代女性に謝りなさい」

「あのっ、だから変だなと思っていて。親戚の三十代の女性とはずいぶん違うなと、疑問に思ってはいました」

 慌てて言葉を重ねるライリーを、ハリエットは冷たい目で見てしまう。

 時折不思議そうな顔で観察されていると思っていたら、そんなことを考えていたのか。

「結婚誓約書に、生まれた年も記載してありましたよね?」

「……あのときは緊張していて。覚えていません」

 しゅんとしたライリーが可愛いと思ってしまった、ハリエットの負けだ。

 とにかくおふたりで話してくださいね。と笑いながらウィルフレッドは外出してしまった。今日の彼のお供はアンナだ。いつもハリエットに付いている彼女は、ライリーが一緒なら必要ないでしょうとウィルフレッドが指名して連れて行った。

 ぷりぷりと怒った振りをしながら、ハリエットは外出の準備をするために私室に下がった。

 今日は大衆演劇を観に行く約束になっている。領地の町ならともかく、王都の街を歩いたことはほとんどない。ライリーが一緒ならいいんじゃないですか、とウィルフレッドのお墨付きももらったので、楽しみにしていたのだ。

 三十女が浮かれていると思われていたのかと考えると、せっかくの初めてふたりで外出するという楽しみにケチがついた気がした。

 ちゃんと言っていなかった自分が悪いのは分かっている。ライリーがあまりに普通の令嬢のように扱ってくれるから、侯爵夫人の話なんてしたくなかったのだ。

 長い時間歩くことを想定して、踵の低い靴を履く。

 階下に向かうために部屋の扉の前に立つと、待っていたかのように戸を叩く音がした。

 ライリーが顔を覗かせて、礼儀正しく許可を求めてから部屋に入ってくる。

 入れ違いに侍女が頭を下げて退出する。ウィルフレッドもそうだが、使用人達も普通の恋人ならあり得ない対応をする。夫婦なのだから、という理屈なのだろうが、無駄に緊張してしまうから側にいてほしいと思ってしまう。

「お待たせしてしまってごめんなさい。行きましょうか」

 なぜわざわざ部屋まで迎えに来たのかしら。疑問に思っていると、無言で近づいてきたライリーに抱きしめられた。

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