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文芸系

肺の中の小さな友達

作者: 蜜柑プラム

 胸のあたりから、おーいと呼ぶ声が聞こえた。

「おーい。暇だろ、おしゃべりしようぜ。おーい」

 やっぱり胸のあたりから聞こえる。中学生の僕より少し年上の男子の声だけど、なんというか少し機械で加工したような声だ。

「おーい」

「なに?だれ?」

「おっ、通じた。やってみるもんだな」

「だからなに?だれ?」

「あぁそうだな。俺、お前の肺に住んでるんだ。暇だししゃべりかけてみたんだ」

「まじか」

 僕は友達がいない。いじめとかじゃないけど、周りとうまく馴染めない。

 今は昼休み。いつもは教室の外に出ていく連中が、今日は僕の席の近くでわいわいしていた。僕は居心地が悪くなって誰もいない校舎裏に逃げてきた。そこで昼休みが終わるのをただ待っているところだ。肺の住人としゃべるのは嫌ではなかった。

「お前タバコ吸う気か?」

「吸ったことないよ。外の空気を吸いたいだけ」

「ならいい。お前さ――」

「てかさ。何者なの?肺って言ったけどなんなの?」

「まあ、お前の肺の中で暮らしてる生き物みたいなもんだな。住み心地は悪くないぜ」

「……もしかして、仲間一杯増やして、病気になっちゃうやつ?」

「俺に仲間なんかいねえ……。俺嫌われてるんだ。見た目が悪いんだ。体は縦長だし、トゲトゲも短いし――」

「あぁあぁ、なんか悪い事聞いたね。でも僕に見た目とか、分かんないし――」

「それに、体力がない。他の奴らみたいに鬼ごっことか全然楽しくないんだわ」

「あぁ……」

「それに、頭も悪くて、九九が覚えれないっていうか――」

「うんうん、わかったよ。気にしないで、僕も同じだよ」

「知ってるぞ。あーこいつ俺とおんなじだなあと思って。それでしゃべりかけたんだ」

「えっ……。うん確かに。てか見えてんの?」

「見えてるさ、そりゃ」

 いったいどういう生物なんだと思ったが、つっこんでも意味ないよなといろいろ受け入れることにした。肺の住人と次の授業の先生の悪口を言い合っていたら昼休みが終わった。

 授業はいつも通りつまらくて、いつものように窓を見ていた。ただ、窓から見える秋空は昨日より澄んで見えた。窓を見ながら昼休みの出来事を考えていれば授業はすぐに終わった。



 家の玄関を開けてそのまま自分の部屋に行こうとしたところ。母親が「おかえり」と顔を出し、続けて「手洗いしなさいよ」と僕に注意した。僕はずぼらなので律儀に毎回手洗いするわけではないが、気付いた時にはする方だ。台所の水道で水を出して、両手を水柱に差し出そうとした時。途中で止めて手を引いた。

「おーい。ねえ、やめた方がいい?これ?」

 肺のあたりを見ながら聞いてみた。

「うん?あー別にいいぞ。俺は今、脇腹のとこの血管で泳いでるからよ」

 血管というのもつっこみたかったが、本題はそこではない。

「君の仲間……じゃなくて知り合いとかはいいの?」

「いいよ全然。そこにいるのははぐれもんかどうせ後先短い奴らだ。手洗いはちゃんとしろって担任も言ってただろ」

 ふーんと返事して、僕は洗剤を付けて手を洗った。

「ねえ、君は僕を病気にしたりするの?」

「分かんねえ。お前の体以外は行ったことないし。教えてくれるやつもいねえし。でもお前が死にそうになったらさすがに分かるだろ。その時は教えてやるさ。俺も外に逃げなきゃだし」

「へー、そんなもんか」

 思ったよりも、役に立ってくれるやつではないのではと考えながら自分の部屋に入った。

「なあ、ところでよ。お前のおかげで友達できたんだよ。お前の前の席の人間から、引っ越して来た子と仲良くなったんだ。お前と話したって言ったらすごい興味持ってくれたんだよ。ほんとお前のおかげだよ」

「なんじゃそりゃ。あでもよかったね。リア充か、うらやましくないけど。前の席って、高田さんか……」

 高田さんは、とくに目立たない眼鏡の女子だ。見た目は素朴だけど賢そうでしっかりしてる印象。それ以外の事は全然知らない。彼女の顔を思い浮かべてみれば、彼女の中の微生物が自分の中に今いるというのが、ちょっと気持ち悪いようだったり、罪悪感だったり、恥ずかしかったりする。

「その子、お前に興味あるらしいぞ。その友達が言ってた」

「へ?」

「お前が休み時間に読んでる本、気になってるらしいぞ。それに、お前のカバンたまに開けて中見てるらしいぜ。あとお前昨日鼻毛出てたってさ」

「!!いいー。鼻毛は、まあいいや。カバン開けてるって?僕の本?本かあ……」

 ちょっとびっくりしただけだ。でも気持ちがざわざわする。カバンに変なものが入っているわけではない。高田さんは本が好きなのかな。

 その夜は、ぼーっと天井を見たり、たまに本棚をみたり、ネットで調べものをしたりして過ごした。



 翌朝、洗面台で顔を洗って、しっかり寝ぐせを直して、それから鼻毛を切った。カバンにお気に入りの本と女性ファンが多い作者の本を入れて、学校に向かった。いつもよりカバンが重いが気にならない。



 午前の授業が終わって、昼休みになった。僕はカバンから本を取り出す。そして、カバンは開けたままで中が外から見えるようにした。本を開いて中身に目を向けるが、内容は全く入ってこない。ちらっと前の席の背中を見たり、手元の本を見たりを繰り返す。ガタッと前の席が動く。高田さんは席から立ち上がって、僕の座る机の脇を通りすぎようとする。ピクッと高田さんは止まる。目線は僕のカバンの中に刺さった。しかしすぐにすっと前を向き直し歩き始めようとした。

 今だ。

「っ……ねえ」

 ひるむ心と格闘したためタイミングが少し遅れた。でもなんとか声をかけた。

「うっ……」

 彼女は少し驚いた様子で、それと少しばつの悪そうな顔をしている。でもすぐに口元を緩めて笑顔を作ってくれた。

「なに?」

 高田さんにそう言われて、この先どうするか考えていなかったことに気づいた。しかしここまで来たら後には引けない。早く言葉よ出てこいと念じつつ、僕も口角だけ持ち上げて笑顔を作ってみた。きっとぎこちない笑顔になっている。

「あのさ……小説とか読んだりとかするの?」

 きっと悪くないはず。読むって言えと祈る。

「えっ、いやあの、いやカバンのぞいたりしてないよ。あ開いてるよ。でも中見てないって」

 焦ってる。そこまで言ってないのに焦ってる。想定外の展開だ。悪い事したかな。

「うん。でも、小説は好きだよ」

「ほんと!?僕はミステリーか異世界物も好きだよ」

「私も。吉田くん結構本読んでるよね。今何読んでるの?」

 高田さんは自分の椅子に座りなおした。僕は開いていた本を閉じて表紙を見せる。彼女は「これ読みたかったんだよね」と目を細めて、声を上つらせながら言う。こんなに表情が豊かな人だったんだ。僕は手に持っている本の内容について話し、その作者の別の作品の話をする。本の話をする彼女はとても楽しそうだ。言葉を交わす度に硬くなっていた僕の頬が自然と緩んでいく。本を貸してあげると提案すれば、彼女は喜んで受け取ってくれた。

「ありがとう。読んだら感想言うね」

「うん。新しいの買ったら持ってくるよ」


 上手くいった。多分。僕は残りの授業の時間ずっとぼーっとしていた。頭が働かない。それになんだか体が熱い。これってなんちゃらの病なのだろうか。

 学校を出で家に向かう。秋風に当たれば、熱も冷めるかと思ったが、ますます頭がぼーっとしてくらくらしてきた。体が重い。カバンも重い、なぜか今日に限って荷物が多い。例の病はこんなにも辛いのか。

 家に着くなり自室で寝込んだ。頭が痛い、食欲もない。

「おーい。よかったな。友達できたじゃねえか。俺の友達も喜んでるぞ」

 肺の住人だ。相手をするには体がしんどいのだが、お礼を言わなきゃいけない。本日の成果は彼のおかげだ。

「ありがとう。君のおかげだよ。君の友達にも感謝を伝えてよ。今日は調子悪いからもう寝るね」

「おう、ゆっくり休め。俺さあ。友達っていいなって分かったんだよ。今友達を増やしてるんだ。増やし方を教えてもらったんだ。今度俺の友達の話聞いてくれよな。早く元気になれよ」

 肺の住人は楽しそうだ。僕は「わかった」とだけ返事をして、そのまま眠りについた。



 翌朝目が覚めても体調は戻らなかった。相変わらずだるい、しんどい。確信した、これは普通に悪い病だ。母親がとても心配している。最近流行っている感染症かもしれないと言う。

 僕は母親に車で病院に連れて行かれた。診察を受けて、感染症の検査を受けた。陽性、つまり当たりだった。

 その感染症はとても重篤になるケースがあると医師から説明を受けた。しばらく入院することになった。人と接触してはいけないそうだ。

 僕は病室のベッドに寝ている。母と医師が病室の外で相談をしている。一人になったので肺の住人を呼んでみた。

「おーい。しばらくここで寝て過ごすよ。暇だから話相手になってくれる?」

「すまない!俺のせいだ」

「なにが?」

「俺が友達を増やし過ぎたせいなんだ。お前のこの病気は俺の友達が今多過ぎるからなんだよ」

 僕は少しの間考えた。彼は病原体だったのだ、でも彼を責めようとは思わない。友達が友達を作ることを責める気持ちには全くならなかった。

「そうか。そうだったんだね」

「ほんとすまない。でもこれ以上悪くはならない。何日かすれば治るよ、それまで苦しいけどよく休んでくれ」

「僕が治れば、君の友達は、君はいなくなるの?」

「……そうだな。いなくなる。俺が残るかは……」

「そう……」

 ガチャと扉が開いた。母と医師が病室に入ってきた。そして薬を渡された。国内では一般に推奨されていないが、海外で実績があるという薬なんだそうだ。母は僕を元気づけるようにして言う。

「この薬を飲めばすぐに良くなるわよ」

「……」

 母はとても心配しているはずだ。僕は自分の胸のあたりを見た。迷った。

「本当に効くの、その薬?」

「心配しないで。先生とよく相談したのよ」

「……うん。でも今、眠いし、気持ち悪いから、寝て起きたら薬は飲むよ」

「……分かったわ。ゆっくり休んで。必ず飲むのよ。」

 母は納得していない様子だったが、無理をさせる気は無いようだった。僕は目を閉じて彼らが出ていくまで動かないでやり過ごした。

「おーい。ねえ、この薬」

「ああ、早く飲んでくれ。それ飲めばすぐに良くなる」

「じゃあ、薬飲んだら君はいなくなるんだね」

「ああ、お別れだ。悪い事したな、元気になってくれよ」

「聞かせてよ、君の友達の話。何して遊ぶの?どんな話するの?」

 肺の住人は少しのあいだ押し黙った。でもその話を聞く約束のはずだろ?

「……かくれんぼをしたんだ、みんなと、この前。おれはお前の体の中をよく知ってるから得意なんだ。でもすげえ隠れるのが上手いやつがいるんだ。そいつとは、お前が見てる動画の話をしたよ」

 彼は友達の話をしてくれた。思いつくだけ話してくれた。最後の方はそれあまり仲良くないんじゃないかと思えるものだった。僕らは笑った。

「お前の友達の話を聞かせてくれよ。昨日、本を渡してただろ」

「うん。彼女も本が好きだったよ。多分喜んでくれたと思う。まだ一回しか話してないから、友達と言えるのかどうか。でもいい人だと思うんだ」

「ああ、いい友達だ。俺もうれしいぜ」

「君のおかげだよ。ありがとう。君は僕にとって一番の友達だよ」

「俺も、お前が一番の友達だ。本当に世話になった」

 体はまだしんどいけど、僕の気持ちは穏やかになった。彼とは素直に話ができた。そのまま自然と眠りに落ちた。


 目が覚めるた時、窓から夕焼けに染まる空が見えた。少し体は楽になったようだ。胸を見つめて肺の住人を呼んでみた。

「おーい……おーい……」

 返事がない。もう一度呼んだがやはり返事はない。不思議と返事が来ることはもう無いんだと確信できた、それでも納得できるまでおーいと繰り返した。胸から目を離して窓の空を見た。赤い雲が形を変えるのをしばらくじっと眺めていた。


「おーい」「さようなら」




<了> 蜜柑プラム


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― 新着の感想 ―
[良い点] 発想が好きです。ちょっと切ないけれどしっかりお別れをして一歩前に進む感じもとても好きです。
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