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鳴かぬなら!‐共律高校俳句部の事件簿‐  作者: 我楽太一
第二章 うそぶ・く【嘯く】
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第二章(4/4)

「さて」


 自分が発した言葉に、僕は自分で笑いそうになる。以前才川さんから、「ミステリの推理ショーを揶揄した川柳にこういうのがあるよ。『名探偵皆を集めて「さて」と言い』」という話を聞いていたからである。いやー、実際言いたくなるもんだね。


 そう、今からちょうど推理ショーが始まるところだった。


 前日、ファミレスで詳しい話を聞いたことで、狛犬が鳴いた謎が解けた。だから、美華ちゃんに頼んで、今日千代ちゃんたちを神社に呼んでもらったのである。


 僕は彼女たちに呼びかけるように言った。


「狛犬はこういう風に二体で一組になってるけど、この二体に違いがあるのが分かる子はいるかな?」


 一応顔見知りなので、昨日のように警戒されているわけではないだろう。誰も答えないのは、単純に誰も知らないのが原因らしく、千代ちゃんたちは確認するように互いに顔を見合わせていた。


 もう「ハイ! ハイ!」とうるさいエミー先輩を指名しようかと思ったけど、その内に一人が挙手をする。名前までは分からないけれど、昨日美華ちゃんが「嘘つき」と吊るし上げられていた時に黙っていた、言わば穏健派の子だった。


 真面目で大人しいタイプなのだろう。「じゃあ、君」と僕に促されて、彼女はようやく答えた。


「口を開いているか、閉じているかです。開いてる方を阿形、閉じている方を吽形と言います」


「よく知ってるね」


 僕がそう言うと、彼女は照れて顔を赤くする。これまで千代ちゃんとか美華ちゃんとか、気の強い子ばかり相手にしていたから新鮮な反応だった。


 ただ、なごんでいるような時間はなかった。早く説明しなさいよ、とばかりに美華ちゃんが睨んできたのだ。


「今説明してもらった通り、狛犬には阿形と吽形の二種類があるんだよ。前に才川さん――僕の友達から聞いたんだけど、これは狛犬の起源が古代インドにあることが関わっているんだって。

 日本語の『あ』と『ん』みたいに、古代インドで使われていたサンスクリット語は『阿』で始まって『吽』で終わるんだ。だから、阿と吽っていうのは、物事の始まりと終わりを意味するみたい。それで宗教的な意味合いとして、狛犬のデザインに取り入れられるようになったんだって。狛犬以外には、仁王像なんかも阿形と吽形で一組になってるみたいだね」


 説明は一段落ついたけれど、才川さんから聞いた話はこれだけではなかった。


「ちなみに、狛犬狛犬って言うけど、正確には吽形が狛犬で、阿形は本当は獅子って言うみたいだよ。

 中国では元々二体とも獅子を並べてたんだけど、日本に入ってきた時に片方が角の生えた霊獣・狛犬に置き変えられたんだって。そのあと、また二体とも獅子を並べる形式に戻ったんだけど、名前だけは狛犬で広まっちゃって――」


「それ絶対今関係ないでしょ。無駄話はいいから、早く鳴いた理由を説明しなさいよ」


 睨むだけでは我慢できなくなったようで、美華ちゃんは声に出して急かしてきた。僕は君の弁護をしてるんだけど……


 とはいえ、無駄話をしていたのは事実だった。僕は咳払いしてから、話を本題に戻す。


「美華ちゃん、もう一回確認するけど、鳴いたのはどっちの狛犬だった?」


「だから、こっちよ」


 正面から見て右側の狛犬を指すのを目にして、僕は頷く。


「そうだよね。鳴いたんだから、当然口を開けている阿形の狛犬だよね」


 このやりとりに、千代ちゃんは不審げな顔をする。狛犬が鳴くわけないと決めつけているから、口の形が関係あると思えないんだろう。


「鳴くまで待ってもいいんだけど、それだといつになるか分からないから鳴かせてみせようか」


 カバンから教科書を取り出すと、僕はそれを阿形の狛犬を扇ぐのに使う。


 そうして、顔の横から風を浴びせられた狛犬は――


 鳥の鳴き声のような、笛を吹く音のような、甲高い音を響かせたのだった。


 女の子たちは「え?」「なんで?」と口々に驚きの声を上げる。前に一度聞いたはずの美華ちゃんですら、意外そうな表情を浮かべていた。「What a surprise!」と、一番オーバーリアクションだったのは案の定エミー先輩だったけど。


「笛鳴り現象――簡単に言うと、窓の隙間風で音が鳴るのと同じことが起きてるんだよ。それとも、口笛と同じって言った方が分かりやすいかな? 息の代わりに風が狛犬の口を通ると、こうやって笛みたいな音がするんだ。美華ちゃんはそれを鳴き声と勘違いしたんだよ」


 この発想に至ったのは、実はエミー先輩のおかげだった。


「先輩、『亀鳴く』という季語は、亀が首を引っ込める時の音を鳴き声と勘違いしたものじゃないかって話をしてましたよね。だから、美華ちゃんも、鳴き声じゃない音を狛犬の鳴き声と勘違いしたんじゃないかと思って」


「オー、そういうことデシタか!」


 先輩はやはりオーバーリアクション気味に感嘆していた。


 季語の話はともかく、実際に狛犬の口から音が出るのを聞かせた上、その理屈も解説したおかげだろう。「へー」「そうだったんだ」と、女の子たちは僕の説明に納得してくれたようだった。


 しかし、千代ちゃんだけは食い下がってきた。


「ちょっと待ってよ。昨日だって風は吹いてたけど、狛犬は鳴かなかったじゃん。何かズルでもしてるんじゃないの」


 言い方はともかく、指摘自体は真っ当である。事実、細工は必要だった。


「音っていうのは空気の振動で……って小学校じゃまだやらないかな。ええと、窓を全開にしてたら隙間風は鳴らないし、口笛を吹く時は口をすぼめないといけないよね? それと一緒で、この狛犬は口を大きく開け過ぎてて普段は鳴けないんだよ。

 だから、狛犬を鳴かせようと思ったら、口の中に物を詰めて、空気の通り道を狭くしてあげないといけないんだ。覗いてみれば分かると思うけど、今日だって詰まってるよ」


 狛犬の口の中を凝視しながら、千代ちゃんは尋ねてくる。


「物って具体的には何?」


「口の大きさを調節しやいすように僕は丸めた紙を使ったけど、空気を振動させられればいいんだから、ある程度硬さのあるものならなんでもいいと思うよ。美華ちゃんが聞いた時に詰まってたのは、何かのゴミだと思うけど」


 本人が話していたことだから当たり前だけれど、ゴミと聞いてエミー先輩は「あっ」と声を上げる。表情を見るに、他にも心当たりのある子が何人かいるようだった。


「知ってる子もいるかもしれないけど、この神社は時々いたずらされてるみたいなんだ。落書きされたり、ゴミをポイ捨てされたりね。

 だから、美華ちゃんが鳴き声を聞いたのは、誰かが面白半分で狛犬の口にゴミを詰めていったからなんだと思う。逆に、昨日音が鳴らなかったのは、もうゴミが片付けられたあとだったからだろうね」


 僕の話はこれで終わった。あとは当人たちがどうするかである。


 さっきも難癖をつけるわけではなく、真っ当な指摘をしてきた。千代ちゃんにしてみれば嘘つきを嘘つきと呼んだだけで、そこまで悪意を持って接しているつもりはなかったのかもしれない。


「……ゴメン」


 美華ちゃんに対して、彼女は素直に謝っていた。


 やはり、クラスのリーダー格なのだろう。千代ちゃんが謝ると、他の子たちも「ごめんね」「ごめんなさい」と続く。


「いいわよ、別に。結局、本当に狛犬が鳴いたわけじゃなかったみたいだし」


 こちらも千代ちゃんを言い負かす為に張り合っていたつもりはないようだ。言い方はぶっきらぼうだけれど、美華ちゃんもあっさりみんなの謝罪を受け入れていた。僕たち部外者が無理に仲裁に出なくて済んで、ひとまず安心である。


「……行こっか」


「……うん」


 ぎこちないながらも、千代ちゃんと美華ちゃんは確かにそう言い合う。元々友達同士というわけではないのだから、仲直りしたところでそんなものだろう。しかし、それでも一緒に帰るくらいのことはできるようになったのだ。


 ただ、みんなと帰る前に一度、美華ちゃんは僕のところまで来て小声で言った。


你人真好ニーレンジェンハオ


 ポカンとしてしまったせいで、聞き返そうとした時には、美華ちゃんはもう神社を出て行くところだった。


「ニーレン……何?」


 醤爆田鶏ジャンバオティエンヂー(カエル肉の味噌炒め)、紅焼熊掌ホンシャオシオンヂャン(クマの手の平の煮込み)、芝麻球チーマーチョウ(ゴマ団子)、餃子ジャオズ(ギョウザ)…… 僕の知ってる中国語といえば、中華料理のメニューくらいのものである。


 困った時のスマートフォンで、答えはすぐに分かった。


「『你人真好』、直訳すると『あなたは本当にいい人です』……」


「じゃあ、ありがとうって言いたかったんデスね」


「僕、謝謝シェイシェイくらいしか知らなかったです」


「だから、素直にそう言うのが恥ずかしかったんじゃないデスか」


 可愛いことをするなぁ。そう微笑ましく思う反面、不安でもあった。ああいう不器用さを分かって受け入れてくれる子がクラスにいればいいんだけど。


「でも、ショースケはすごいデスね。よく真相が分かりマシタね」


「いえ、僕の説だってただの推測ですよ。真相はやっぱり美華ちゃんの嘘だったのかもしれません」


「エッ」


 まったく予想していなかったらしい。僕の話にエミー先輩は目を丸くする。


「なかなか思うように音が鳴らなくて、何度も実験をする必要がありましたからね。いたずらでゴミを詰めただけで音が鳴るようになる可能性は相当低いと思いますよ」


 そう説明されても、先輩はまだ信じられないようだった。


「でも、メイファも狛犬がピーピー鳴いてたって」


「最悪、鳥が鳴いてたことにして誤魔化す気だったんじゃないでしょうか。先に僕が先輩の鳥説を否定したから、言い出しにくくなっちゃっただけで」


 鳥説に関して、美華ちゃんは即反対するのではなく、しばらく考え込んでいた。あれは鳥説に賛成するか、反対するか、それとも真相を打ち明けるかで迷っていたからじゃないだろうか。


「それじゃあ、ショースケはメイファの話を信じてなかったのに、嘘の推理で事件を解決したんデスか?」


「僕は警察でも探偵でもないですから。事件の真相なんてものには特に興味ないんですよ」


 最初に「嘘も方便デスよ」と、嘘をついて美華ちゃんを庇ったのはエミー先輩である。それだけに、昨日と違ってみんなと一緒に帰る美華ちゃんの後ろ姿を見て、「……そうデスね」と納得したように頷いていた。


 それから、先輩は僕の方を向いて笑顔を浮かべる。


「俳人のやることは嘘をつくことデスからね!」


「いや、俳人でもないですけどね」


 入部させられては困るので、僕はきっぱりとそう否定した。

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