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鳴かぬなら!‐共律高校俳句部の事件簿‐  作者: 我楽太一
第二章 うそぶ・く【嘯く】
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第二章(1/4)

「文芸部はどうだった?」


「うん、悪くなかったよ」


 朝のSHR(ショートホームルーム)が始まる前のことだった。僕の質問に、才川さんはそう頷く。


「部員が多いものだから、メジャーじゃない作品でも一人くらいは読んでいるようだからね。OBの寄贈で、図書室にはない本も部室にあったりするし」


「それはよかったね」


 ポーカーフェイスなりに楽しげな表情を浮かべる才川さんを見て、僕はホッとする。部活をやりたがっている様子だったから、文芸部に馴染めたようで何よりである。


「そういう君は結局どうしたんだ?」


 脳裏に「『ショースケも俳句を始めてみませんか?』」という声が蘇る。


 昨日の仮入部はいろいろなことがあった。本当にいろいろなことがあった。一体、どこから説明すればいいのやら。


「……才川さん、俳句は好き?」


「いや、『獄門島』くらいなら読んだけど」


「?」


 ポカンとする僕に、才川さんは「読めば分かるよ」と言った。何かしらの文芸部ジョークだったらしい。


「実は昨日ね――」


 僕は運頼みで俳句部への入部を決めたことや、部長がアメリカ人だったことを説明する。もちろん、吟行の最中にしたゲームのことも。


 すると、才川さんは三回の質問の権利を一切使わずに、僕とは別のルートで推理を進めていった。


 妹のメグという名前は、おそらく『芽組む』にちなんでいる→季語にちなむことや日米どちらでも通じることから、日本人の祖父がつけた名前だと予想できる→妹と同じように、姉である先輩の名前も祖父がつけた可能性がある→芽吹きを意味する『芽組む』と関連がありそうな季語は『山笑ふ』である→


「そう考えると、その先輩の名前はエミーってところかな」


「……よく分かったね。僕はヒントがないと解けなかったのに」


「半分くらいは勘だよ」


 確かに憶測で推理を進めているらしき部分もあった。でも、謙遜も混じっているだろう。


 才川さんは本なら何でも読む濫読家である。だから、もちろんミステリも読む。この前の自己紹介でも、「黒岩涙香は明治の頃の作家で、外国の小説を翻案した『巖窟王』や『鉄仮面』のほかに、日本初のミステリと言われる『無惨』を発表しています」と説明していたくらいだった。


「で、君は結局入部したのか?」


「うん」


「へー……」


 中学時代の僕を知っているせいだろう。才川さんは驚いたような感心したような顔をする。


 急に照れくさくなって、僕は慌てて付け加えた。


「といっても、仮入部の期間だけだけどね。僕がいたら他の人も来るかもしれないから」


 才川さんの顔が、今度は落胆したような呆れたような表情に変わる。


「なんだ、サクラか」


「春だからね」


「それはあんまり面白くないよ」


「意味が分からないよりマシだよ」


「だから、読めば分かるって言ってるじゃないか」


 僕の反論に痛いところを突かれたらしい。才川さんはムキになったように言い返してきた。



          ◇◇◇



「ショースケは知ってる俳句に、『柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺』を挙げてマシタが、他には何かありマスか?」


「はぁ……」


 部室に入るなり、エミー先輩に急に質問されて僕はまごつく。この人はいつも急だな。


「『ショースケの知ってる俳句は何ですか?』」


「何で俳句っぽく言い直したのか分かりませんけど、僕は有名なのしか知りませんよ。『古池や蛙飛びこむ水の音』とか」


「いいデスよね、松尾芭蕉。俳句は松尾芭蕉から始まったようなものデスから。ちなみに、私は『旅に病んで夢は枯野をかけ廻る』が好きデス」


 俳句ガチ勢の意見に今日も圧倒されてしまう。僕なんて誰の句だったか言われてようやく思い出すようなレベルだからね。


 とはいえ、昨日の吟行でも同じようなことがあったから、今日はまだ冗談を言う余裕が残っていた。


「あと知ってるのは、『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』くらいですかね」


「オー、織田信長デスね。いえ、別に本人が詠んだわけじゃないデスけど」


 軽いノリで答えたのに、意外にもエミー先輩は話に食いついてきた。


「先輩も知ってるんですね」


「知ってマスよ。偉人の性格を表した句で、気性の激しい織田信長は『殺してしまえ』、策略家の豊臣秀吉は『鳴かせてみせよう』、辛抱強い徳川家康は『鳴くまで待とう』、パナソニックの松下幸之助は『それもまたよし』デスよね?」


「最後のは初めて聞きましたよ」


 やっぱりガチ勢だ、と僕は改めて思う。


 そして、思ったあとで疑問が浮かんできた。


「自分で言っといてなんですが、これって俳句なんですかね」


「『時鳥ほととぎす』は夏の季語デスから、俳句に分類してもいいデショウ。『目には青葉山ほととぎす初鰹』!」


「ああ」


 そういえば、昨日エミー先輩が話してくれたっけ。基本をはずれた、季語を三つ使った名句……だったかな。


「日本人はホトトギスが好きデスよね。模様が似ている秋の花に杜鵑草ほととぎすってつけたり、歌繋がりで俳号――ペンネームにホトトギスってつけたり」


「誰のことですか?」


「正岡子規デスよ。子規はホトトギスという意味デス」


「へー、そうなんですね」


 初めて聞く話だった。僕は驚きと感心に声を上げる。


 俳句の題材になるからか、子規の俳号の由来だからか、エミー先輩はホトトギスについて随分詳しいらしい。複雑な表情を浮かべて話を続ける。


「もっとも、中にはホトトギスが嫌いな人もいるようデスが……」


「?」


「岡山は昔ホトトギスが県の鳥だったんデスが、托卵をするからイメージが悪いということで、キジに変えられてしまったんデスよ」


「ああ、それは……」


 托卵……確か、ウグイスとか他の鳥の巣に卵を産んで、自分の代わりに育てさせることだっけ。しかも、元々あったウグイスの卵は、先に孵ったホトトギスの雛が巣の外に押し出して殺してしまうらしい。これじゃあ、「イメージが悪い」という意見が出てくるのも仕方ないだろう。


「ちなみに、私がホトトギスで俳句を詠むならこう詠みマス。『鳴かぬなら私が鳴こうホトトギス』!」


「すごく先輩っぽいですね」


 行動力に溢れていて、歌(俳句)が好き。そんなエミー先輩らしい句だろう。吟行に人を連れ出したり、入部を賭けてゲームを挑んできたりしたことを考えると、良くも悪くも、だけど。


「ショースケだったらどう詠みマス?」


「そうですね。鳴かぬなら……」


 鳴かぬなら、鳴かぬなら……と少しの間考えてから、僕は思い直す。


「いや、詠ませようとしないでくださいよ」


「ちっ」

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