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鳴かぬなら!‐共律高校俳句部の事件簿‐  作者: 我楽太一
第一章 ハイキングゲーム
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第一章(4/4)

「なんでそんなことしなくちゃいけないんですか」とか、「そういえば、エルバートとしか名乗ってませんでしたね」とか、「こういうのが得意な才川さん(友達)に相談してもいいですか」とか、いろいろ言いたいことを飲み込んで、僕は一番重要な点を尋ねる。


「……一応確認しときますけど、論理的に答えが出せるんですよね?」


「ええ、ゲームデスから。今までの話の中に、ちゃんとヒントが出てマスよ」


 そう答えたあと、先輩は小声で「多分」とつけたす。多分……?


 問題の難易度がそもそも高そうな上に、実は手がかりが不十分かもしれない。そのくせ、不正解のリスクだけはやたらと大きい。そんな欠陥だらけのゲームだから、先輩の話に乗る理由はないのだけれど――


「ゲームと言われると断りづらいですね」


 僕は『逆転裁判』や『ダンガンロンパ』みたいな推理AVGも好きなのだ。さんざんネタバレを喰らった『ポートピア』だってプレイ済みである。やっぱり、犯人はヤツだったけど。


「やってくれるんデスか?」


「ええ。でも、代わりにヒントをもらえませんか? さすがに今のままじゃあ、難し過ぎると思うので」


「うーん…… それでは、ショースケの質問に、イエス/ノーで三回だけ答えてあげマショウ」


「三回だけですか?」


「それだけあれば十分デショウ」


 先輩はそう言って譲らない。まぁ、質問する権利を引き出せただけでも大きいかな。


 回数が限られていることを考えると、「名前をひらがなに置き換えると二文字ですか?」みたいな限定的過ぎる質問はできない。一度になるべくたくさんの情報が手に入るようなことを聞くのが望ましいだろう。そう考えてから、僕は口を開いた。


「それじゃあ、一つ目の質問です。先輩の名前は季語にちなんだものですか?」


「イエス」


 ここまで先輩とは基本的に俳句の話しかしていないからどちらなのか迷ったけれど、これで「正岡子規から取って規子のりこ」みたいな俳人に由来しているパターンが消えた。同じく、「実はエルバートがファーストネーム」というパターンも。


「でも、これなら何でもありえますよね。『麗らか』から取って麗とか、『佐保姫』から取って佐保とか」


「そうやって適当に候補を挙げて、私の反応を窺うのはなしデスよ」


 考えていることはバレバレのようだった。勝負を持ちかけてくるだけあって、そう簡単にはいかないようだ。


 二回目の質問の前に、僕は改めて先輩と話したことを振り返る。


 先輩はクォーターだから日本人の感覚をそのままあてはめていいのか微妙なところだけれど、たとえば孝太が子供に孝一とつけるみたいに、日本では家族内で名前に規則性があるのは珍しいことではない。先輩が影響を受けたというお祖父さんの名前は「グランパ」呼びのせいで残念ながら不明だけど、アニメ好きという妹さんに関しては分かっている。


〝メグは――妹は全然興味ないみたいデスけどね〟


 長男に孝一とつけて、次男に健二とつけるような例もある。そう考えると、妹の名前というのも十分ヒントになるんじゃないだろうか。まぁ、イチローは実は次男だったりするんだけど。


「二つ目の質問です。先輩の名付け親と妹さんの名付け親は同一人物ですか?」


「イエス」


 となると、ますます姉妹で規則性があってもおかしくない。


「妹さんはメグさんという名前でしたよね?」


「イエス」


「……今のも質問に含まれるんですか?」


「それは四回目の質問になりマスから答えられマセン」


 き、汚い……


 ただ、先輩の態度自体がある意味ヒントだと言えそうだった。


「最初に〝三回だけですか?〟と聞いたのは、質問に含めませんでしたよね。ということは、先輩もしかして追い詰められてるんじゃないですか?」


「だから、私の反応を窺うのはなしデスよ!」


 先輩は慌てたようにそう答える。よほどの演技派でもなければ、今のは「イエス」と取っていいだろう。


 つまり、推理の材料はもう揃っているのだ。


「……分かりました」


 しばらく考え込んだあと、僕はそう言った。


「先輩が俳句を好きになったのは、お祖父さんの影響だとおっしゃってましたよね。そして、先輩の名前は季語に由来している。そう考えると、先輩と妹さんの名付け親はお祖父さんだと考えた方が自然ですよね」


「それで?」


 これ以上ヒントを与えたくないのだろう。先輩は否定も肯定もしない。


 でも、僕の中ではもう答えは出ていた。


「先輩は、お祖父さんが日本人だともおっしゃってました。そうなると、お祖父さんは孫に名前をつける時、何を考えるでしょうか。

 祖父が日本人なら、きっとアメリカ在住の日本人と接したり、日本に旅行に行ったりする機会があることでしょう。それどころか、将来は日本で暮らすようなこともあるかもしれません。だから、お祖父さんは、孫にアメリカでも日本でも通じるような名前をつけようと考えたんじゃないでしょうか?

 このことは妹さんの名前が間接的に証明しています。メグというのは、アメリカ人からすればマーガレットのニックネームかもしれませんけど、日本人からすればメグミのニックネームですからね」


「…………」


 僕の話に先輩は表情を固くして黙り込む。さすがに観念したんだろうか。


「そう考えて、思いついた名前がハナです。桜を意味する季語の『花』から取ってハナ。スキーのハナ・カーニーって、確かアメリカ人でしたよね」


「……では、それが答えデスか?」


 緊張した面持ちで確認してくる先輩に、


「いいえ」


 僕はそう答えた。


 ハナの他に、『春』から取ってハル――もっとも、ハル・ベリーなんかのHalleは、正しくはハリーと発音するらしいけど――という答えも僕は想定していた。ただ、とある理由から、ハナともども候補からはずしたのだった。


「最初は僕もハナが答えだと思いました。芽吹きを意味する『芽組めぐむ』から取ったであろうメグさんとは、植物繋がりで収まりもいいですしね。でも、よく考えたら、もっと収まりのいい名前があったんですよ。

 先輩、言いましたよね。〝春山淡冶にして笑ふが如く〟――〝春の山は木々の芽吹き(・・・)でうっすら緑色になって笑みを浮かべているようだ〟って」


 そこまでたどり着けば、答えまではあと一息だった。


「だから、先輩の名前は『山笑ふ』、つまり〝山が笑み(・・)を浮かべている〟からとって、エミー。エミー・エルバートですね?」


 今度こそ、本当に観念したようだ。


「……正解デス」


 先輩はそう言って僕の勝利を認めた。


「ほぼショースケの推理した通りです。ちなみに、ハナはマムの名前で、これもグランパがつけました」


「ああ、そうだったんですね」


 ゲームと直接関係ないとはいえ、さすがにそこまでは読めなかった。


 今年もまた一人で活動することになるのだから無理もないけれど、ゲームに負けて先輩は落ち込んでいるようだった。顔つきは暗く、足取りは重い。これまでの快活さがまるきり消え失せていた。


 元はといえば、自分が適当に俳句部を選んだせいで、変に期待させてしまったことにも原因がある。だから、先輩の様子に、僕は少なからず罪悪感を覚えてしまう。


「あの……なんかすみません」


 先輩は先輩で、勝手に新入部員だと思い込んだことを反省したようだ。僕が謝ると、次の瞬間には「ま、仕方ないデスね」と諦めたようなことを口にする。


 そして、気を取り直したようにこう言った。


「せっかくなので、『山笑ふ』で一句詠んでみマスね。ショースケ、聞いてもらえマスか?」


「はい、それなら是非」


 僕はそう答える。先輩を慰める意図がなかったとは言わないけれど、どんな句を読むのか純粋に興味があったのだ。


「うーん……」とちょっと考えただけで、先輩はすぐに思いついたようだった。


「『山笑ふ』と聞くと、そのまま山が笑うのを想像してしまうとショースケが言っていたので、いっそそういう意味も込めた句にしてみマシタ」



   行楽期人が笑へばまた山笑ふ



 日差しの暖かな春が訪れたことで、山の木々が芽吹き始めた。その美しさを楽しもうと、人々はピクニックやハイキングなどの行楽に出かけるようになる。そして、人々が談笑するのを聞いて、つられるように山も笑ってしまう……


 今のこの状況を詠んだものだったから、僕にも句の意味がすっと理解できた。


「俳句のことはよく分かりませんが、いい句だと思いますよ」


「そうデスか?」


「はい」


 慰めでもお世辞でもなく、僕は本心から頷く。


 すると、先輩はいっそう笑みを浮かべた。


「では、俳句部に入部を!」


 何故そうなる……


「嫌ですよ。というか、僕が勝ったんだから、勧誘は諦めてくださいよ」


「負けたら入部してもらうとは言いマシタが、勝った時の処遇は決めてマセン!」


「汚っ」


 さっき落ち込んでいるのを見て、罪悪感を覚えたのが馬鹿らしくなってくる。


「大体、私の名前を当てられるってことは、それだけ俳句に関心があるってことのはずデスよ。入部しマショウよ」


「先輩、まさか最初からそういうつもりだったんじゃないでしょうね?」


 不正解なら罰として強制的に入部させて、正解なら上手く言いくるめて入部させる…… もしかして、先輩のゲームを受けた時点で、僕はすでに負けていたんだろうか。


 実際のところ、先輩がどこまで狙っていたかは分からない。けれど、少なくとも勧誘する口実を与えてしまったのは確かなようだった。


「いいから、入部してくだサイ」


「嫌ですよ」


「入部ー」


「しません」


「『ショースケも俳句を始めてみませんか?』」


「だから、俳句っぽく言って洗脳しようとしないでください」


 そんな下らない言い合いをしながら、僕とエミー先輩はハイキングコースを二人で並んで歩いていく。


 きっと山も笑っているだろうな、と思った。

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