第八章(2/4)
「先程は違うと言いマシタけど、『田鼠化して鶉と為る』の田鼠は、クマネズミのことを指しているという説もありマスよ」
今更になって、エミー先輩はそう説明した。さっきは他人のことを笑っておいて……
にもかかわらず、「あ、そうなんですか」と僕が怒るでもなく相槌を打ったのは、それ以上に気になることがあったからだった。これまた今更になって、指を折って数えてみる。
「でも、で・ん・そ・か・し・て・う・ず・ら・と・な・る、で十二音ですか? これ長過ぎません?」
「そういう時は、変形すればオッケーデスよ。たとえば小林一茶は、『念仏せよ田鼠鶉に成たくば』『とぶ鶉鼠の昔忘るゝな』なんて詠んでマスね」
「上手いこと考えるもんですねー」
十七音前後に収めつつ、季語が伝わるようにしつつ、さらにはテーマのようなものまで詠み込まれている。僕は思わず感心していた。
以前ならここで、「では、ショースケも『田鼠化して鶉と為る』で一句詠んでみマショウ!」という話になっただろう。いや、エミー先輩のことだから、「『田鼠化して鶉と為るで一句詠め』!」くらい言ったかもしれない。
しかし、やはり肩の怪我の話を気にしているようで、エミー先輩は何も言ってこなかった。
代わりに、エミー先輩は「ちなみに、ここでいう鶉はいわゆるウズラではなく、ミフウズラという種類の鳥のことみたいデス」「ミフウズラは昔はフナシウズラと呼ばれていマシタ」というような解説を始める。
部室を人が訪ねてきたのは、その最中のことだった。
「こんにちは」
「おや、蛙女房ではないデスか」
「?」
エミー先輩の挨拶に、筒井先輩はきょとんとした表情を浮かべた。
「――というわけで、蛙女房というのは年上の奥さんという意味なんデスよ」
「そっ、そんな、奥さんだなんて気が早過ぎるよ」
説明を聞いて、筒井先輩は赤面する。しかし、その口元はにやけていた。結婚どころか、佐藤君と、男女二人の子供と、大きめの犬と一緒に暮らす妄想くらいしていそうだった。
「気が早いって、じゃあサトー君とは今どうなってるデスか? 何か進展ありマシタか?」
「進展って言われても……」
そう口を濁すあたり何もないのだろう。
というのは、僕の早合点だったらしい。筒井先輩は単に恥ずかしくて言い出しにくかっただけだったようだ。
「一応、ゴールデンウィークは二人で出かけたけど……」
「オー、デートしたんデスか!」
「デ、デートなのかな」
「男女が二人きりで出かけたらデートデショウ」
面白がってはやし立てるエミー先輩に、照れつつも満更でもない表情の筒井先輩…… これは確実に「デートコースはどんな風だったか」とか、「二人きりでどんな会話をしたか」とかいう話になるな。
そう直感した僕は、いい加減口を挟むことにした。筒井先輩だって、まさかのろけ話をする為に俳句部に来たわけじゃないだろう。
「あのー、それで筒井先輩は何の御用でしょうか?」
念の為に、僕は付け加えて尋ねる。
「また人探しですか?」
「違うの」
冗談めかして聞く僕に対して、筒井先輩は真面目にそう否定した。思ったより深刻な話なのかもしれない。
筒井先輩が挙げたのは、ある意味では僕たちにも関わりのある人物だった。
「妹が困ってるみたいだから助けてほしくて」
◇◇◇
昼も夜も鳴くほどの恋蛙の恋
一日中、それこそ夜行性なのに昼でも求愛の為に鳴くくらい、カエルが激しい恋をしている……というような意味だろう。
「相変わらず、熱々みたいですね」
「そうデスね」
外を歩きながら、僕とエミー先輩は二人でそんなことを言い合う。
以前、佐藤君を探してほしいと頼まれた時、エミー先輩は見返りとして俳句を寄稿するように要求した。筒井先輩はそのことを覚えていたようで、今回は報酬を前払いしてくれたのである。
筒井先輩が部室に来た時もそうだったけれど、やはり二人の関係に興味があるらしい。俳句の感想を言い終えると、エミー先輩は尋ねてきた。
「あの二人、本当に付き合ってないんデスかね?」
「さぁ? 本人が進展ないって言ってるんだから、そうなんじゃないですか」
あれだけ佐藤君に熱を上げている筒井先輩が、わざわざ嘘をつくとは思えない。むしろ、あの思い込みが激しそうな性格を考えると、付き合っていなくても彼女面しそう……というのはさすがに失礼か。筒井先輩、すみません。
僕としてはそれで話は終わりだったのだけど、好奇心が収まらないようでエミー先輩は食い下がってくる。
「ショースケは、佐藤君から何か聞いてないデスか?」
「特にはないですね」
「クラス違いマスもんね」
「いえ、前にたまたま廊下で会いましたけど、モンハンの話をしただけだったので」
「まったく、男子はしょうがないデスね」
子供っぽいとエミー先輩が言外に言ってくる。それはモンハンが面白いのが悪いと思いますけど(ちなみに、佐藤君は太刀が好きらしい。武器もイケメンだね)。
「女の子をハントするより、モンスターをハントする方が楽しくないですか」と反論したくなるのをぐっとこらえて、大人の僕はエミー先輩に話を合わせてあげることにした。
「でも、あんまりのんびりしてると、誰かが先に告白しちゃうかもしれませんね。佐藤君、顔も性格もいいから」
「ショースケ、ダメですよ。『菊』は秋の季語デスから」
「そういう意味じゃないです。というか、それはセクハラです」
というか、前も思ったけど、エミー先輩何気に下ネタ好きですね。
エミー先輩も大概しょうがない人だから、季語の話が出るとそちらに話題を移した。
「カエルといえば、ショースケはカエルの子供を何と言うか知ってマスか?」
「? おたまじゃくしでしょう?」
「実は蝌蚪という言い方もあるんデスよ。蝌蚪というのは、中国語でおたまじゃくしを意味する言葉デス。
『蝌蚪』は春の季語にもなっていて、『お玉杓子』より短くて使いやすいせいか、俳句の世界ではわりとよく見マスよ。たとえば、村上鬼城は『川底に蝌蚪の大国ありにけり』と詠んでいマスね」
「へー、初めて知りました」
確かに、二音と六音の違いは大きいだろう。『田鼠化して鶉と為る』といい、音数の節約には苦労しているようだ。
「ちなみに、カエルの卵は『蝌蚪の紐』と言いマス」
「ああ、ヒモみたいな形だから」
「ハイ。他には『数珠子』とも言いマスね」
「それも、やっぱり形が数珠みたいだからですか?」
「そういうことデショウ」
エミー先輩の言葉に、僕は水の中で揺れる数珠を思い浮かべたけれど、本人はまったく別のものをイメージしたようだった。
「私はタピオカっぽいと思いマスけどね」
「それ女子の前で言ったらブン殴られますよ」
流行ってるからなぁ、タピオカミルクティー。
それから、「藤原市にもやっと店ができたみたいですよ」とか、「それじゃあ、吟行も兼ねて今度飲みに行きマショウか」とか、「いいですけど、飲んでる時にカエルの卵とか言ったらブン殴りますよ」とか話している内に、僕たちは目的の場所――上埜公園に到着したのだった。
小学生は他にもいたけれど、筒井先輩の伝言通り池の前で待っていてくれたので、彼女はすぐに見つけられた。
「こんにちは。筒井都子ちゃんだね?」
「はい、そうです。こんにちは」
僕が声を掛けると、都子ちゃんは丁寧にも頭を下げた。
名前だけでは思い出せなかったけれど、顔を見れば一発だった。真面目だがやや気の弱そうな目鼻立ちに、小学五年生ということを差し引いても小柄な体格…… 狛犬事件の時に、狛犬に阿形と吽形があることを答えてくれたあの子だったのだ。
「浄仙神社ではありがとうございました。危うく美華ちゃんを嘘つき呼ばわりするところでした」
「いいよ。気にしないで」
「それから、お姉ちゃんもお世話になったみたいで。ありがとうございました」
「いいよ、いいよ」
何度も繰り返し頭を下げる都子ちゃんに、僕は微苦笑を浮かべる。
代わりに、僕が思っていたことを先輩が口にした。
「トコは礼儀正しいデスね」
「い、いえ、そんなことないです」
敬語こそ崩さないものの、都子ちゃんは慌てたように今度は首を横に振った。年相応に照れたようだ。顔立ちもそうだけど、すぐに赤くなるところも筒井先輩に少し似ていると言えそうである。
一瞬微笑ましい気持ちになったけれど、僕はすぐにそんな場合ではないことを思い出す。
「それで、僕たちに解決して欲しいことって?」
「美華ちゃんがまた嘘つき呼ばわりされちゃうかもしれないんです」
焦る気持ちを抑えて、僕は先を促す。
「どういうこと?」
「美華ちゃんがこの池でクイナを見たって言うんです。でも、全然見つからなくて」




