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鳴かぬなら!‐共律高校俳句部の事件簿‐  作者: 我楽太一
第一章 ハイキングゲーム
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第一章(3/4)

 自然を観察する為なのか、単に落ち着きがないのか。先輩はあちこちをふらふらしながら山道を歩く。前に進む距離は変わらないのに、歩数は僕の倍以上になっていそうである。


 しかし、そんな先輩の足がふと止まった。


「どうしたんですか?」


「疲れたので、ここでちょっと休憩デス」


「自由だなぁ……」


 看板によりかかって休む先輩の姿に、僕は呆れてしまう。その看板に「もうすぐ休憩所!」と書いてあるから尚更。


 ただ息の荒さを見るに疲れているのは本当のようなので、先輩が再び歩き出すタイミングで僕はようやく質問した。


「そういえば、さっき『青い山』は季語じゃないと言ってましたけど、季語ってそもそもどういう基準で選ばれてるんですか?」


「偉い人が決めてマス」


「…………」


「別に冗談とかじゃないデスよ。季語の分類は結構曖昧というか、偉い人がこうだと言ったのを受け継いでる感じデスから」


『青嶺』が季語で、『青い山』が季語でないのは、特に必然性があってのことではないらしい。もしかしたら、『青い山』を季語と見なしている人もいるのかもしれない。


語って言うからには、春夏秋冬あるんですよね?」


「そうデスね。基本的に四季と新年の五つに分類することが多いデス。また、そこから初春・仲春・晩春とさらに季節を細かく分けたり、時候・天文・動物・食物などと種類ごとに分けたりしマス」


 僕がいまいちピンと来ていないのを見て取って、先輩は話を続けた。


「なんか適当に季節を感じるものを言ってみてくだサイ」


「そうですね…… それじゃあ、桜で」


「『桜』は春の季語で、晩春の植物の季語に分類されてマス。同じく『枝垂桜』や『山桜』、『花』なんかもそうデスね。もう古典の授業でやったかもしれませんが、歌の世界で花といえば基本的には桜のことデスから」


「いえ、初めて知りましたよ」


 今やっているのは子供とぼた餅の話で桜は出てこない。だから、ちょうどいい予習になった。


「春の季語なら、分かりやすいところデスと、『春』『麗らか』『蒲公英』なんていうのがありマスね」


 さっきも桜と答えるかタンポポと答えるか迷ったくらいである。俳句関係なしに、春の表現に使われる言葉だから確かに分かりやすい。


「ちょっと変わった季語としては、花見の別名である『桜狩さくらがり』、植物の芽吹きを意味する『芽組めぐむ』、フェーン現象を日本語に言い換えた『風炎ふうえん』なんてのもありマス」


「ちょっと」と言うわりにはまるで聞き覚えがなかった。とはいえ、まだなんとなくニュアンスは伝わってくる。


「さらにマニアックなところデスと、『佐保姫さほひめ』『龍天に登る』『山笑ふ』…… このあたりになると、俳句をやってる人でもなければ全く意味が分からないデショウね」


「そうですね。『山笑ふ』と言われても、童話とか漫画みたいに山が笑うのしか思い浮かびません」


『山怒る』なら、まだ噴火のことかなと想像できるけど……


『佐保姫』や『龍天に登る』も同じで、僕には言葉通りファンタジー的なものしかイメージできなかった。一体、春と何の関係があるんだろうか。


「『佐保姫』は、奈良の佐保山の女神様のことデス。彼女は春を司っていると言われていマス。

『龍天に登る』は、春になると龍が天に登って雨を降らす……という中国の伝承に由来した季語デス。

『山笑ふ』も由来は中国で、『臥遊録がゆうろく』という詩の一節、〝春山淡冶(たんや)にして笑ふが如く〟から来ていマス。要は、〝春の山は木々の芽吹きでうっすら緑色になって笑みを浮かべているようだ〟ということデスね」


「へー、ちょっと面白いですね」


 一時期ゲームセンターのクイズゲームに熱中していた影響で、今でも雑学や豆知識の類には好奇心をそそられてしまう。だから、俳句自体は別としても、俳句にまつわる雑学には興味が持てそうだった。


 そんな僕の態度に、先輩は「そうデショウ!」と嬉しそうな顔をする。


「俳句を作らなくても、歳時記さいじきを読むだけでも結構楽しめマスよ」


「歳時記って何ですか?」


「簡単に言えば季語辞典デス。季語の説明やその季語を使った例句が載ってマス」


 百聞は一見に如かずとばかりに、先輩はバッグから歳時記を取り出す。装丁は確かに国語辞典や古語辞典とあまり変わらないようだった。


「先輩、持ち歩いてるんですね」


「季語は何千とありマスから、さすがに全部暗記するのは無理デスよ。もっとも、今だったら電子辞書やネットの歳時記を使う手もありマスが」


 先輩の話を聞いて、僕は早速スマホの操作を始める。


「お、ワカシャモゲット」


「ポケモンGOをやらないでくだサイ!」


 名残惜しいけど、吟行に付き合うという約束だから仕方ない。ただ、すでに説明してもらった『佐保姫』や『山笑ふ』について改めて検索することもないだろう。


「何か面白い季語あります?」


「そうですね…… じゃあ、『呼子鳥よぶこどり』とかどうデスか?」


 ワカシャモの話に影響されたのか、先輩は鳥の名前を挙げた。面白い季語だから、実は鳥と全然関係ないって可能性もあるけど。


 検索結果はすぐに出た。


〝「春に人を呼ぶような声で鳴く鳥」と伝えられているが詳細は不明。カッコウを始め、ウグイス、ホトトギス、ツツドリなどが候補に挙げられることが多い。〟


「こんなのもあるんですね」


「こんなのもあるんデスよ」


 その上、例には宝井たからい其角きかくという人の『むつかしや猿にしておけ呼子鳥』という句が挙げられていた。そんな適当な……


「季語でちょっと注意してほしいのは、おおむね二十四節気に基づいて分類されているということデスね」


「どういうことですか?」


「二十四節気というのは、簡単に言えば古代中国で作られた暦のことデス。昔の日本では太陰暦と合わせて、この二十四節気が使われていマシタ。

 ただ中国の気候がベースになっているので、二十四節気の分類は日本人の感覚からするとちょっとずれがあって、二月から四月が春、五月から七月が夏、八月から十月が秋、十一月から一月が冬ということになってしまっているんデスね。

 俳句はこの二十四節気に基づいていマスから、『菠薐草ほうれんそう』や『猫柳ねこやなぎ』みたいな冬っぽい言葉も、二月の風物詩として春の季語に分類されているんデス」


「へー」


 ニュースで二月の初めくらいに、「今日は立春、暦の上ではもう春です」とか言い出して、「どこが!?」って思うあれのことか、と僕はやっと納得いった。


「もう一つ季語で注意してほしいのは、俳句一つにつき季語は一つだけということデス。季語が二つ以上あるのは季重なりと言って、何について詠んだ句なのかぼやけてしまうので、基本的には避けるものとされていマス」


「でも、基本的にはってことは……」


「ハイ、季重なりの名句もありマスよ。有名なのは、山口やまぐち素堂そどうの『目には青葉山ほととぎす初鰹』デショウか。

 この句は夏の季語を三つも使っていマス。デスが、『青葉』の色や形という視覚、『山ほととぎす』の鳴き声という聴覚、『初鰹』の味という味覚と、単に夏の季語を並べるのではなく、五感に訴えることで全身で夏を感じさせるような表現になっていマス。その為、名句だと言われているんデスね」


「なるほど……」


『目には青葉~』の句自体は耳にしたことがあったけれど、その時に特別感銘を受けた覚えはない。しかし、先輩の解説を聞いたあとなら、ぼんやりとだけどいい句だというのが分かるような気がしてきた。


 そう感心する僕に、先輩はさらに解説を続けた。


「とはいえ、これはあくまで例外デスからね。やっぱり、最初の内は基本通りに作ることをオススメしマスよ」


「だから、作りませんって」


「えー」


「ついてくるだけでいいって言ったのは先輩じゃないですか」


「じゃあ、入部は……」


「しません!」


 意外としつこい先輩に、僕ははっきりそう答えた。


 先輩の話はなかなか面白いと思う。自分が今までよく知らなかっただけで、俳句には俳句の魅力があるようだ。


 しかし、それだけで貴重な放課後や休日の時間を使おうとまでは思わない。ゲームでも、映画鑑賞でも、スポーツ観戦でも、面白いことなら他にもたくさんある。


 そんな僕の考えを見透かしたんだろうか。


「では、ゲームをしマショウ」


 先輩は唐突にそう宣言した。


「私のファーストネームを当ててくだサイ。もし不正解だった場合は、入部してもらいマス」

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