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第七章(4/4)

「個人的に、っていうのはどういう意味かな?」


 僕の言葉を聞いても、才川さんに動揺は見られなかった。


「ラブレターを書いたつもりはないけど」


 余裕綽々と、そんなことまで言い始める。打ち上げにエミー先輩を呼ばない不自然さから、うすうす勘づいていたのか。元々僕宛てのメッセージだったから、解読されるつもりでいたのか。多分、その両方だろう。


「大体、私の俳句って、具体的にはどの句のことを言ってるんだ?」


「もちろん、全部だよ」


 僕は山のようなお皿を横にどけると、テーブルに才川さんからの手紙をまず一通置いた。



   沈む陽と何が違うか落ちる柿



「最初に俳句をもらった時にも言ったけど、何で秋の季語の『柿』で句を詠んだのかが不思議だったんだよね」



   葦原に如かずや考える葦たち



   子育てに腰を曲げたる稲穂かな



「そのあと、『葦原』や『稲穂』の俳句を渡されたけど、その時もせいぜい才川さんは秋が好きなのかなくらいにしか思わなかった。読書の秋で、才川さんのイメージにも合ってるしね」



   ひとり寝も寂しくもなし人麻呂忌



「でも、『人麻呂忌』の句で、やっと才川さんのやりたかったことが分かったよ」


 正確には、部活の時にエミー先輩がたまたま話題に出してくれたおかげだけど……


「『柿』と『人麻呂忌』は言うまでもなく、柿本人麻呂のこと。『葦原』はそのまま葦原で、『稲穂』は瑞穂に通じる言葉だよね。

 つまり、才川さんの句は、万葉集の柿本人麻呂の歌、『葦原の瑞穂の国は神ながら言挙げせぬ国』を伝える為のものだったんじゃないかな」


 もうほとんど真相を口にしたようなものだけど、才川さんの余裕はまだ崩れなかった。探偵に対する犯人というより、生徒に対する教師のように僕に解答を促してくる。


「それで?」


「ここからは想像になるんだけど、言挙げしない――思ったことをはっきり言わないのは、日本人なら誰にでも多少はあてはまることかもしれない。

 でも、才川さんは人麻呂の歌を引用することで、僕が俳句を詠もうとしないことを指摘したかった。もっとはっきり言えば、僕に俳句を詠めと言いたかったんじゃない?

 わざわざこんな風に暗号みたいにしたのも、ゲーム好きの僕なら解読に夢中になって、その内に俳句自体にも興味を持ち始めると思ったからなんじゃないかな」


 だから、本来なら『柿』や『人麻呂忌』で柿本人麻呂を連想させて、『葦原』や『稲穂』にも何か意味はないか、僕に調べさせるつもりだったんじゃないだろうか。エミー先輩の話で一発で答えにたどり着いちゃったせいで、結果的には台なしになっちゃったけど。


 僕の推理を聞いた才川さんは、ゆっくりと頷く。


「正解だよ。80点くらいかな(・・・・・・・・)


 どういう意味か、僕にはさっぱり分からなかった。


 才川さんはまずプラスの80点について説明する。


「エミー先輩、病気なんだろう? だから、俳句を詠んであげたらいいのにとは確かに思ってるよ」


 僕は思わず絶句していた。


「……いつから気づいてたの?」


「先輩がレントで節制しているだけなのを、君がやけに心配していた時からかな。それと、正岡子規が好きなことや俳号がウグイスの子ってことなんかを総合して、そうなんじゃないかと思って」


 すごい推理力と言うべきか、観察力と言うべきか…… エミー先輩と関わる機会は僕に比べてずっと少なかったはずなのに、よく予想できたものである。


 そして、病気を見抜いていたことに驚いたからこそ、余計に才川さんの真意が気になるのだった。


「それで、マイナスの20点は?」


「君にはもう一句渡したじゃないか」


 確かに、手元にはまだ並べていない手紙が残っていた。『柿』の句のあとにもらった、二通目の手紙である。



   子供らは寄居虫探す磯遊び



 しかし、これは――


「これは普通に俳句を詠んだだけじゃないの? 『柿』とか『稲穂』とかと違って、春の季語を使ってるし」


「違うよ。春の季語の『人麻呂忌』も暗号に使ってるのに、『磯遊び』の句だけ無関係なわけないじゃないか」


 僕の推理はあっさりそう否定された。


 その上、才川さんは呆れたような視線を向けてくる。


「君は一体どういう調べ方をしたんだ? 普通に調べたら、人麻呂の歌にまだ続きがあることくらい、すぐに分かると思うんだが」


「えっ」


「あの歌は、船旅に出る人に向けたものでね。人麻呂は『葦原の瑞穂の国は神ながら言挙げせぬ国』のあとに『然れども言挙げぞ我がする』、つまり『私は思いを言葉にする』と言って、旅の安全を祈る言葉を続けているんだよ。

 そして、反歌――これまでの歌の要約という形で、最後にこう詠んだんだ」


 才川さんはそう僕に向けて説明しながら、普段寄稿に使っているレターペーパーに和歌を書くと、それを『遊び』の句の横に並べた。



   磯城島しきしまの大和の国は言霊の助くる国ぞ真幸まさきくありこそ



「意訳すれば、『日本人は言いたいことや言うべきことを慎むけれど、日本は言ったことが実現する言霊の国だから、私はあなたの船出が上手くいくようにと言葉にして言います』と、そんな風な意味になるかな」


 才川さんの説明を聞いて、僕はよく20点の減点で済ませてくれたなと思う。


 なにしろ、俳句に込められたメッセージの意味が、まったく変わってきてしまうからである。


「だから、私は何も君に俳句を詠めとだけ言いたかったわけじゃないよ。足の速さを活かしてセンターあたりにコンバートしたっていいし、陸上やサッカーみたいなまったく別のスポーツをやったっていい。趣味のゲームを本気でやって、e-sportsの大会に出るのもいいと思う。とにかく私は、君が新しく何かを始めるなら、それを応援すると言いたかったんだ」


「…………」


 才川さんの思いを知って、僕は何も言えなくなってしまう。


 考えてみれば、今になって始まったことじゃない。部活が強制だと僕が初めて知った時、才川さんはどんな部活があるのか教えてくれた。僕が俳句部に仮入部や入部を決めてからは、どんな活動をしているか尋ねてきた。才川さんは手紙を出す前から、ずっとメッセージを送り続けていたのだ。


「もちろん、試合で投げないまま野球をやめなきゃいけなかったせいで、なかなか他のことを始める踏ん切りがつかないという君の気持ちも分かるけど……」


 才川さんは気遣うようにそうも付け加えた。


 つまり、エミー先輩の病気は見抜けても、僕の気持ちまでは見抜けていないということである。


「別に迷ってるわけじゃないんだけどね」


 僕はあっけらかんと言う。少なくとも、今はもう迷いも悩みもなかった。


俳句だって(・・・・・)前からもうできてるし(・・・・・・・・・・)


「えっ!」


 僕の話に、才川さんは目を見開いて大声を上げる。


 その様子が僕には少しおかしかった。SSRくらいの反応だろうか。


「才川さんがそんなに驚くなんて珍しいね」


「だって、それは……」


 才川さんはうろたえたように途切れ途切れに呟く。やはり、このことは予想も推理もまったくできていなかったようだ。


 取り乱す才川さんに、僕はからかうような照れ隠しのような言葉を掛ける。


「ま、その内分かるよ」

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