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鳴かぬなら!‐共律高校俳句部の事件簿‐  作者: 我楽太一
第六章 若人のすなる遊びはさはにあれど
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第六章(2/4)

「打てるよー」


 ストライクの球を見送ったバッターに、僕はそう声援を送る。


 その影響か、バッターは四球目で初めてバットを振った。


 しかし、タイミングが合わずに空振り。これで3ストライク、アウト。僕は声援を「打てるよー」から、「ドンマイ!」に切り替えた。


「三組はどんな感じデスか?」


「エミー先ぱ――」


 と言いかけて、僕はその姿に絶句する。学ランに白い手袋。それから、胸に巻かれたサラシ……


「何ですか、その格好?」


「応援団長デス!」


「そういうことを聞きたいわけじゃないんですが……」


 どうせ尋ね直したところで、「応援する為デス!」とか答えになってないことを言われるに決まっているから、僕は言葉を濁すだけにしておいた。


 チアリーダーに扮した時と違って、それ以上僕が何も言わなかったせいだろう。エミー先輩は不満げな顔をする。


「似合ってマセンか?」


「まぁ、似合ってはいますけど」


 チアの衣装の方が可愛いし、先輩にも似合っていたような…… 間違っても、「チアの方が露出度が高くてよかった」とかそういうことではない。断じて。


「これはこれで、サラシで胸が抑えきれなくなっててまずい」とか一切考えていない僕に、エミー先輩は改めて質問してきた。


「それで、三組はどんな感じデスか?」


「この試合に勝てば上位に入れそうです。勝てば、ですけど」


 ここまで勝ったり引き分けたりで、男子はなかなか順調だったものの、六組との最終試合は現在五回表で1対3。2点のビハインドを背負っていた。


「ショースケのポジションはどこデス?」


「次はローテでピッチャーですけど、これが最終回ですからね」


 両チームとも、運動が得意な生徒の数は同じくらいというのが僕の見立てだった。ただ六組の方が野球部・元野球部の人数が多いようだ。だから、2点以上を取って、裏の守備までイニングを回すというのはちょっと難しいだろう。


「それじゃあ、打順は何番デスか?」


「一番だから、もう回ってこないでしょう」


 この回の打順は四番から始まっていた。一番の僕まで打順を回そうとしたら、打者一巡レベルの猛攻が必要になってしまう。これもまた難しいだろう。


 やはり、僕の応援の為に駆けつけてくれたらしい。エミー先輩は落胆した顔をする。


「それは残念デスね。『春風やまりを投げたき草の原』と言うのに」


「何ですか、それ」


「正岡子規デスよ。野球についてそう詠んだんデス」


「そういえば、野球好きなんでしたっけ」


 しかし、子規は結核を患っていたはずだろう。満足にプレーできたのかは疑問である。もしかして、「ボールを投げたくなるような春の原っぱだ」というさっきの句は、病気のせいで投げたくても投げられないことを嘆いたものなんだろうか。


「そういうエミー先輩たちの方はどうなんですか? 勝ってますか?」


「女子の方は優勝しマシタよ!」


「本当ですか? すごいですね」


 両手でピースする先輩に、僕は目を丸くする。


 ただ驚きはしたけれど、意外かといえばそうでもなかった。


「ちょっとしか見れなかったですけど、先輩活躍してましたもんね」


 性格からして、ドリブルでガンガン突っ込んでいくタイプかと思いきや、エミー先輩はしばしば3ポイントシュートも織り交ぜていた。その上、カットインやドライブインの鮮烈なイメージが、相手ディフェンスへのいいフェイントになったようで、成功率もかなり高かったのだ。


「そうデショウ! ミドルスクール時代は強肩強打で鳴らしたものデスからね!」


「それは野球の話でしょう」


「どうやら男子もいい感じらしいので、もしかしたら総合優勝も――」


 エミー先輩が得意げにそう言いかけた瞬間、「わっ」とグラウンドが沸く。


 話し込んでいる間に、随分試合が進んでいたらしい。


 八番バッターの力重りきしげ君が、逆転の3ランホームランを放ったのだった。


 これで、最終回の裏――守備までやる必要が出てきた。


「ポジションどこって言ってマシタっけ?」


「次はローテでピッチャーです」



          ◇◇◇



「本当に僕が投げるの?」


 守備位置に着く前に、僕はキャッチャーの柳井田君にそう声を掛けた。


 女子のバレーと同じく、男子の野球にも球技大会用のルールが設定されていた。全員が試合に参加できるように、1イニングごとに守備につくメンバーやポジションを交代しなくてはならないのである。


 しかし、具体的な順番までルールでガッチリ決められているわけではなかった。必ずしも僕がピッチャーをやる必要はないのだ。


「僕、ストレートしか投げれないんだけど…… せっかく勝てそうなんだし、誰か野球部がやった方がいいんじゃない?」


「そりゃそうだけど、マジでそれやったらなんか印象悪いだろ」


「もうちょっとマシな理由で止めて欲しかったなぁ」


 僕は思わず顔をしかめる。


 反対に、柳井田君は鷹揚に笑って続けた。


「まあ、球技大会なんだし気楽にいこうぜ」


「……そうだね」


 そんなことを言い合うと、柳井田君はキャッチャーボックスへ、僕はマウンドへと向かった。


 五回裏、六組の攻撃は九番バッターから始まった。


 基本的にはチーム最弱のバッターを置く打順だけど、野球は久しぶりにやるから気は抜けない。一般的なストレートの握り――ひょうたん型の縫い目を横向きにして、縫い目に人差し指と中指をひっかけるように握る――ができているか、僕はしっかり確認してから投球動作に入った。


 球速はないけれど、制球力は悪くなかった。外角低めの際どいコースにストレートが決まる。それも、バックスピンがかかって下に落ちづらい、いわゆるノビのあるストレートが、である。


「ストライク!」


 手を出せなかった九番バッターを見て、審判はそうコールした。


 初球以降も、僕は内角と外角、高めと低めを上手く投げ分けていく。柳井田君の配球の妙もあり、まずは三振で1アウトを奪う好発進を決めた。


「ナイスピッチ!」


 そう言ったのは、味方だけではなかった。


「なかなかやるな」


「なかなかな」


 敵ベンチからも、若干失礼な賞賛が飛んできた。


 しかし、続く一番バッターからもストレートだけで三球三振を奪うと、「……あいつ誰だ?」「経験者か?」と敵ベンチにはっきりと焦りが見え始めた。九番バッターが運動音痴なだけ、まだ1アウトを取られただけ……そういう余裕がなくなったせいだろう。


 2アウトの追い込まれた状況で打席に立つバッターは、僕もよく知っている人物だった。佐藤君こと、佐藤親斎(ちかとき)君である。


 とはいえ、この試合に勝てば、優勝とは言わないまでも上位入賞がありえるのだ。いくら知り合い相手でも手を抜く気はなかった。ここまでのプレーを見る限り、佐藤君はスポーツが得意なようだけど、部活はサッカー部らしいので――


「佐藤君、頑張ってー!」


 不意に筒井先輩の声援が聞こえてきて、僕は肝を潰した。


 知り合い相手でも手を抜く気はないけれど、二人を破局させる気もなかった。「恋は盲目」とは言うものの、「百年の恋も冷める」という言葉もあるので、なるべく筒井先輩を幻滅させないように佐藤君の打席をやり過ごしたい。


 だから、これまでのようにあっさり三振を奪うような真似は論外である。同じくボテボテの内野ゴロもまずい。


 ベストはあわやホームランという外野フライを打たせて、僕たち三組が試合には勝ちつつ、「佐藤君も惜しかった」という印象を残すことだろう。しかし、運動神経がいい子を内野に集めているから、外野にボールが飛ぶとエラーが怖い。1点差しかないから、最悪ランニングホームランで同点になってしまう。


 一方、キャッチャーの柳井田君は、僕とは正反対のことを考えているようだった。ミットを佐藤君の体の後ろに構えて、「このモテ男にぶつけろ」と指示を出してくる。マスクのせいで表情がよく見えないけど、多分冗談だろう、うん。


 そうして悩みに悩んだ末――


「ボール」


「ボール」


「ボール」


「ボール。ボールフォア!」


 僕は結局、佐藤君を四球で出塁させることにしたのだった。


「佐藤くーん!」


 筒井先輩は、佐藤君の選球眼に無邪気に黄色い声を上げる。今の四球は僕のおかげなんだけど……まぁ、いいか。そもそも、わざと四球を出したことがバレないように、微妙なコースに投げたんだし。


 僕の故意の四球で、試合はまだ分からなくなってしまった。2アウト・ランナー一塁、つまり長打で同点、ホームランで逆転もありえる状況になったからである。その上、打席に立つのは上位打線の三番バッターだった。


 けれど、もう佐藤君の時のような縛りプレイをする必要はない。僕はストレートをストライクゾーンのあちこちにちらばせて、三番バッターから空振りを――


「うえっ」


 野球部では普段サードを守っており、キャッチャーは本職ではないらしい。そのせいで、3ストライク目のストレートを柳井田君は後ろに逸らしていた。これでは、野球のルール上アウトを奪ったことにならない。


 柳井田君は慌ててボールを拾うと、すぐに一塁に送球する。が、その時点で三番バッターは既にベースを踏んでいた。いわゆる振り逃げが成立してしまったのである。


 これで2アウト・ランナー一、二塁。長打でも逆転がありえる状況になってしまった。


「わりぃ」とジェスチャーする柳井田君に、僕も「気にしないで」とジェスチャーで答える。しかし、内心は穏やかではなかった。


 このピンチで迎えるのが、おそらくチーム最強の四番バッターの打順だったからである。


 野球部同士で実力をよく知っているからだろう。柳井田君はそれまでとうってかわって慎重なサインを出してきた。つまり、ボール球も使って、最悪四球を出すつもりで投げろと言ってきたのだ。


 ストライクかボールか際どいゾーンを狙ったおかげで、僕は四番バッターから2ストライクを奪うことに成功する。しかし、逆に3ボールも与えてしまっていた。


 六球目を投げる前に、僕はこの状況ではどうするのがベストかを考える。


 柳井田君は四球を出してもいいようなことを言っていたけれど、そうなると満塁で五番バッターを迎えることになってしまう。単打や四球でも同点になる場面で上位打線と対戦するというのは、それはそれで厳しいものがあるだろう。それなら、2ストライクまで追い込めた今ここで、三振を狙いにいった方が得策ではないだろうか。


 ちょうど、僕がそう結論を出した時だった。


「ショースケ!」


 今更になって、エミー先輩の声援がグラウンドに響く。


「『腕でなく腰を使って投げなさい』!」


「三三七拍子ならぬ五七五拍子ですか」と呆れて視線をやると、今まで先輩が姿を消していた理由がようやく分かった。


 先輩はグラウンドに才川さんを連れてきていた。それもチアリーダー姿の。


 露出も多いし、快活なイメージがあるから、チアの衣装は才川さんには似合わない。本人も自覚があるのか、いつものポーカーフェイスにも若干赤みが差していた。


 その上、才川さんはますます似合わないことをする。


「頑張れ」


 そう言って、小さくだが胸の前でポンポンを振ったのだ。


 投球の前に、僕は気持ちを落ち着かせようと一呼吸間を置く。それから、念の為にボールも握り直した。人差し指と中指を、縦向きにした縫い目にしっかりと沿わせる。


 そうして、投げ込んだ第六球。


 ボールはわずかにバットの軌道の下をくぐり、四番バッターから空振りを奪った。

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