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鳴かぬなら!‐共律高校俳句部の事件簿‐  作者: 我楽太一
第六章 若人のすなる遊びはさはにあれど
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第六章(1/4)

「才川さん、大丈夫?」


「うん」


「そんな緊張することないよ。あれだけ練習したんだから」


「うん」


 僕の言葉に、才川さんはこわばった顔つきで頷く。


 バレーの特訓を始めて早数週間、球技大会はついに本番当日を迎えたのだった。


 男子と違って、三組の女子は朝一から試合の予定が入っていた。だから、僕は才川さんを応援しようと、体育館にやってきていたのである。


 最初は応援のついでに、試合前に軽く声を掛けようと考えていただけだった。しかし、才川さんの不安そうな表情を見たらそうもいかない。


「ほら、深呼吸して」


「うん」


「終わったら、打ち上げにでも行こうか」


「うん」


「焼肉とラーメンどっちがいい?」


「うん」


 励ましたり、アドバイスしたり、冗談を言ったり…… いろいろ試してはみたものの、才川さんの顔色はよくないままだった。というか、そもそも僕の話を聞いてくれているんだろうか。


「これはダメかもなぁ……」


「君には人の心がないのか」


「聞こえてるじゃん」


 大体、本当に心がなかったら、こんな風に声を掛けてないのに……


 そんな僕のツッコミを完全に無視して、才川さんはそわそわした様子で尋ねてくる。


「というか、君、もしかして観戦していくつもりなのか?」


「観戦っていうか、応援するつもりだけど」


「知り合いに見られているとやりづらいんだが……」


「そう? じゃあ、試合が終わるまでどこかに行ってるよ」


 野球部の柳井田君たちに、他の組の偵察に誘われていたから、それに合流でもするとしよう。僕は最後に「深呼吸だけ忘れないでね」と言い残して、体育館の出口に向かう。


 が、才川さんは体操服を掴んで、僕を引き留めてきた。


「それはそれで不安になるじゃないか」


「僕にどうしろっていうのさ」


 普段のクールな態度からは想像がつかないほどの混乱ぶりだった。本当にスポーツが嫌いなんだなぁ。練習の時はここまでひどくなかったから、正確にはチームの足を引っ張るのが嫌なんだろうけど。


 そうして僕と才川さんがああだこうだと言い合っている内に、とうとう三組の試合時間になってしまったのだった。


 レシーブ側が得点した時に、コート内でポジションを移動する本来のバレーのローテーションに加えて、球技大会ではクラス全員が参加できるように、メンバーもローテーションで交代するルールになっていた。だから、控えの才川さんにも、すぐに出番が回ってきた。


 まずは三組のサーブ。これはなかなかの出来だったけれど、それ以上に相手の六組の子が上手かった。レシーブで綺麗にボールを上げると、そこからトス、そしてスパイクへと繋ぐ。


 しかし、そのスパイクを、才川さんが拾い上げていた。


 こうして逆に攻める番になると、三組のスパイクが一発で決まったのだった。


「才川さん、ナイス!」


 得点後、僕はそう声を掛ける。才川さんのプレーは「なんとかボールに触って上にあげた」というのが正直なところだったけれど、練習で何度も空振りするのを見てきた僕からすれば十分ナイスだった。


「特訓の成果が出たようデスね!」


「エミー先ぱ――」


 と言いかけて、僕はその姿に絶句する。ノースリーブにミニスカート。それから、両手のポンポン……


「何ですか、その格好?」


「チアリーダーデス!」


「そういうことを聞きたいわけじゃないんですが……」


 どうせ尋ね直したところで、「応援する為デス!」とか答えになってないことを言われるに決まっているから、僕は言葉を濁すだけにしておいた。


「でも、似合ってますね」


「そうデショウ? 昔、やってたことがありマスからね」


 証明するように、エミー先輩はY字バランスのようなポーズを見事に決めた。ただいくら見事でも、ミニスカで高く脚を上げられると、まじまじ見てはいけない気がする。アンダースコートでもはいているんだろうけど、太ももを露出していることには変わりないからである。ていうか、先輩、アンスコちゃんとはいてますよね?


 そんな風に僕と先輩が話をしている間にも、試合には動きがあった。三組のレシーブミスで、ボールが見当違いな方向に飛んでいってしまったのだ。


「あー……」


 僕は聞こえないように小さく声を漏らす。失点したからではない。才川さんのミスで失点したからである。


「ルイカ、ファイトー!」


 エミー先輩がそう声援を送る。


 しかし、これを聞いた僕は眉間にしわを寄せていた。


「ダメですよ、先輩。才川さんはもう頑張ってるんだから、これ以上プレッシャーかけるようなこと言っちゃあ」


「ルイカは鬱病か何かデスか」


 今度はエミー先輩が眉間にしわを寄せる番になった。


 ただ、先輩はそう言うけれど、実際才川さんの表情は固くなってしまっていた。だから、先輩の失敗を取り返すべく、次は僕が声を掛ける。


「才川さん、練習通りやれば大丈夫だから!」


 緊張しているのか、集中しているのか、それとも照れているのか。才川さんは、さっきまでは僕たちの声援をスルーしていた。けれど、これを聞いて、ようやく僕の方を見たのだった。


「〝失敗した記憶しかないんだが……〟って顔してマスよ」


「僕ら、人を励ます才能ないんですかね」


 こんなことなら、やっぱり試合が終わるまでどこかに行っていた方がよかったかもしれない。


 幸か不幸か、才川さんが失点を取り返すチャンスはすぐに来た。三組が得点を決めたことで、才川さんにサーブの順番が回ってきたのだ。


 味方がミスをカバーできないからと、さんざん練習したサーブの順番が。


 一度深呼吸をすると、覚悟を決めたように才川さんは左手で頭上にボールを投げた。


 特訓の結果、才川さんはアンダーハンドサーブだけでなく、フローターサーブも打てるようになっていたのだ。


 フローターサーブは、上手く打てばボールにほとんど回転がかからない。その為、空気抵抗によって、不規則に揺れるようなレシーブしづらい変化を起こす。


「ナイッサー!!」


 サービスエースが決まると、僕は思わず叫んでいた。



          ◇◇◇



「はぁ、はぁ」


「才川さん、大丈夫?」


「はぁ、はぁ」


「うん、大丈夫じゃないね」


 試合終了後、僕――バスケの試合があるので、エミー先輩は途中で抜けた――は才川さんに労いの声を掛けに行った。しかし、本人は疲労困憊で、会話どころではない様子である。僕の声が聞こえているかも怪しいところだ。


 その証拠に、才川さんの視線は得点板に注がれていた。


「…………」


 試合結果は19対25。


 1セットマッチを落として、三組の負けだった。


 相手の25得点の内、才川さんのミスによるものは少なくなかった。また、男女ともに試合の勝敗に応じてポイントが分配され、ポイントの合計で総合順位を決めるというルールになっているけれど、負けてしまったのでこの試合では1ポイントも獲得することができなかった。


 だから、才川さんの顔つきが冴えないのは、単に疲労のせいだけではないのだろう。


「しょうがないよ。相手も上手かったし」


 下手な慰めは逆効果かもしれない。でも、放っておくことはできなかった。


「それに、才川さん結構動けてたよ」


「そうかな」


「うん。だから、誰も足引っ張られたなんて思ってないって」


「だといいんだが……」


 そう答えたものの、僕の言葉に納得したわけではないらしい。才川さんは再び黙って得点板を見つめる。


「…………」


 確かに、クラスのみんなは足を引っ張られたと思っていないかもしれない。


 しかし、才川さん自身は足を引っ張ったと思っているのだ。

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