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第五章(2/4)

「私は二年二組の筒井つつい佳子かこ


 例の小動物系の先輩はそう自己紹介をした。


 相手に名乗られたので、僕も反射的に名乗り返そうとする。


 けれど、その必要はなかった。


「二人は天草君とエルバートさんだよね?」


「よく知ってますね」


 エミー先輩は外見的にも性格的にも目立つだろうし、筒井先輩と同じ学年という繋がりもある。しかし、新入生の僕の名前をどこで知ったんだろうか。


 そんな僕の疑問は、エミー先輩の質問にかき消されてしまった。


「それで、人探しってどういうことデスか?」


「もう一ヶ月くらい前の話なんだけどね。私、電車通学で、その日も電車で下校したの。でも、座席に座ってる内にうとうとしちゃって……」


 筒井先輩の話を聞いて、エミー先輩はうんうん頷く。


「『かわず目借時めかりどき』といいマスからね」


「?」


「春になると眠気で目を開けていられなくなりマスが、これは蛙に目を借りられたせいだという言い伝えがあるんデス。春の季語にもなってマスよ」


「さすが俳句部だね」


 筒井先輩がそう感心したようなことを言ったせいで、エミー先輩はいっそう得意げになって話を続けた。


「ちなみに、カエルは春から夏にかけてよく見るので、『蛙』や『殿様蛙』が春の季語になっている一方で、『雨蛙』や『ひきがえる』は夏の季語になっていマス。この点には注意が必要デスね」


「へー、そうなんだー」


 筒井先輩は再び感心したような相槌を打つ。思いっきり脱線してますけど、いいんですか。


 仕方ないので、横から僕が軌道修正した。


「電車で眠くなって、そのあとどうなったんですか?」


「気づいたら隣の人に寄りかかって寝ちゃってたの。それだけならまだよかったんだけど、私よだれまでたらしちゃって」


 その時のことを思い出したのだろう。筒井先輩は顔を赤くする。


「相手の人は学生服だったから、汚したら余計にまずいと思って、慌ててティッシュで拭いたの。でも、すぐに私が降りる駅に着いちゃったせいで、結局それくらいしかできなくて。それなのに、〝気にしないでください〟って笑って言ってくれて……」


 そうして話が進む間にも、筒井先輩の顔がますます赤くなっていく。


 これを見て、エミー先輩は言った。


「それで、その人のことを好きになったんデスね?」


「ちっ、違うよ、そんな。た、ただ、あの時のことをちゃんと謝りたくて」


 ああ、そういうことか。二人のやりとりでやっと分かった。何も筒井先輩は恥ずかしさだけで赤面していたわけではなかったのだ。


「春にカエルが人間の目を借りるのは、恋人を探す為にもっと視力が欲しいからだという説がありマス。これは目借という言葉が『妻狩り』に通じているからデス」


 筒井先輩の一目惚れに、エミー先輩は茶化すようなコメントをする。子供っぽいように見えて、エミー先輩も人並みに恋バナに興味があるらしい。いちいち俳句を絡めるあたりが、やっぱりエミー先輩だけど。


「同じように、目借は交尾のあと二匹の体が離れる『媾離り』を意味するとも言われていマスね。

『目借時』の場合はあくまで説の一つという感じデスが、カエルに限らず春が繁殖期の生き物はたくさんいるので、そういう季語はたくさんありマス。『猫の恋』『獣(つる)む』『はらみ雀』……」


「エミー先輩、そろそろセクハラですよ」


「は、孕み雀……」


「筒井先輩も何を想像してるんですか」


 今回赤くなったのは、羞恥心でも恋心でもないだろう。しかも、まだ付き合ってもいないのに、『獣交む』をすっ飛ばして一気に『孕み雀』まで行くあたり、筒井先輩は思い込みが激しいというか何というか……


 誤魔化すように、筒井先輩は電車内での出来事について、話を再開した。


「おっ、同じ電車に乗ってれば、その内また会えると思ってたんだけど、なかなか難しくてね。それで、彼の似顔絵を書いて聞き込みもしてみたけど、それでも見つからなくって……」


 差し出された似顔絵に、僕とエミー先輩は揃って「おお……」と声を上げる。上手いことは上手い。けれど、「少女漫画に出てくる王子様」というタッチで、人探しに使えるとは思えなかった。


「だから、その、俳句部の二人にも探すのを手伝ってもらいたくて」


「お話は分かりました」


 ただ、僕にはまだ分からないことが――というか、当初からずっと気になっていたことがあった。


「でも、何で僕たちに頼むんですか?」


「天草君がそういう推理?みたいなのが得意だって聞いて」


 思い当たる節があったので、僕はエミー先輩に視線を向けた。先輩がこれまでのことを友達にでも話して、それが二年生の間で噂になっているのかもしれない。


 しかし、この推理ははずれのようだった。


「聞いたのは妹からだよ。狛犬が鳴いた事件を解決したって」


「ああ!」


 と納得したのは、僕ではなくエミー先輩である。


「そういえば、いマシタね、ツツイという名字の子が。確か、トコちゃんデシタか」


「そうそう」


 二人が通じ合っている中、僕だけが首をひねる。顔と名前が一致しているのは、事件の発端の美華メイファちゃんと、あとはリーダー格の千代ちゃんくらいだった。海外の小説でぽんぽん人物が登場するのをたまに見かけるけど、やっぱり外国の人って名前を覚えるのが得意なんだろうか。


「だから、天草君なら人探しもできるんじゃないかと思って。引き受けてもらえないかな?」


「はぁ……」


 人探しなら、推理力よりも、情報収集力や根気の方が重要じゃないだろうか。大体、狛犬の事件は適当に真相をでっち上げただけなので、本当に僕に推理力があるかどうか疑わしいものである。実際、ついさっきだって推理をはずしたわけで――


「いいデショウ!」


 断ろうかどうか僕がぐずぐずしている間に、エミー先輩が勝手にそう答えた。


「ただし、交換条件がありマス。その彼を見つけられた場合は報酬をいただきマス」


「いくらくらい?」


「お金はいりマセン。俳句を作ってもらいマス!」


 何故引き受けたのか、そして何故僕の意思を無視するのかが不思議だったけれど、その理由がようやく分かった。事件や恋バナに興味を持って首を突っ込むよりも、ずっとエミー先輩らしいけど。


「俳句なんて、小学校の授業で作ったくらいなんだけど……」


「構いマセンよ! カコの愛がこもっていれば大丈夫デス!」


「う、うん。それなら……」


 戸惑いながらも筒井先輩は頷く。「想い人への愛を証明しろ」と言われたようなものだから、承諾しないわけにはいかなかったのだろう。


 筒井先輩が済むと、エミー先輩は今度は僕の説得に乗り出した。


「ショースケもこの条件でいいデスよね?」


「そういうことなら、しょうがないですね」


 不承不承、僕も頷く。


 俳句部の部員のくせに、俳句を作らないのだ。せめてこういうことでは、部に貢献しないといけないだろう。

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