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鳴かぬなら!‐共律高校俳句部の事件簿‐  作者: 我楽太一
第三章 彼女は呼子鳥なのか?
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第三章(4/4)

「何デスか、急に」


「それほど急でもないでしょう」


 何気ないことだから、これまでは見過ごしてきた。しかし、今日先輩が倒れたことで、僕の物の見方は変化していた。


 そして、その新しい見方でこれまでを振り返ってみると、先輩が病気を患っているとしか思えないような言動がいくつかあったのだ。


「先輩、最初に山へ吟行に行った時、休憩所に着く手前の変なタイミングで休憩を挟んでましたよね。あれは今みたいに体調が悪くなったからじゃないんですか? それに神社に行った時には、無病息災を――健康を願ったそうじゃないですか」


「それだけデスか?」


「一番の決め手は先輩の俳号です」


 青山鶯子。


 この俳号に関しては、初めて聞いた時から違和感を覚えていた。


「鳥どころか花のホトトギスのことまで知っていたり、しょっちゅう正岡子規を話題に出したり、先輩は明らかにホトトギスや子規のことが好きな素振りを見せていました。それなのに、どうして俳号がウグイスなのかが分からなかったんです」


 もちろん、先輩がウグイスの別名は歌詠鳥だと説明したような、ある程度納得のいく解釈はある。しかし、先輩が倒れたのを見たあとでは、もうその解釈を採用することはできなかった。


「先輩はお祖父さんのことが好きみたいですから、自分の名前の由来になった春の季語の『山笑ふ』にちなんで、まず青山と名字をつけた。そして、それに合わせて、名前に同じく春の季語の『鶯』を持ってきた。最初はそう思ってました。

 でも、『青い山』という季語はないと、前に先輩言ってましたよね。それで春の季語の『山笑ふ』にちなんでいると言えるでしょうか」


 種田山頭火の『分け入つても分け入つても青い山』は、季語も五七五も無視した自由律俳句である。そう言った本人が、『山笑ふ』から青山という名字を連想するとは思えない。


 そもそも『山笑ふ』の由来は、「春山淡冶にして笑ふが如く」という中国の詩の一節なのだ。『山笑ふ』を俳号に使いたいなら、青山よりも春山を選ぶ方がずっと自然だろう。


「これも先輩の言っていたことですが、『青い山』に近いものに、『青嶺』という夏の季語があるそうですね。それを考えると、『青い山』と春の季語の『鶯』はふさわしい組合せとは思えません。『青い山』にふさわしいのは夏の季語――たとえば『時鳥ほととぎす』だと僕は思います」


 まだ認める気はないらしい。先輩はそらとぼけたような顔をする。


「でも、私の俳号は鶯子デスよ?」


「そう、鶯子・・。ただのウグイスではなく、あくまでウグイスの子(・・・・・・)なんです。

 普通に考えれば、ウグイスの子供はウグイスでしょう。でも、実はそうとは限りません。何故ならウグイスは、ホトトギスの托卵の被害に遭う鳥だからです」


 岡山の県の鳥がホトトギスから変更されたのは、托卵を行う習性が原因。そう僕に説明してくれたのも先輩である。知らずにつけたはずがない。


「だから、先輩の鶯子という俳号は、本当は鳴いて血を吐くホトトギスに――もっと言えば結核にかかった正岡子規にちなんだものなんじゃないですか?」


 自分では否定できない不安を、否定してほしくてそう尋ねる。


「たまたまデスよ。ショースケの考え過ぎデス」


「大好きな子規にちなんだだけで、病気というわけじゃないデスよ」


 先輩にそう言ってほしかった。


 でも、そうはならなかった。


「……私だけが意味を分かっていればいいと思ってつけたんデスが、ショースケには通じなかったみたいデスね」


「それじゃあ、やっぱり……」


「ええ、基本的にはショースケの推理した通りデス。肺じゃなくて心臓の病気デスが」


 衝撃に今度は僕が倒れるかと思った。


 子規になぞらえるくらいである。間違いなく、命にかかわる病気だろう。


 それも心臓の病気となると――


 そんな僕の胸中を読み取ったのだろう。先輩はいつものように、いやいつも以上に明るく言った。


「みんなみたいに長生きするのは難しいってだけデスよ。何もあと一年や二年で死んじゃうってわけじゃありマセン。子規だって三十過ぎまで生きていたデショウ?」


「でも……」


 先輩が早死にしてしまうことには変わりないんでしょう?


 先輩にはやりたいことがいっぱいあるんでしょう?


 先輩は辛いんでしょう?


 そういう意味のことを聞こうとして聞けなかった。聞くまでもなく、分かりきったことだからである。


 しかし、そんな僕の疑問を、先輩は今度は否定していた。


「ショースケは俳号の青山を単に青い山のことだと思ったようデスが、それはちょっと違いマス。あれは『人間到る処青山あり』――『骨を埋める場所はどこにでもあるのだから、故郷を出て大志を叶えよ』という言葉にもかかっているんデス。

 確かに、病気が分かった時はさすがにショックデシタけどね。でも、そのおかげで、こうして日本に来る踏ん切りがついた部分もあるんデスよ」


『時鳥』を自称しているけれど、やっぱり『山笑ふ』の方が似合っている。


 そう思わせるような笑顔でエミー先輩は言った。


「短い時間を無駄にはできないデスからね!」



          ◇◇◇



 翌日、僕が俳句部の部室に行くと、エミー先輩が声を掛けてきた。


「お、来マシタね。じゃあ、今日の活動を始めマショウか」


 昨日の告白などなかったかのように、先輩の態度は普段通りだった。いや、そもそも自分の病気について告白する最中でさえ、先輩の態度は普段とほとんど変わりなかった。いつもと違ったのは、一人で気を揉んで狼狽していた僕だけである。


 そして、一日経っても、僕は先輩といつも通りに接することができなかった。


 ぎこちない動作で、おずおずと紙きれを渡す。


「あの、エミー先輩、これ……」


「ラブレターデスか?」


「違います」


 僕なりに真剣だったから、ムキになって一度はそう否定したものの――


「……似たようなものかもしれませんけど」


「エッ」


「入部届ですよ」


 そう言われて、先輩はさらに驚いたらしい。今度は声さえ上げられないようだった。


「といっても、俳句を作る自信はないですからね。今まで通りサクラでもいいなら受理してください」


「Thank you so much! You are the best!! Love you Shosuke!!!」


 早口の英語でまくし立てられたら、僕のリスニング力じゃあ何を言いたいのかさっぱり分からない。いや、ハグしてくるくらいだから、喜んでくれているのはよく分かるけど。


 やっとハグをやめて、「ホントにホントにありがとうございマス!」と喋り方も元に戻ったかと思えば、エミー先輩はもう次の行動に移る。


「それでは吟行に行きマショウか! 今日こそ、ショースケが俳句を作ってくれるのを期待して!」


「……僕の話聞いてました?」


 作れないって、ついさっき言ったんですが……


「『では早速俳句作りに出かけましょう』!」


「はいはい、分かりましたよ」


 練習のつもりなのか、洗脳のつもりなのか。何故か俳句風に言い直した先輩に、僕は渋々従うことにする。


 まぁ、仕方ない。なにしろ、先輩は病気のせいで時間を無駄にできないのだ。僕が邪魔するわけにはいかないだろう。


 ちょうどそんなことを考えた時、どこかから『鶯』の――「人来る」と鳴く鳥のさえずる声が聞こえてきた。

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