胸の痛み
ボーッとした頭で朝を迎えた。
(はぁ。やらかしたなぁ・・・)
昨日の出来事が夢であったらどんなに良かったか。
そう。私、神薙優希は親友である佐藤凛の想い人である松元から告白されてしまった。しかも、よりにもよって2人が仲良くなれるように間を取り持つはずだった場面でだ。
そのことに関しては、昨夜凛からかなりの追求があったが、何とか隠し通す事ができた。
正直に話すべきかとも思ったが、凛にどう思われるのかが怖くてとても言い出す気にはなれなかった。
「はぁ。どうしたら良いんだろう」
取り敢えず出かける準備をした後にバイト先へ急いだ。
「優希ちゃん。今日は何かあった?」
バイト先のマスターである薫叔父さんが心配そうに尋ねる。
今日はバイト代をいただくには申し訳ない働きしかできていなかった。注文は間違えるは、お客さんに水はかけるは、お皿は割るは、もう散々である。
「すいません。叔父さん」
シュンとして謝ると叔父さんは少し困った顔をしていた。
「何か悩み事?昼の忙しい時間もひと段落したし、賄いでも食べて少し落ち着いたら?」
流石に親戚の叔父さんに色恋の相談をするわけにもいかず、曖昧に笑顔を浮かべてその場をごまかした。こんな時橋本さんと同じシフトなら少しは話ができたかもしれないが、生憎今日はシフトがズレていた。
賄いとして出されたのはカルボナーラだった。カリカリに焼いたベーコンの塩気と黒胡椒のピリ辛具合が卵と生クリームのソースにほどよく絡まり絶妙な美味しさである。半分ほど食べ進めたところで、上に乗っている温泉卵を割り、黄身を絡ると一段と濃厚な味わいが口一杯に広がる。
薫叔父さんの作る料理はシンプルだがとても奥行きのある味だ。まるで叔父さんの人となりを現しているかの様な懐の深い味だ。
美味しいパスタを食べた私は、気分を入れ替え、午後からの仕事に精を出した。夕方に差し掛かり、もう少しするとお店も忙しくなってくると言う時間になっていた。
「マスター。奥さん。優希ちゃん。こんにちは」
そこには彼女を連れた橋本さんがいた。橋本さんはどうやらデートだったらしい。私もそんなに背が高い方では無いが、彼女はそれに輪をかけて背が低い。恐らく150cmあるか無いかくらいである。美人というよりは可愛い感じの女性であった。
まさか彼女連れの橋本さんに自分の相談をする訳にもいかず、簡単に挨拶をしてバイトに戻った。
散々なバイトも終わり、家に帰った私はドッと疲れが押し寄せてきてすぐに寝てしまった。
翌朝、学校へ行く支度をしながらも、憂鬱な気持ちで一杯だった。
(どんな顔して凛に会えばいいんだろう・・・)
「優希。早く支度して学校行きなさい。全くいつまで経っても子どもなんだから」
お母さんに怒られながらも支度を終えて学校へ向かう。
いつもの通学路がなんだか遠く感じる。学校に近付くにつれてだんだん学校の生徒が増えてくる。
「おはよう!」
後ろから肩をポンと叩かれる。振り返るとそこには笑顔の凛が立っていた。
「おはよう」
私も咄嗟に笑顔を作りながら挨拶を返す。他愛もない話をしながら学校へと向かう。これまでのところ凛の反応を見る限りは特に何かに気づいた様子はないようだ。
(イケる。このまま誤魔化せる)
凛にさえバレなければあとは松元からの告白を断って、それで元通りだ。私は胸の痛みに耐えながら笑顔とで話続けた。
「おはようー」
凛は元気よく声をかけながら教室へと入っていく。教室には既に松元達5人組が勢揃いしており、そこへ凛も飛びこんなで行く。
一瞬松元と目があったが、軽く微笑みかけられただけで特に接触してくる様子はない。しばらくしてホームルームが始まり、私達は特に言葉を交わす事はなかった。
1日を終えて私の精神は限界だった。唯一の救いは朝から一貫して松元が接触してこなかった事だ。あの告白は夢だったのかと自分で思うほど、このまま無かったことにしてしまえそうなほど自然にいつも通りだった事だ。
今日はバイトもない。早く帰ってゆっくり休もう。そう思っていると凛から声をかけられた。
「優希。一緒に帰ろう」
凛の屈託のない笑顔に私の胸の痛みは強さを増すばかりであった。
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