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優希の憂鬱

 取り敢えず学校にはきてみたものの、気分はあまりスッキリしない。あのアルカスハイムで過ごした3年と少しは、私にとってはリアルであり、決して夢などでは無いと確信できるからだ。何がどうかと言われるとはっきりした証拠があるわけでもないが、自らが感じる精神的な変化はこの世界に馴染んでいないと言う違和感を感じさせるには十分だった。

 命の危険、衣食住への不安、そう言ったものが桁外れに少ない此方の世界。安心しきれない何が私の中で渦巻いている。


(せめてアルカスハイムに行った証拠があればなぁ)


 そんな事を考えながら、しかし証拠があったとしてももうアルカスハイムに戻る事はできないだろうとも思ってしまう。


 午前の授業が終わり昼休みに入る。売店に行き、いつものパンと苺ミルクを買い教室へと戻る。


「優希〜。ご飯一緒に食べよ〜」


 声を掛けてきたのはクラスでも仲の良い佐藤凛だ。


「う〜ん。どこで食べる?」


 歯切れの悪い返事を疑問に思った様で凛は首を傾げている。


「どうした?なんか悩み??あっ。もしかして気になる男の子でもできた???」


「別にそう言うんじゃないんだけど。夢見が悪かったって言うか・・・」


 流石に厨二病全開の夢の内容を話す気にもなれず言い淀む優希。取り敢えずいつも昼食を食べている屋上へ向かう事にした。屋上の扉を開けるとすでに数人の生徒がベンチに座って昼食をとったり、備え付けのバスケットゴールを使い1on1の勝負をして盛り上がっていた。


「よう。佐藤に神薙。お前らもこっちこねー」


 屋上に着くなり声をかけてきたのは同じクラスでもかなり目立つ5人組グループの1人相馬だった。


 実は優希はこの5人組があまり得意ではなかった。アルカスハイムでは勇者と崇められ華やかな生活も経験のある優希であったが、現実世界では陰キャ寄りの隠れ厨二病者なのである。リア充全開の5人組のキラキラオーラを前にすると目眩を起こしそうになる。


「遠慮しとくよ。今日は2人でゆーっくり乙女の秘密を語り合うだから」


 気を使ったのか凛が相馬に向かって舌を出す。凛は付き合いが長いこともあり、優希が苦手なタイプをよく把握してくれている。

 屋上の端に移動した優希は凛に礼と謝罪をする。


「ゴメンね。ホントは相馬達とご飯したかったよね」


 凛は5人組の1人松元に想いを寄せていたのである。相馬からの誘いとはいえ、松元の側に行けるのであれば喜んでその輪に加わりたかった筈だ。


「いいのいいの。今は優希の方が断然大事だもん」


 そう言って笑う凛に感謝しながらも、夢の話をどうすべきか、どこまで話すべきかを悩んでしまう。


「実はねぇ・・・」


 優希は夢の厨二的な部分は全てオブラートに包み込んで、妙にリアルな夢を見た事、そこで3年近くの時を過ごした事、自分でもおかしいと思いながらも夢と現実の区別がつかず朝から混乱してしまっていることなどを話した。具体的な内容については、朝起きたら記憶が急に曖昧になってしまい、印象だけが残ったと言う事にした。

 話をしている間も凛は真剣に優希の話を聞いてくれた。優希は本当は覚えているのに嘘を付いてしまったと言う小さな罪悪感の様な物を覚えるのだった。


 凛に話しても何の解決にもならなかったが、「あんまり溜め込まないでね。思い出したことがあったら話聞くくらいするよ」と言う言葉に安心感と罪悪感を抱く事になる。


 午後の授業も上の空で聞き、放課後も特に用事はなかったので、そそくさと家へ帰ってきた。


 家に帰ると机に向かって課題に取り組むが一向に捗らない。どうしてもアルカスハイムの人々や仲間達の事を考えてしまう。何とかしてあの異世界での事を証明する方法はないか。

 優希はあの世界で起こった事を書き出してみる事にした。出会った人、起こった出来事、話をした内容、出会った種族や行った土地の特徴などありとあらゆる事をノートに書き記していった。

 時間は午前2時を回り、激しい眠気に襲われながらも思い出した事を書きなぐっていく。そしてふとスキルのことを思い出す。自分が所持していた13個のスキル。


「そうだ。スキルが使えれば私があの世界に本当に行っていた証明になるかもしれない」


 優希は恐る恐る自分の中にあるスキルを探ってみる。手応えはない。しかし、アルカスハイムので何度となくおこなってきたスキル発動である。

 目の前にあるノートに照準を合わせスキルの発動を促す。


「うっ・・・・・・・」


 頭の中に大量の意味不明な情報が流れ込み、激しい頭痛と嘔気をもよおす。慌ててスキルの発動をキャンセルすると先程までの不快感が和らいでくる。優希はそのままへたり込み気を失ってしまった。




 翌朝机に伏せ状態で目を覚ました優希。ボンヤリとした頭で昨夜のことを思い出す。


「はっ」


 ノートに書き殴られている内容を見直す。


「そうだ。昨日の夜『真実の瞳』を・・・」


 スキルは発動した。

 それは間違いない。

 でも通常の発動とは違った。

 大量の情報は流れてきた。

 それはいつもと違う。

 でも情報が理解できない。


「スキルは発動した。アルカスハイムでの出来事は本当だったんだ・・・」


 その日1日は昨日以上にモヤモヤしてしまった。凛と5人組に絡まれはしたが話した内容などはほとんど覚えていない。


 その夜、ノートと睨めっこしながらスキルのことを考えていた。自分がアルカスハイムへ行ったときには向こうの言語や文字が全てわかるように補正が掛かっているようだった。これは向こうにいた時に確認済みである。しかし、今はアルカスハイムから日本に戻されたのだ。補正は無くなり、日本語の理解のみが可能となっている。


(情報が解っても解読できないから脳が理解できずにオーバーフローを起こしたって事かな?)


 既にこのことを考えているだけでも優希の頭はキャパオーバー気味なのに、他言語で無理やり頭に情報をねじ込まれれば相当な負担になった事だろう。


「スキルを使うのはやめた方がいいよねぇ」


 そんな事を呟きながら机に伏せていると


(ブーンブーン)


 携帯の振動音と共に画面にポップアップが浮かぶ。


 コミュニケーションアプリのNAINEである。凛からのメッセージが入ったと言う知らせと、内容の一部が表示されている。


・・・・・


・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・


(これ使えないかな?)


 優希は咄嗟に手に取った携帯を見ながら、魔王との最後の戦いを思い出す。優希の中には13個のスキルが今も息づいている。パティーの概念が無かったり、戦闘行為そのものが本質的に違うこの世界では役に立たないものとなってしまったスキルたち。そしてその中でも変わり種スキルを貸与するスキル。それを使って携帯に『真実の瞳』を落とす事はできないだろうか。そう考えたのである。


「頭痛に悩まされるよりはマシだよねぇ。試してみるか」


 そう言って手にした携帯に力を込める。


「いくよ。スキルを貸与するスキル。『借りルンdeath』。『真実の瞳』をこの携帯にダウンロード!!!」


 掛け声と共に携帯に光が宿る。しばらくすると携帯の画面は暗転し再起動の処理に入る。その後優希が眠りにつくまで携帯が起動する事はなかった。


読んでくださってありがとうございました

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