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異世界の終わり

私の名前神薙優希。18歳の誕生日にこの世界、アルカスハイムに異世界召喚されてしまった。アルカスハイムは剣と魔法、スキルを駆使して生き抜く、ありふれた中世ファンタジー世界であった。召喚時に手に入れた『真実の瞳』と言うスキルで様々な苦難を乗り越え、今まさに最後の戦いに赴こうとしていた。


ここは魔王討伐への最後のセーフポインだ。ここで打ち合わせをした後に最終決戦へと向かう。


「はーい。最終確認とスキルの貸与をおこないますので、パーティーリーダーは集合してくださーい」


私、ユーキ・カナギの呼び声に答えて、各パーティーリーダーが集まってくる。今回の魔王討伐には6人パーティーが4つ参加しておこなうレイドバトルだ。この世界にはパーティーの概念が薄く、多くても3人くらいで行動することが多いようだ。そこで私は某MMORPGを参考にパーティー戦闘とレイドバトルの概念を仲間達に叩き込んだ。効率よくボスモンスターを狩るにはこの方法が最適だったようで、アルカスハイムにおける魔王軍との戦闘は一気に加速していった。


「しかし漸くここまで来たな」


笑顔で話しかけてくるのは、第1パーティーのリーダーでドワーフのターフェアイト。


「そうね。ユーキが来てからと言うもの、戦闘が劇的に変化して一気に状況が傾いたものね」


ターフェアイトの言葉に同意しつつ、会話に入ってきたのは第3パーティーのリーダーでエルフのアゲラタムである。


アルカスハイムには過去に人・エルフ・ドワーフによる争いがおこなわれていた事がありかなりの遺恨を残していたらしいが、異世界人の私には関係のない事。相互協力の重要性を説き、根気よく説得を続ける事でこの世界では不可能と言われた3族の協力体制を築き上げる事に成功したのだ。


「後一息ですね。かんばりましょう」


続いて第4パーティーのリーダーで人間のマルメロである。


「取り敢えず方針は第1が壁役。第2は遊撃ね。周囲の索敵と警戒もおこないます。第3と第4は後方から支援ね。ゴリゴリ削っちゃっていいから」


お互いに慣れた感じで打ち合わせをしてからスキルの付与に移る。スキルはSSS〜Gまでの10段階が存在するが、この世界の人間はCやDのスキルでも持っていれば有名人に、AやBなら英雄と呼ばれるのも難しくない。。異世界人の獲得できるスキルは最低でもA、うまくいけばSやSSも夢ではない、まさに桁違いの性能を誇る。魔王退治に異世界召喚を頼りたくなる気持ちもわかる気がする。


私は初めに真実の瞳と言うスキルを手に入れたが、その後も瞳の分化スキルや戦闘していく中で敵から簒奪し、自分用にフォーマットし直したスキルなど、強力なスキルを13個保持している。中でも変わり種だったのが、他者にスキルを貸与するスキルの存在であった。アルカスハイムの歴史上数名の異世界人が記録されているが、その中でもパワーバランスを崩しかねないスキルである。桁違いのスキルを一時的とは言え保有する事は、その人物にとって世界の見方が変わるきっかけになってしまうのだ。この3人の仲間はそれに耐えうると信頼した者達であり、こちらよりのスキルを手にしたとしても、過ちを犯す事はないだろう。


「じゃぁ、スキル貸与いきまーす。まずはターフェアイトからね。今回は万一に備えて2ついっちゃうよ。『鉄華の揺かごと』と『紺青の綱糸』ね」


スキル『鉄華の揺かご』(SS)防御系オートスキルで薄っすらと見える蓮の花に包まれ、外敵からの攻撃を弾いてくれると言うものだ。幾重にも重なった花びらは3分ほどで外側が剥がれ、代謝を繰り返していく。まさに不破の防御壁と言える。ただし、物理防御は高いが、一部の魔法特に精神系の魔法には弱点があるのだった。


スキル『紺青(根性か今生のまちがいでは?)の綱糸』(SS)、即死ダメージをギリギリで回避すると言うものである。この世界にも回復魔法はあるが死者蘇生だけはどんなスキルを使っても不可能なのだ。生きてさえいれば何とかできる世界で、死に難いと言う事はそれだけありがたいという事なのだ。


「盛大だな。こいつは冗談でも死ねないな」


ターフェアイトは笑顔でスキルを受け取りながら答える。


「死なれたら私が困るんだから!」


笑顔でターフェアイトの肩を叩き次へ向かう。


「次はアゲラタムね。『月華美刃』と『一畳の戦場』ね」


スキル『月華美刃』(S)発動時間設定型の身体機能強化だ。発動時間が短ければ短いほど、再使用時間が長ければ長いほど、全ての面で身体機能が強化されるというものである。再使用時間の設定が難しく、乱用できないのが難点である。


スキル『一畳の戦場』(SS)『真実の瞳』の分化スキルで、戦場を俯瞰視点で見る事ができる。これにより、敵からの奇襲に備える事ができるのでえる。しかし、視界の中に一畳分程度のミニチュアが見えている状態な為、近接での戦闘などにはあまり役に立たない。


「スキルに負けぬ戦いを見せるわね」


アゲラタムと握手を交わしマルメロの元へ向かう。


「マルメロには〜、そうね〜。『太陽のアルカナ』と『怪盗乱麻』ね」


スキル『太陽のアルカナ』(SSS)効果範囲内の能力の底上げができる。しかし、陽の光も過ぎれば土が乾き砂漠になるように、底上げが過ぎれば反転して能力を失う怖れすらある危険なものである。


スキル『怪盗乱麻』(SS)相手の技や魔法・スキルをその能力の理解度に応じて盗み取るものである。盗んだ度合いによって、相手の能力を封じる事ができ、自らもその能力を使用可能となる。半分程度盗めば相手は発動自体が難しくなり、不完全ながらも自らも使用する事ができるようになる。


「後方支援は任せてください。必ず勝ちましょう!」


マルメロは少し緊張した面持ちである。


「大丈夫よ。気楽にいきましょ」


笑顔で手を振る。そして各リーダーと頷きあった後、それぞれのパーティーに戻っていく。


「さてと、これで血生臭い戦闘ともおさらばね」


私は笑顔でパーティーメンバーに声をかける。するとサブリーダーであるナスカ・フォン・アルカスハイムが一歩前に出る。彼はこの国アルカスハイムの王位継承順位第一位、次期国王候補なのである。私は膝をつきながら頭を垂れる。


「殿下。ここまで来れましたのも殿下のご助力のお陰でございます」


「おいおい。今更そんな礼儀に則った挨拶などするなよ。それにオレの助力など無くてもお前は一人でやってのけただろ?」


笑いながらナスカは答える。冗談の様にも聞こえるが、ナスカはユーキなら本当に一人でも魔王退治をやってのけると信じている。それはこの特異過ぎるスキルを保持しているからだけでは無く、ユーキの人となりや行動理念を知れば知るほどに確信に近くなっていく。


「お褒めに預かり光栄ですね〜。では殿下にもスキルを貸与しますよ〜」


明るく笑うユーキだったが、ナスカは驚きを隠せないでいた。


「おいおい。いいのか?今まで頼んだって貸してくれなかったのに。それに今リーダーに2つずつ貸してるから、スキル半減じゃないか」


「まぁまぁ。これで最後なわけだし、大盤振る舞い?ですよ」


コロコロと笑いながらナスカを見るユーキ。


「ではでは、殿下には『真実の瞳』と『威心伝心』だよ」


スキル『真実の瞳』(S)の効果は多岐に渡る。幻術や罠の看破。対象の嘘を見抜く。対象の病気の有無から原因や対処法まで見える。予備動作などから次の相手の行動を予知する。全ての文字の解読。視覚系スキルの特徴として、視界を塞がれたりするとスキルが発動しない欠点もある。


スキル『威心伝心』(S)自分の中にある感情を増幅して、選択した対象の精神に叩き込む。主な使用目的は怒りや恐怖などの負の感情の伝播。対象との距離が遠かったり、格上相手だと効果が無い。


「あー後、今回はパーティーリーダーもお願いしますね。私はレイドリーダーのみに集中しますので」


笑顔で語りかけるユーキ。今まで魔王軍の誇る魔将を相手取る時も鼻歌交じりで指揮をこなしてきたユーキがレイドリーダーの役割にのみ専念したいとは、魔王はそれ程までに強敵なのだろうかと疑問に思いつつも、ナスカはユーキの言葉に頷いた。


「さぁ、そろそろいっちゃいますよ〜」


最後の扉を開き、魔王の間へと突入するメンバー達。そこはかなりの広さがあり中央に幅5m程の赤いカーペットが敷かれている。そのカーペットを挟むように大理石の円柱が並んでいる。その先の少し高い場所に大きな玉座が見て取れる。大きな玉座ではあったが、その存在が霞むような圧倒的な存在感と共に1人の人物が腰掛けていた。


「よくぞここまで来た勇者達よ。どうだ、そなたら余の部下にならんか?そうすればこの世界の半分をくれてやろうではないか」


魔王の言葉にユーキはテンプレだなぁと言う不謹慎な事を考えていた。


「お断りしますよ〜」


笑顔で答えるユーキに魔王もニヤリと口をゆがませる。


「作戦通り、第1はヘイト稼いで!第2は周辺警戒。第3と第4は第1攻撃後に一気に削って」


戦端が開かれてからしばらくは順調に進んだ。途中2回ほどの形態変化を経由した為、最初の魔王の印象とは全く違う生き物になっていた。3対の腕を持つ大男、上の腕には錫杖を持ち、真ん中の腕には大楯を1枚ずつ、下の腕には剣を構えている。この姿になってからは格段に攻撃力が上がっている。


「DPS上げて、後特殊攻撃警戒!」


ユーキの声に皆短く答えて戦闘を継続する。すると魔王は大楯を体に密着するように構えて守りの体制に入る。更に剣を地面に突き立て前面の守りとした。最後に錫杖が天高く掲げられると、ユーキが予測した通り特殊攻撃が発動する。


それはパーティーリーダーを狙った付帯効果付きの攻撃だった。4人のリーダーにそれぞれ即死、猛毒、麻痺、睡眠のいずれかが襲いかかる事になる。


「スキル発動!『ヒトリハミンナノタメニ』」


スキル『ヒトリハミンナノタメニ』(SSS)自分が所属するパーティー(レイドパーティー)が受けた攻撃を全て肩代わりする。戦闘につき1度しか使えない技だが、使用者は死亡するケースが殆ど。


ユーキは付帯効果とダメージの全てを引き受け代わりに絶命するはずであった。しかし、スキル『私が勇者様』によって一命を取り留める。


スキル『私が勇者様』(ランク規格外)死に至る効果・ダメージを全て受け入れた後、生命力1の状態で復活する。


「回復お願いしますよ〜。集中して〜。10秒で元気にして下さいよ〜」


ユーキが回復職に力なく無理難題を吹っかける。すると回復職も優先的にユーキの回復に努める。その結果18秒後にユーキは戦線へと復帰をはたす。




「さぁ。トドメいっちゃいますよ〜」


全快したユーキが勇者の剣『セーブ・ザ・アルカスハイム』を魔王の眉間に突き立てた。


「ギャァァァァァァッ」


断末魔を残して魔王は塵へと帰っていくのであった。








魔王討伐から1週間後、王宮から呼び出されたユーキは、美しいドレスに身を包み宮廷晩餐会の会場にいた。魔王の城からゆっくり10日ほどかけて王都に帰還したユーキ達は、早馬にて知らせを受けていた王都の住人から盛大な歓迎を受けた。


帰還日はそのまま王宮で休み、翌日には国民へのお披露目と論功行賞がおこなわれた。ユーキには莫大な報奨金と男爵の地位が与えられた。その席でユーキは勇者の剣『セーブ・ザ・アルカスハイム』を国王に献上したことで周囲からの更なる称賛を集めた。さらにその翌日にはナスカの立太子の儀がおこなわれ、救国の英雄の1人が次期国王であると言う事が広く国民に示された。


その後は神殿への報告や貴族連合、商業ギルドからの晩餐会などに引っ張りダゴであった。そして今日が一通りの予定の最終日、王宮での晩餐会であった。おそらくこの後もあらゆる場所から呼び出しをくらうのだろうなと思いながらユーキはややげっそりしていた。元々日本の普通の高校に通う少女であるユーキにとって、綺麗なドレスを着て社交の場に出るなど今まで経験したことがないのである。それを連日の様に行われては精神的なストレスは凄まじいものである。

連日愛想笑いを続けながら何とかやり過ごしてきた訳だが、中には利権を得ようと様々な口約束を会話の中にねじ込んでくるものもいる。そう言った意味でもかなりの神経を使う作業であった。


(ナスカが事前に釘を刺しておいてくれなかったら危なかっただろうなぁ)


そんな事を考えながら今日も愛想笑いを浮かべながらのらりくらりと社交を乗り切ろうとするユーキであった。





立太子の儀の翌日、ナスカ・フォン・アルカスハイムは父であるアトランティス・フォン・アルカスハイムに呼び出され、執務室を訪れていた。執務室に呼ばれたと言うことは公務である。今までも親子と言うよりは王と王子と言う立場で対応してきたつもりのナスカであったが、それでも立太子の儀を終える前と後では心持ちが違った。親子であれば多少の無理も通ったかもしれないが、今のナスカにはそれが許されない程の責任がついて回るのである。

程なくして執務室の扉が開かれ、王が数人の大臣を伴って姿を表す。ナスカも頭を垂れ膝をつきながら王の言葉を待つ。


「面をあげよ」


その言葉で顔を上げたナスカは、旅に出る前より少しばかり老けた父としっかりと視線を合わせる。帰還後のバタバタで顔を見る余裕はあまり無かった為、父の姿を見て自分が旅立った後の苦労を悟る。世界の危機に、禁断の勇者召喚、その後も荒れ果てた国の統治など心労は尽きなかっただろう。

そして父の口が開かれる。


「ナスカよ。此度の魔王討伐誠に大義であった。」


「はっ、勿体無き御言葉にございます」


その返事に満足した様に頷く王。


「時にナスカよ。あの娘、お主はどう思う」


「あの娘と申しますと?」


察しはついていたが真意がわからなかったが、予想はついていた。魔王討伐で功績をあげ、立太子の儀を終えた今、次の自分の責務としては妻を娶り次の後継者を作る準備にかかる事だ。世界を救った勇者ならば次期国王の伴侶としては申し分ないだろう。しかしそうは思っていても口に出すのは幾ら何でも自意識過剰に感じられた為、多少の惚けてみせたナスカであった。しかし次の父の言葉に衝撃を受ける。


「勇者殿の事だ。お前も此度の旅においてかなりの実力をつけたのであろう。お前であれば勇者殿に勝てるか?」


「は?」


王の言葉の意味がわからず間抜けな声を上げるナスカ。王と自分の考えがあまりにもかけ離れていた為、思考が全く追いつかないでいる。


「はぁ。その様子では勇者殿を妻にとでも思っていたのであろう。お主も余の後継者となったのだから、もう少し甘さを棄てて国の未来を見据えてほしいものだかな」


苦々しい顔をしながらナスカを見つめる王。そして、言われた意味を理解しながらもそれがユーキに勝てることに繋がるのかがさっぱり分からなかった。


「我が国は魔王を討伐してくれた勇者殿には大変感謝をしている。しかし、過ぎた力とは時に人を狂わせる。魔王の脅威無き今、勇者殿の力は我々にとっては新たな火種に過ぎん。それを打ち倒す力が有れば良いが余にはそれが想像できん。1番近くで勇者殿を見てきたお主はどうだ。お主が勇者殿を殺せると言うのならばそれで良いが、できぬので有れば他の方法を取らねばならぬ」


ナスカは王の意図するところを頭では理解することが出来た。しかし、感情の面では全く別の答えを導き出していた。


(ユーキが私たちの敵になる?そんな事あるはずない)


ナスカの表情を見た王は「はぁ」とため息を吐いて語りかける。


「お主は勇者殿と旅をしてその人となりをよく知っているからこそ恐れずに済むのだ。しかし、勇者殿に会ったことも無い民草はどうだ。噂に聞くだけの存在。魔王にも匹敵する力を持つもの。それを力無きものに恐れるなと言う方が無理なのだ」


ナスカを真っ直ぐに見つめながら王は続ける。


「恐れは差別や妬みを生み、それらを苗床に絶望を育てる。余は勇者殿が次の魔王となる事を心配している」


その言葉を聞いたナスカは怒りを覚える反面心のどこかで納得してしまった。立太子の儀を終えて為政者としての自覚を強く意識するようになったこともあるが、魔王討伐の際に借り受けた3つのスキルの凄まじさ。そしてユーキの戦いに仲間として頼もしく思いながら畏怖と羨望を感じた事は否定できない。


「しかし・・・」


頭ではわかっている。だが心の中ではユーキを信じたいと言う気持ちの方が強かった。


「何も今すぐ殺そうと言うのではないのだ。お主の力が勇者殿の抑止力として役に立つかと言う話をしたかっただけなのだ。だがその様子では難しそうだと言うことも分かった。致し方ないが勇者殿には元の世界に帰って頂くとしよう」


(???今父上はなんと言った???)


「帰還の方法が見つかったのですか?」


召喚に際し、ユーキに対して帰還の方法は無いと説明されていた。そしてそれはナスカも同様であった。


「召喚時には帰還の方法は見つかっていなかった。しかし、あれから研究を重ねて我々は遂に帰還魔法の再現に成功したのだ」


ナスカは王の先の先を見通し準備する姿勢に驚いた。王は魔王討伐ですら目先の事と考え、その後の未来を描いていたのだ。為政者としての父は余りにも偉大で尊敬すべき存在となった。


「ではユーキに話して選択させましょう」


元の世界に戻る事もこの世界に残る事も本人の意思を尊重すべきであると言う建前と、ユーキにもっとそばにいて欲しい、そして自分を選んで欲しいと言う本音から出た一言であった。

その言葉を聞いた王は再び溜息をつく。


「まだそんな甘い考えを持っているのか。お主が不甲斐ないばかりに勇者殿のは元の世界に戻る選択しか無いのだぞ」


「なっ!!!」


「よく考えてみるのだ。お主が勇者殿を止める力がある事が示せば・・・せめてこの問答が無ければ帰還魔法の話ももう少し持っていきようがあったのだ。しかし、お主の返答は国を担うものとしては余りに浅慮、甘過ぎる」


 そこで王は一息付き大臣達を見回す。


「話は以上だ。決行は次の宮廷晩餐会。それまでに準備を怠るな」


王はナスカを一瞥すると


「下がってよい」


と一言だけ言ってその場を後にした。




 宮廷晩餐会の会場でユーキは貴族達の口撃を愛想笑いで躱しながらナスカの姿を探した。


「なかなか見つかりませんねぇ。王子様なんだからいるはずなんだけど」


キョロキョロと周りを見渡しては立食形式の軽食を摘んだり、ダンスの誘いに慌てふためいたり、貴族のお話から逃げ回ったりとなかなか忙しかった。開始から3時間ほどが経過した頃、身なりがキリリとした老紳士が声を掛けてきた。


「ユーキ様。私ナスカ様付きの執事をしております、ディレクトールと申します。本日ナスカ様は急用で晩餐会には参加なされませんが、ユーキ様に内密に相談したい事がありまして、是非とも奥に1室設けましたのでそちらへご足労願えないでしょうか」


 ディレクトールの言葉に頷きながらそれを了承するユーキ。


(しかし相談とはなんですかねぇ)





 宮廷の中でもかなり奥まった場所へ通されたユーキは椅子を勧められて腰掛ける。簡素な部屋ではあるが、調度品にはシンプルながらもよい素材を使い、きめ細やかな細工が施されている物が殆どで、流石は王子様の用意した部屋という感じである。


「ではナスカ様を呼んでまいります」


 一礼して退出するディレクトールを見ながら、久しぶりに会う信頼すべき仲間を待つ。あれから1週間程しか経っていないが、なんだか少し昔のことのように思えてしまう。


「相談かぁ。プロポーズとかだったりしてぇ」


 顔を赤くしながら体をくねらせる。勇者としての力を持っていてもそこは年頃の女性である。人並みに恋愛や結婚に興味はあるのだ。ましてやその相手が性格の良い王子様であれば憧れてしまうのも仕方のないことである。


 部屋に通されてから10分ほどの時間が経過していた。その時は不意に訪れた。部屋の中に緑色の光が溢れ、床や壁天井に至るまで複雑な魔法陣が展開される。咄嗟にスキルを発動して攻撃に備えようとしたユーキであったが、何故かスキルが発動しない。それならばと、部屋の扉に手をかけるが、ドアノブに力場が発生しユーキの手を弾き飛ばす。


「王子危険です。既に帰還魔法は発動しました。部屋に入れば巻き込まれることになりますぞ」


「それがどうした。ユーキ。今助けに行くぞ」


 外からナスカとディレクトールの声が聞こえて来る。帰還魔法とは一体なんだろう。そう思いながらも扉に駆け寄り声を張り上げる。


「王子。ナスカ。そこに居るの。これはどう言う・・・」


「済まない。全ては王の指示だ。君を元の世界に帰還せるつもりらしい。王と一部の大臣が君の力を恐れたのだ」


 扉に体当たりしているような音が何度も部屋に響き渡るが、扉はびくともしない。


「済まない。王を、父を止められなかった。許してくれ」


 尚も部屋には扉にぶつかる音が立て続けに聞こえる。


「ナスカ。良かったぁ。これがナスカの意思じゃなくて良かったぁ。突然お別れになっちゃうけど今まで楽しかったですよぉ」


 ユーキの頬には涙が溢れて最後は言葉にならない程であった。


 ナスカの体当たりが部屋の扉を破壊し、額と肩から血を流した王子様が部屋に転がり込んだ時、部屋はもぬけのからとなっていた・・・。


「ユーキ!!!」


 ナスカの叫びが虚しく空に木霊した。







「・・・き。・・希。優希。そろそろ起きなさい。学校遅れるわよ」


 懐かしい声が神薙優希を微睡のなきら引き戻す。


「お母さん?」


「お母さんだ。お母さん!!!」


 優希にとっては3年ぶりの再会であった。


「何寝ぼけてんのよ?早く起きて学校行く準備しなさい」


 久しぶりに会う母のドライな対応に涙を流しながらしがみつく優希。その頭に母の鉄拳が降り注ぐ。


「18にもなってなに子どもみたいな事してるの。さっさと準備しない」


「いったー」


「当たり前でしょ。もぅいつまで経っても子ども何だから」


 怒りながら部屋を出ていく母の後ろ姿を見ながら優希は部屋を見渡す。ふと目に止まった携帯を手に取り画面を覗き込む。そこに記されていた日付けは優希の誕生日日の翌日であった。


(あれは夢?私はこの歳になって厨二的な夢を見ていたって事??それに取り乱して泣きながらお母さんに抱きつくとか恥ずかし過ぎるー)


 そしてさらに時計を見て青ざめる。7時25分。学校に行く時間まで後10分もない。急いで身支度を整え部屋を出る。


「お母さん!何でもっと早く起こしてくれなかったのよ」


「何度も起こしたのにアンタが起きなかったんでしょ。朝ごはんは?」


「いらない。行ってきまーす」


「騒がしい娘ねぇ。誰に似たのかしら」


 そう呟きながら学校へと駆け出す娘の後ろ姿を見送った。

読んでくださってありがとうございました

次回は1ヶ月後くらいに更新できれば良いなぁと思ってます(^◇^;)

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