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71.別れの時

「デスペラード!」

 メキシカンな寝言で姉御が飛び起きると、そこは一面、真っ白な世界でした。ケサランパサランの感触にも似た床は、いつものベッドの感触ではありません。首を巡らせて観察するに、ここはどうやら雲の上のようです。青い空の中にぽっかり浮かんだ雲は、ドリフ・カミナリ・リスペクトな情景です。

「何だ……まだ夢の中か」

 勝手に納得して再び横たわろうとすると、後ろから声が聞こえてきました。

「夢では無い。現実と繋がっておる」

振り向くと、そこには……。


「お前たちが神と呼ぶ者だ」

「バ、バンデラス」


神様は黙りました。


「ア、アントニオ・バンデラスがいる」

姉御は震えました。褐色の肌、艶のある黒髪、ぱっちりと可愛らしくて強い眼力を持った目。がっちりとした体つきで銃が似合ういい男が、白いシャツに黒いズボンで立っています。


「……お前には、そう見えるのか」

 神様は、自分の姿は見る人によって違うという、ありきたりな説明をしました。姉御が昨日の夜に見た金曜ロードショーは、アントニオ・バンデラス主演の映画でした。


 姉御は、大きく開襟したシャツから覗く、セクシー胸毛をガン見しています。

 淡い雲の上で、ただ、バンデラスだけがセクシーな褐色の肌を濃く輝かせていました。


「で?」

充分バンデラスを堪能した姉御は、自分で何も考えずに尋ねました。

「大福ねずみのことだ」

神様は寛大なようで、姉御の失礼な態度も意に介していないようです。


「んで?」

姉御は軽くイライラしながら、先を促します。

「大福ねずみは期限切れになったから、お前をもらうことにしたよ」

「は? もらう? 俺が……か、神に嫁入り?」

「嫁にはしない」

 神の的確な突っ込みに面白みを感じられなかった姉御は、少し真面目に考えることにしました。


「意味がわかりません。教えて下さい」

ようやく、ただ事では無い空気を感じた姉御は、率直に敬語で尋ねます。

「簡単に言うと、現世で、お前には死んでもらうことになるということだ」

 神様は、穏やかに的確に、酷いことを言ってのけました。姉御は、直球ど真ん中のスローボールに、どう言葉を返したものか思い悩みました。とりあえず、程よい低反発な雲の上で、胡坐をかきます。


「大福の賞味期限切れで、何で俺が死ぬの?」

どう考えても簡単にこの場から抜け出せないだろうと悟った姉御は、ちゃんとバンデラス神様と向き合うことにしました。

「三十郎には、言ってあるのだ。体の模様が一年以内に消えなかったらどうなるかということを」

「あの馬鹿は、聞き漏らしてる」

 これは本当のことで、出会った当初に話を聞いたおり、大福ねずみは斑点が消えなかったらどうなってしまうのか、解らない様子でした。どうなると思うか聞かれた姉御は、死ぬんじゃん、と軽口で返した覚えがありますが、死ぬことになったのは自分の方だったようです。

「そこまで責任は持てないな」

神様も、案外無責任でした。


 自分の身に起こったことに現実感が持てなかった姉御は、今にも自分の部屋で目が覚めるのではないかと期待しましたが、じっと待ってみても、雲の形一つ変わる気配がありません。頭の中に、ずっと前に言われた東村の言葉が響いて来ました。


「詳しくは分かりませんが、あなたはこのねずみといると、大変なことになるかもしれません」


 大変なこととは、このことだったのでしょう。そう悟った時、混乱は去り、状況を受け入れる勇気が湧いて来ました。

 どうやら、自分は死んだらしい。しかし今、神様と対峙している。言葉も通じる。まだ何か出来るはずだ、状況を打開してやろうという決意が湧いて来ます。


「大福に何て言ってあるって?」

まずは、大福ねずみが聞きもらした事情を、きちんと知る必要があります。

 神様は、割れた顎を静かにさすりました。姉御ビジョンが解除されると、そこに髭があるのかもしれません。

「……一年で模様が消えなかったら、お前の一番大切なものをもらう、と言ってある」

「大切な物……お、俺は、ものじゃねーよ」

 ぶっきらぼうに返した姉御の顔は、まんざらでも無さそうでした。大福ねずみにとって自分こそが一番大切な物であると教えられたようで、心が温かくなりました。それに勇気づけられた姉御が言葉を続けようとすると、手を向けられて制止されてしまいます。


「さぁ、ようやく三十郎が起きたようだぞ」

 神様が足元の雲に手をかざすと、そこに水たまりのようなものが現れて、表面に見慣れた景色が映し出されました。

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