60.御タケ様
御タケ様に付いて庭に入ると、何人かの家人が突っ立っており、姉御を見ると後ずさりしました。密かに試合を観戦して、姉御を恐れているようです。御タケ様が咳払いをすると、正気に戻ったように深々と頭を下げます。後ろでは、キャンキャンが誰かに、怒鳴られていました。
「帰りも、門で何か倒すのか? もしかして、家に入る前にも?」
姉御は完全に、山に修業しに来たモードに入っています。御タケ様はそれを聞いて、険しい表情を浮かべしました。
「いや、もう何も倒さなくていいよ」
白トラが、可笑しそうに目を細めながら答えると、姉御はがっかりを顔に出しました。
「タイガーは、白虎というのか?」
「そうだよ、姉御ちゃん」
親しげに呼ばれて、姉御は驚きました。もしや知り合いだったかと、白虎をよく観察してみても、当然のことながら初対面です。
「ブチ黒、ブチ白に聞いたのだ。実際に見ると、噂以上に規格外だった。鬼が怖くないのか?」
友達の友達か、と納得した姉御は、持論を展開します。
「鬼は、怖がっちゃ駄目なんだ。あいつら見た目ばっかのくせに、変な自信持ってていけすかない。こっちが怖がることを前提で自信もってんだから、怖がらなければ後は気合いでイチコロだ」
確かに、イチコロだったな、と白虎は笑いました。
だいぶ屋敷の奥に進み、座敷に通されました。御タケ様と向かい合って座ると、すぐにお茶が出てきます。のどが渇いていた姉御は、一気に茶を飲み干し、おかわりをお願いしました。
「試合は楽でしたが、のどは渇いたようです」
丁寧に話しかけると、御タケ様は顔をしかめました。もうずっと、険しい顔ばかりしています。
「怒っているわけじゃないのだがね」
白虎がフォローしましたが、それでも、顔も崩さず口も開きませんでした。
姉御は、御タケ様を見つめました。
「……御タケ様は、何で笑いたいのを我慢してるんだ?」
御タケ様が、驚いたように目を開きました。姉御が黙ってじっと見つめていると、困ったように目が泳ぎ始めます。
「LEDオン」
姉御が、管狐の鼻ライトを点灯しました。
御タケ様は、口を手で押さえて俯き、肩をふるふる震わせています。
家人が、お茶のおかわりを運んできました。
御タケ様は、肘を机に付いて手で顔を隠し、悩んでいる風を装いました。
家人が出て行きました。
「LEDオフ」
御タケ様は、床に両手をついて固く目を閉じて耐えています。
「何これ、面白い、欲しい」
姉御は素直に口に出しました。
「あげるよ」
白虎は、まだ笑い発作を抑えられない御タケ様に呆れているようで、しっぽで背中をばしっと叩きました。
「家の人の前で笑いたくないのか……しかしこれでは話も出来ません。ちょっと失礼します」
姉御は、床の間にあったでかい壺を、御タケ様の頭に被せました。
「一度、思う存分笑うがいい。壺の中で、LEDオン!」
隙間から壺の中に侵入した管狐は、中で鼻を灯しました。
「あはははははははは」
ここが、御タケ様の限界でした。四つん這いで頭に壺を被りながら、ひたすら笑っています。笑いながら、壺の中で何やら口走っていました。
「白虎に乗っているし。白虎はたてがみが出来ているし。鬼はプロレスだし。ロン毛似合ってないし。帰りも何か倒すのかって。あと、LED。それと、LED」
溜まりに溜まった笑いのツボを、口走っているようでした。総合的に、ツボは姉御の仕業だったようで、多少罪悪感を感じます。
「よしよし、笑いたいだけ笑うといい。壺でかなり消音されていますぞ」
姉御は、壺人間の背中を撫でました。
その時、失礼します、と障子が開きました。白虎も姉御も驚いて声の主に顔を向けると、そこには、門前でケンカを売ってきたキャンキャンが座っていました。御タケ様の奇態を、目撃されてしまいました。
「あーあ……面白すぎて油断してしまった」
白虎がキャンキャンに近づくと、キャンキャンは、あまりにも想像を絶する光景だったのか、全力で光景を拒絶したかったのか、目を開けたまま気絶していました。
「お……なんとか誤魔化せるな」
白虎は立ち上がり、キャンキャンを中に引っ張り込みました。そろそろ御タケ様をどうにかしようと姉御を振り向くと、未だに手でポンポン背中を叩いています。
「何か、可愛くなってきた」
姉御は壺を被ったおっさんの背中を叩きながら、母性に目覚めていました。
東村談:厳格で、真面目で、面白みのない父ですよ。それに、呪いの腕前は歴代御タケ中最強と言われています。




