4.出会い
大福ねずみは、猫に追い掛け回されていました。しょぼいアパートの二階の手すりの上を走っていましたが、行き止まりがすぐそこに見えています。猫に噛み付くか、飛び降りるか、究極の選択がおとずれます。
立ち止まると、丁度良いタイミングで、アパートの部屋の戸が開きました。人間が見えましたが、なりふり構わず部屋に飛び込みました。猫は、人間に驚いて逃げたようです。
「か、かたじけない~」
大福ねずみは、人間にお礼を言いました。
「礼はいいから、とっとと出ていけ」
人間は女の人だったので、小動物の可愛さで押せると判断しました。とりあえず、安全な畳の上でくつろいでいると、軽く足のつま先で小突かれました。ころりと転がった大福ねずみは、女の人に非難の視線を送ります。
「お前さ、さっき人間の言葉しゃべったか?」
女の人は、大福ねずみをじっと見つめます。
「パンナコッタ!」
大福ねずみは、驚きました。
どうやらこの女の人は、大福ねずみの声が聞こえるようです。今まで、動物や妖怪のようなものとはしゃべれても、人間に声が届いたことはありませんでした。
案外冷静な女の人に、大福ねずみは、自分が特別(悪い意味で)なねずみであることを説明しました。
「へぇー」
軽く流されました。何と扱い難い女なのでしょう。しかし、このチャンスを逃すわけにはいきません。これからのより良い寝床と食事がかかっています。女性の容姿をジャッジする余裕はありません。ビバ! 楽な暮らし!
「お願いします! 飼って下さい! 愛玩して下さい~」
頼みました。とにかく、何度も何度もお願いします。ごり押しするしかありません。良いペットになるから、ねずみブームが来るから、と繰り返しました。
「お前にはプライドが無いのか……」
「パンナコッタ!」
大福ねずみの必死なテンションを無視して、冷静に痛いところを突いて来ます。
「何なの、そのパンナコッタって。何のことか知ってんのか?」
さらなる攻撃が繰り出されます。
「パンナコッタは、ロンドンの首都です」
「ねずみ、名前はあるのか?」
無理矢理ひねり出した答えは、無視されました。
「ジョニー・デップです」
「大福だな」
どうやら聞く耳を持っていないらしい女に、またしても無視されました。
カチンときたので、抗議のうんこを捻り出すと、しっぽをつままれ吊るされました。
吊るされながらも、名前を付けられたことで余裕が出て来ました。寝床と食事が確保出来たようです。ようやく、自分を飼ってくれるらしい女の人を観察する気持ちになれました。まだ若そうな女の人は、寝癖のついた冴えないショートカットで、やる気の無さそうな半目の、残念Aカップでした。
「暇だから、飼ってやる」
「うるせぇ、Aカップ」
思わず言い返すと、しっぽを支点に振り回されたので、必死に許しを乞いました。
その後、同居する上での約束(主にうんこ)の話し合いをし、正式に転がり込むことになりました。
口の悪い女のもとで、食事と安全な寝床を確保した大福ねずみは、人間を利用しつつ、斑点を消せるに違いないと確信しました。
「ところで、斑点消えたらどうなるわけ?」
「うるせぇ、Aカップ」
しっぽで吊るされました。
斑点より、尻尾の毛が先に消えるだろうなぁ~と、真剣に考えました。